キュレーターズノート

搬入プロジェクトを山口で実施する

渡邉朋也(山口情報芸術センター[YCAM])

2020年06月15日号

山口情報芸術センター[YCAM]において、2020年7月25日に「搬入プロジェクト 山口・中園町計画」を実施すべく準備を進めている。「搬入プロジェクト」は、演出家の危口統之(1975〜2017)が主宰するパフォーマンス集団・悪魔のしるしの代表的な演劇プロジェクトのひとつだが、危口の死後、著作権が放棄され、パブリックドメインに移行した。しかし、パフォーマンスや建築をはじめとした複数の領域の技法が複合した本作は、作品としての明確なアウトラインを定義しづらい側面もある。なにをどうしたら「搬入プロジェクト」を実施したと言えるのか、仮に本作を改変したとしても、なにを改変したのか。どこか不明瞭な部分がつきまとう。実施にあたって、そんな複雑(でその実、単純)な本作の本質的な要素を抽出し、それをなんらかの方法で記述するための試みをひたすら繰り返している。その端緒を紹介したい。

はじめに


搬入プロジェクトを山口情報芸術センター[YCAM]で実施することにした。発案者の悪魔のしるしによって作成されたマニュアルはすでに公開されていたが、率直に言って、それを読んで自分が実施できるようになるとは到底思えなかった。このマニュアルにおいて、搬入プロジェクトは5つの作業工程に分かれる。その中のひとつ、物体の設計に関する工程について、マニュアルではこう記されている。

物体の模型を作りながら設計し、その形と動きを決める。

これに続いていくつかの補足的なことがらも記されているのだが、当時の筆者には、仮にいくつかの模型をつくったとして、それをどのようなものさしにしたがって決めればいいのかがまったくわからなかった。ほかの作業工程についてもほとんど同じである。搬入プロジェクトをまとめた書籍『CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT: WORDS』(2015)には、一連の作業工程についてもう少し細かい記述がなされている。しかし、それでもやはり不可解なものに思えた。

その後、2020年6月現在に至るまでに筆者は搬入プロジェクトを自主的に4回に渡って実施することになる。いまにして思えば、こうしたマニュアルの書きぶりは大いに理解ができる。このようにしか書きようがないのだ。しかし、搬入プロジェクトを山口で実施しようと考えついた段階での筆者は、搬入プロジェクトにおける物体の設計や制作、搬入といったいくつか作業工程に従事した経験を持っておらず、なにか関わりといえば、パフォーマンスを遠巻きに眺めていたくらいのものであった。そこで不可解さを克服するために、筆者は福島県猪苗代町に走ることになった。2019年11月のことである。

搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画


2019年11月、福島県猪苗代町のはじまりの美術館において、搬入プロジェクト(正式名称は「搬入プロジェクト 猪苗代・はじまりの美術館計画」)が実施された。現時点では、悪魔のしるしが直接手がけた最新の搬入プロジェクトである。この搬入プロジェクトでは、搬入の実施に先駆けて4日間のワークショップも開催された。このワークショップでは、悪魔のしるしの石川卓磨氏、そのサポート役を務める快快の佐々木文美氏を講師に、彼らとともに搬入プロジェクトのすべての作業工程を実施していくというもので、筆者にとってはまさに渡りに船。全日程に参加させてもらうことになった。



[筆者撮影]


このときの筆者は、何もわかってはいなかった。搬入プロジェクトの実施にあたって、どの程度の人員が必要なのかもわかってはいなかった。だから、現場に到着したら、石川氏と佐々木氏しかいないことに驚くことになった(途中から悪魔のしるしの宮村ヤスヲ氏も参加することになる)。このきわめて少人数で、手取り足取りすべての作業工程を経験できたことは、のちに主体的に搬入プロジェクトを実施するときに非常に大きな財産となった。冒頭で記したような物体の設計の際に重要視すべきことがらをおぼろげではあるが感じ取ることができたからだ。ほかにも、ビールケース工法をはじめ、サトルシステムや千尋締めといった、搬入プロジェクトに必要なテクニックも習得することができた。このときの搬入プロジェクトで筆者が感じたことについては、直後に勤務先に提出した報告書に詳しいのでそちらを参照されたい。



[筆者撮影]


最終的には、石川氏、佐々木氏、筆者が設計した案の中から筆者の案が採用され、実際に制作、搬入することになった。筆者が設計した物体案は、クエスチョンマークのような形状をしており、はじまりの美術館のふたつの入口の片方からは搬入可能だが、もう片方からは搬入ができない。また、搬入に際してクエスチョンマークの上半分の部分を中空に持ち上げる必要があるため、瞬間的に不安定な状況が生まれる。このことが高く評価されたのだと思う。自分の設計案が選ばれたことは、どこか誇らしい気持ちがあったが、いざそれを実寸で制作してみると、誇らしさは吹き飛び、その重量感におののくことになる。1/20のサイズのスタイロフォームの物体案はおそらく数十グラムの重さだったが、ビールケースと木材を組み合わせてできた実寸サイズの物体は100キログラムを超えていたのではないか。この物体を美術館のスタッフも含めた20名ほどの地元住民たちとはじまりの美術館の内部に搬入した。



