キュレーターズノート

「非/接触のイメージ 斉木駿介、名もなき実昌」から、オンラインでの「非接触」とギャラリーでの「接触」へ

正路佐知子(福岡市美術館)

2020年06月15日号

コロナ禍の美術界においてもオンラインでの取り組みは急速な発展を見せた。不可抗力とはいえ、オンラインコンテンツの可能性が共通に認識され、選択肢が増えたことは希望でしかない。しかし同時に、オンラインでの体験と直接の鑑賞体験は別物であるとの実感も増すばかりだ。
この期間に開催された企画はオンラインオフライン問わず、試行錯誤しながら美術と観客に対して誠実な態度を見せていたが、そのなかでも福岡で出会えたフレッシュな経験をここに記しておきたい。

緊急事態宣言下の福岡の画廊

と、その前に、会場となったスペースについて述べておきたい。福岡市中央区薬院にIAF SHOP*という場所がある。1975年福岡市中央区谷に山野真悟が開設した版画教室が1978年に薬院に移転し「IAF(Institute of Art Function)芸術研究室」に改称。実技の教室から、機関紙の発行、現代美術の研究会やグループ展の開催など活動を展開し、1993年以降は「ミュージアム・シティ・プロジェクト」の事務局にもなった。2000年に「IAF SHOP*」と名を変えopen sauce language(耘野康臣と耘野善之)が、2004年からは佐藤恵一が運営を引き継ぎ現在に至る。佐藤が代表となってからは特に、荒削りであっても独特な表現を見せる若手作家を発掘し、いわば実験場的な場として機能してきた。近年は展覧会の数が減っているが(これは若手作家減少の問題とも不可分で、福岡の美術界にとっては厳しい状況を表わしてもいる)、Barスペースを併設するIAF SHOP*では展覧会やイベントがない日も、40年以上にわたる活動のなかでIAFと関わってきた者たちが世代を越えて集い、アングラな雰囲気を宿したサロンのような場となっている。

IAF SHOP*外観

新型コロナウイルス感染症の拡大と4月7日に出された緊急事態宣言は、福岡の画廊にも当然影響を与えた。もともと「密」とは無縁であっても、人を迎え入れる以上、万全を期することが求められる。県外在住作家の展示は延期・中止となり、いくつかの画廊は休廊を余儀なくされた。事前予約制など工夫をしながら美術に触れる場を残す試みもみられた。そのなかでIAF SHOP*は緊急事態宣言が出されるずいぶん前に3月開催予定の展覧会の中止を決め、4月から完全休業を選んだ。それはIAF SHOP*が換気も十分に行なえない狭小な空間であること、幅広い世代が定期的に集まり長い時間を過ごす場であったことも理由にあった。


非/接触のイメージ

ギャラリー休業にともない、4月5日付の佐藤のブログ「うるさいギャラリー」に新たな情報が加わる。4月16日から開催予定だった、福岡を拠点に活動する名もなき実昌のキュレーションによる、同じく福岡拠点のアーティスト斉木駿介との二人展「非/接触のイメージ」についてである。養生シートで密閉された物々しい写真とともに展覧会情報がアナウンスされ、同展はIAF SHOP*が休業中でも予定通り搬入・展示が行なわれること、展覧会を休止すること、特設サイトを用意していること、緊急事態宣言解除後に1週間のみオープンすることが、実昌のステートメントとともに示された。「3密」を避けなければならない状況下で、「非/接触」という彼らが掲げた展覧会名とその表明に注目が集まり、会期前かつ誰も展示を見られないにもかかわらず、新聞2紙に取り上げられたのも異例のことだった。

無観客展示中の「非/接触のイメージ」(作家提供)

無観客展示中の「非/接触のイメージ」(作家提供)

特設サイトは、緊急事態宣言が解除され、新たな会期が示された頃にようやく公開された。世間の関心がオンラインへと向かって久しい時期だったから、彼らが何を見せてくれるのか期待もあった。しかしそのサイトでは、「展示休止から再開に向けて」という文章が表示されるのみ。出品作家二人の会話がコンテンツとして紹介されるも、その音声はスマートフォンでは聞くことができず、再生はPCでもブラウザが限定されていた(「Edge推奨」)。そして環境を整えて最後まで音声に耳を傾けてみても、作品の紹介も実はそれほど語られない。

「非/接触のイメージ」特設サイト

この人を喰ったような迂回に満ちた不完全なオンライン発信は、コロナ禍の美術動向に対する彼らのひとつの意思表明でもあり、彼らがコロナ以前から準備していた展覧会コンセプトを守るためでもあった。