[提供:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館]


搬入に際しては石川氏が先導役を担った。建物の周囲を移動しているうちはまだ順調だったが、模型で設計を重ねていたときとは明らかに勝手が違う。物体の先端をいざ建物内に搬入しようとなると、徐々にスピードが緩む。ああでもないこうでもないとトライアンドエラーを繰り返す。当然、ひとりの力で持ち上げられるような代物ではないわけだから、全員でそれを繰り返すことになる。しばらくして、周囲で観覧していたひとりの女性が、運び手のわれわれのほうにすっ飛んできて、「この入れ方では入らないから、こういう入れ方をしたほうがいい」というようなことを言った。筆者は設計者であり、また比較的短気なので、内心で「この入れ方じゃないと入らないんだよ!」とうっすら思ったのだが、石川氏は建物と物体の模型を持ってきて「どのように入れるんですか?」と丁寧に女性に話を聞いていた。結果的に女性の考える搬入方法では、物体は搬入できないことがわかったのだが、石川氏のそのオープンマインドな姿勢にこそパブリックドメインで作品を運用することの秘訣があるように感じられ、筆者は大いに反省した。



[提供:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館]


そしてクエスチョンマークの上半分の部分が中空に持ち上げられる瞬間がやってきた。実際に持ち上げるとなると、高さ3メートル近いところに物体の一部を持ち上げる必要がある。突き上げ方式も採用しながら持ち上げていたところ、「バキッ」というイヤな音を立てて、物体の上部が緩やかに脱落した。幸いにして、物体には千尋締めで飛び出したロックタイを養生する目的も兼ねて、カラフルな布が巻き付けられていた。そのため、脱落した部分がそのまま自由落下することはなく、運び手にもケガ人も出ることはなかったが、このような不安定な形状を設計してしまったことを筆者は心底後悔した。しかし、すぐさま搬入前日の物体の制作日からワークショップに参加していたYCAMの安東星郎が応急処置を行ない、当初の搬入方法とは異なる方法ではあったが、どうにか搬入することができた。ワークショップ講師の佐々木氏によれば、搬入プロジェクトというのは「始まった瞬間に頭が真っ白になる」ものだというが、まさにその通りだと思う。



[提供:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館]


搬入プロジェクトで筆者は、恐怖におののき、後悔に苛まれ、しかし全体として高揚感を感じていた。おそらく何も知らないひとから見たらかなり情緒が不安定だったとは思うが、あの現場には搬入プロジェクトのことを知らないひとがいなかったのは幸いだった。終了後も延々と今日の搬入はここがよかった、悪かったという話を安東たちに話していたような記憶がある。

そして、その場で翌月以降、毎月搬入プロジェクトを実施することを決めた。それは単純に、YCAMのような比較的広大なパブリックスペースを持つ施設では、おのずと物体のスケールも大きくなるため、より高度な制作技術や搬入技術が必要になると思ったからである。そしてもうひとつ重要なのが、搬入プロジェクトがアジャイルソフトウェア開発手法、とくにケント・ベックが提唱する「エクストリーム・プログラミング(XP)」のような手法で、実施されていたと感じたからである。開催場所に合わせてさまざまな要素を積極的に取り込み、メンバーも入れ替え、それでいて目的はシンプル。スピード感や経験則を重視し、用語集もある。搬入プロジェクトの現場に漂うそうした柔軟性に、オープンソースソフトウェアの開発現場でも採用されることが多いXPと近いものを筆者は感じた。搬入プロジェクトがパブリックドメイン化されていることは周知の通りであるが、これを一種のオープンソースソフトウェア/ハードウェアとして捉え、山口での実施に向けてイテレーション(反復)を導入するのが自然だと感じたのである。

山口情報芸術センター[YCAM]での実施に向けて


かくして、2019年12月から翌年2月にかけては、筆者個人がメディア芸術クリエイター育成支援事業に採択されたことも後押しし、2020年7月25日にYCAMで開催すべく、毎月搬入プロジェクトを実験的に実施し続けた。2019年12月は京都市立芸術大学芸術資源研究センター、2020年1月は多摩美術大学クラブ棟、2月は山口県山口市内の民家と山口からの距離の長短は問わず、課題に応じて国内外の各所に協力を仰ぎ実施することができた。本来であれば3月にはふたたび東京でも実施する予定があったが、新型コロナウイルス感染症の拡大にともない頓挫した。また4月以降も国内のいくつかの施設で予定していたが、結局のところ5月の山口市内の廃校での実施のみに留まっている。



[撮影:荻原楽太郎]


これらの実施では、いずれもいくつかの課題を立てて、それの解決と検証を目的としていた。例えば京都市立芸術大学では、すべての作業工程を自主的にオーガナイズすることであったり、サトルシステムの改善や、物体表面への緩衝材の導入などが挙げられる。多摩美術大学では、運び手に金銭的なインセンティヴを導入することや、物体表面へのストレッチフィルムの導入など。山口市内の民家では、コンピュテーショナル・デザインの導入による設計の楽しみの圧縮や、コンパクト化による新しい搬入プロジェクトの可能性を模索した。こうした一連の実験の過程や成果については割愛するが、5月の実施を除いては記録映像がすでに公開されているので、そちらをぜひご覧いただきたい。また資料については、8月1日からYCAMで開催する「搬入プロジェクト 山口・中園町計画ドキュメント」という資料展示において紹介する予定だ。



[撮影:蛭間友里恵]


現在では、実験的な搬入プロジェクトの実施以外にも準備を進めている。そのひとつが「搬入物体設計ワークショップ」である。これはYCAMの1/20の模型を用いて、物体の設計の工程をオープンなかたちで実施するイヴェントで、途中YCAMの臨時休館があったものの、中学生や建築を専攻する大学生、主婦など幅広いバックグラウンドの参加者が、YCAMに「ギリギリ入る」物体を設計している。現在ではおよそ100個ほどの物体案が提出され、そのすべての3Dデータがパブリックドメイン化し、公開されている。ワークショップ終了後には、オンラインでの投票を受け付けるとともに、悪魔のしるしのメンバーをはじめとした搬入プロジェクトの有識者による審査会を開催。このワークショップで生み出された物体案の中から、実際にYCAMに搬入する物体を決定する。7月からはYCAMに隣接する中央公園で、物体の制作もスタートする。



と、ここまで書いてきたが、実際のところ、搬入プロジェクトが予定通りにYCAMで実現するのかというとかなり怪しい。祝祭と関連付けられて説明されることも多い搬入プロジェクトは、開催すれば不特定多数の観衆が発生し、熱狂を生みながら物体とともに移動していく。また運び手は搬入中、つねに物体の周りに密集し、指示を出し合っている。こうした状況は、政府が発表している「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」や、山口市が発表している「市主催イベント等の開催に係る対応方針」、公益社団法人全国公立文化施設協会(公文協)が発表している「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」、公益財団法人日本博物館協会が発表している「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」、公益財団法人日本スポーツ協会と公益財団法人日本障がい者スポーツ協会が発表している「スポーツイベントの再開に向けた感染拡大予防ガイドライン」のどれと照らし合わせても好ましいものではない。だからといって、リソースも限られているため、新型コロナウイルス感染症の予防対策を搬入プロジェクトのためにアレンジするにも限界がある。とはいえ、作品を改変できるという本作の特徴を逆手にとって、予防対策を先鋭化させることも可能だと思われるが、それにより作品の本質的な魅力が損なわれれば、元も子もない。じつは5月に山口市内の廃校で実施した搬入プロジェクトの課題は、新型コロナウイルス感染症対策と搬入プロジェクトの搬入作業は両立しうるかというものであった。詳述は避けるが、両立するためには多大な労力を要すること、それから2週間後にかかるかもしれない肺炎のリスクよりも、ゼロコンマ数秒後にはっきりと予期できる骨折や打撲のリスクのほうがはるかに恐ろしいということがわかった。



[撮影:谷康弘]


悪魔のしるしのメンバーの金森香氏はインタヴューでこう語っている。

「『搬入プロジェクト』が知らない国の知らない祭りで行われる」という状況が生まれることが、悪魔のしるしにとって一つの理想としてある。

同様に石川氏も別のテキストでこう綴っている。

時が経ち、どこか遠くの知らない村の祭りや行事などとして定着したらそれはこの作品の最長到達地点なのかもしれない。今はまだこの作品は完成していないのではないか。

この作品の寿命は、実施すればするほどたぶん長くなる。長い寿命のなかでまたパンデミックが起きるかもしれないからその日のことも考えて対策を練るのもいいだろうし、長い寿命を持つものなのだからこそここはじっと耐えるべきなのかもしれない。社会の動向を考えながら、応答していきたいと考えている。



[撮影:田邊アツシ]




フライヤーのメインビジュアル(デザイン:畑ユリエ)


搬入プロジェクト 山口・中園町計画

会期:2020年7月25日(土)17:00 開演
公式サイト:https://www.ycam.jp/events/2020/ycam-performance-lounge-7/

搬入プロジェクト 山口・中園町計画ドキュメント

会期:2020年8月1日(土)〜9月6日(日)
公式サイト:https://www.ycam.jp/events/2020/exhibition-of-carry-in-project/

会場:山口情報芸術センター[YCAM]
山口県山口市中園町7-7