コロナ禍を意識したものに聞こえる「非/接触のイメージ」という展覧会名は、昨秋から用意されたものだったという。実昌によれば「非/接触」は「非接触/接触」の略で、前者は画像処理ソフトで既成のイメージを加工しながら画面構成を行なう斉木駿介の特徴、後者はタブレットに指で描画するように即興的にドローイングしてゆく名もなき実昌の特徴を表わす、両者の「イメージへの触れ方」あるいは支持体との関係の差異を示唆した言葉である。最終的には絵具で画布に描くというアナログな手法にこだわる両者の共通点とそれに至るまでの差異を明らかにしながら、《合作する》と題した映像インスタレーションによって、二人も制作時に依拠しているインターネットをめぐる神話を解体することが目指されていた。(付け加えておくと、本展を企画した名もなき実昌はその活動自体をTwitterによって展開させてきたアーティストである。デジタルネイティブ世代のこの作家にとってSNSの使用は特別なものではないが、いまだに東京中心のアートシーンに福岡を拠点にしながらアクセスするのにはSNSは有効に働いた。しかしながら実昌は「その先にリアルがある」ことの重要性も強調する。SNSで築かれたネットワークを生かしながらも、その先にはいつも、生身の人間との交渉、交流があったからだ。)

「非/接触のイメージ」展示風景(作家提供)

「非/接触のイメージ」展示風景(作家提供)

6月4日、約2カ月ぶりに開場されたギャラリー。養生シートの上にはスプレーで「開場」と大きく書かれ、破られた開口部から展示空間に足を踏み入れると、二人の福岡未発表の近作・新作が並ぶ。デスクトップ上のイメージと自身が体験したイメージをアクリルと油彩で使い分ける斉木の特徴やそこから生じるマチエールの差異、実昌がさまざまな画材を駆使して描き出す作品のレイヤーと荒々しい筆致などは、やはり実際に作品を目にしなければわからない。

「非/接触のイメージ」展示風景(作家提供)

「非/接触のイメージ」展示風景(作家提供)

「非/接触のイメージ」展示風景

隣のBarスペースには「外出自粛要請」期間に制作された作品が追加された。「アベノマスク」や「アマビエ」といったこの期間にインターネット上に増殖したイメージを戯れに描いてみたりしながらも、社会が大きく変容しても作風は簡単には変化しない/させられないこと、外部との接触を断たれオンラインに閉じこもることで生じたイメージの陳腐化が暗示される。

「非/接触のイメージ」展示風景

「非/接触のイメージ」展示風景

本展のメイン作品という映像インスタレーション《合作する》は、斉木と実昌がそれぞれのアトリエに同サイズのキャンバスを用意し、PCをビデオ通話でつなぎ、プロジェクターで相手が描いたものを画布に投影しながら、20分ずつ交互に描く映像と成果品で構成される。ギャラリー空間では、二人がそれぞれ記録した映像が重ねて投影されている。左右の壁には、それぞれが完成させた絵画が展示されている。互いのノーカット映像(2時間40分)に記録された、ネット環境によるビデオ通話のラグや動画の停止、あるいはプロジェクターによって不可避的に生じるズレや解像度の低下が、インターネットの「誰とでもシームレスにつながれるというコミュニケーションの神話への疑問」(配布テキストから引用)を示している。加えて、相手の描画を意識せざるを得ないが完全に把握もできないまま進む制作、相手の描いたイメージをそれぞれが自分の視覚内で侵食してゆく暴力性、あるいは相手が描いたものを発展させたくとも自らの影が映像を遮ってしまう矛盾、決して交わることのない手元の絵画の存在など、オンラインの困難をめぐるいくつもの誤解とズレを逆手に取って作品化してしまうやわらかな想像力についても言及するものと言えるだろう。

斉木駿介、名もなき実昌《合作する》(作家提供)

斉木駿介、名もなき実昌《合作する》

斉木駿介、名もなき実昌《合作する》(作家提供)

《合作する》で制作された斉木駿介の絵画作品(作家提供)

《合作する》で制作された名もなき実昌の絵画作品(作家提供)


ギャラリーでの「接触」を待つ

無観客展と延期。これは、名もなき実昌がもともと二つの企画の実施のために2カ月間IAF SHOP*のギャラリースペースを押さえていたことから提案・実現できたことだった(もうひとつの企画は会期を変更し、来月以降開催予定とのこと)。では緊急事態宣言が解除されることなく継続されていたら本展覧会はどうなっていたのだろう? この素朴な疑問にも、会場で流れていた斉木と実昌の音声による作品《ピロートーク》は答えていた。たとえ解除が夏以降になったとしても「会場を借り続け、展示再開を待つ」。ギャラリーでの接触をジリジリと待つ覚悟がそこにあった。

本展は、コロナ禍以前から潜在していた世間のインターネットへの過剰な期待に対する危機感に端を発したものだった。そして、それはコロナ禍で苦境に立たされたギャラリースペース存続への危機感とも結びついていた。自らの制作手法を自己反省的に検証しながら、オンラインに孕まれた問題を指摘し、人と美術との直接の交わり、接触への信頼を愚直なまでに示し、作家自ら行動に移した「非/接触のイメージ」展は、オンラインの波に溺れそうになりながら美術館における体験についてモヤモヤと考えることしかできなかったわたしの頭にガツンとした、しかし爽快な一発をくれた。


斉木駿介、名もなき実昌「非/接触のイメージ」

会期:2020年6月4日(木)〜6月7日(日)
※4月16日(木)~6月3日(水)は無観客で開催
会場:IAF SHOP*(福岡県福岡市中央区薬院3-7-19 2階)
公式サイト:http://namonakisanemasa.com/exhibition/