2020年09月15日号
次回10月1日更新予定

キュレーターズノート

東北の被災地から──コロナ禍の美術館

山内宏泰(リアス・アーク美術館)

2020年07月01日号

東北の被災地、宮城県気仙沼市。復興オリンピックの延期とコロナ禍は被災地にどのような影を落とすことになるのか。例年多数の来館者が訪れるはずの3月、リアス・アーク美術館の入館者数は例年の半分以下まで減少した。4月には緊急事態宣言による約1か月の臨時休館。そして5月、緊急事態宣言が延長されるなか、政府から示された美術館、博物館への開放要請。
情報が錯綜するなか、手探りで行なった感染症対策と先の見えない事業変更。「住民の健康的な生活を維持するため」との理由で開館を求められたことの真意は何なのか? そもそも美術館の社会的必要性とは何なのか? コロナ禍で迎える東日本大震災発生10周年を前に、我々が向き合うべき課題を問う。


5月13日に再開したリアス・アーク美術館 正面アプローチ [筆者撮影]

はじめに


本来この7月1日号では、前号(3月1日号)に続く内容として被災から10年を迎えようとしている宮城県気仙沼市、南三陸町の現在、その復旧、復興状況や、今まさに佳境に入っていたはずの「復興(東京)オリンピック」関連事業の陰と陽に触れる予定だった。しかしながら、急激に拡大した新型コロナウイルス感染症の影響により3月末には東京オリンピックの延期が決定され、4月初旬には本年度内に計画していた地元被災エリアでのフィールドワークも無期延期となった。よって本号では予定を変更して、ここ数カ月のコロナ禍対応から見えてきた美術館、博物館を取り巻く現状について、当館の事例と全国の小規模美術館から寄せられた情報などを基に考察し、併せてオリンピック延期とコロナ禍が東北被災地に与える影響などを論じてみることにする。

コロナ禍とリアス・アーク美術館


正直なところ、職場と自宅、近所のスーパー以外への外出を自粛しているため取材などはほとんどできていない。よってレポートできる内容はリアス・アーク美術館とその周辺のことのみである。またオリンピック延期に伴う東北被災地への影響や、コロナ禍による影響についても、現状では目に見えている気仙沼のことしか語り得ない。その点についてはあらかじめご了承願いつつ、まずはリアス・アーク美術館の近況をレポートさせていただく。

新型コロナウイルス感染症の具体的な影響を実感し始めたのは2月下旬のことだった。例年であれば来館者が増加し、団体予約や解説の依頼が多く寄せられる3月11日前後を迎えたが、利用者数は減少し、事前の団体予約等は全てキャンセルされた。結局3月末までその状態が続き、3月の入館者数は昨年の半分以下となった。

4月5日には気仙沼市で感染者1名が確認された。全国に緊急事態宣言が発令されたのは4月16日だったが、その10日前、4月6日から5月10日までの期間、市内の公共施設は臨時休館を指示された。当館については、休館日との兼ね合いから4月8日~5月12日を臨時休館とした。

長期休館となれば、接客を主とする看視員らに代替業務を指示しなければならない。期間は約1カ月だが、果たしてその1カ月をフルに活用できるのか、感染拡大状況によっては在宅勤務、自宅待機などの方針転換も考えられた。そのため状況変化に即時対応可能な「ゆるめ」な代替業務計画を立てた。

先が読めない以上、あまり大掛かりなことには手が付けられず、とにかく細々とやれることをやるしかない。結局当館では長年の懸案となっていた不用品の処理、資材整理、資料整理や事務室のレイアウト変更などを職員総出で行なった。開館から約26年間、たまりにたまった垢を落とすいい機会になった。

4月16日には全国に緊急事態宣言が発令され、国内の感染状況は更に悪化、連休前には5月4日の緊急事態宣言延長発表も確実視されていた。その状況から当館が予定通り5月13日に開館することは難しいと判断し、5月7日、8日の日程で教育長と市長にその点の確認を取り、5月末までの休館延長を申し出ることにした。ところが5月4日の緊急事態宣言延長に合わせ、政府から「例えば、博物館、美術館、図書館などについては、住民の健康的な生活を維持するため、感染リスクを踏まえた上で、人が密集しないことなど感染防止策を講じることを前提に開放することなどが考えられる」とのよくわからない指針が示された。これを受け、宮城県はそれら施設の開館を掲げ、5月6日には宮城県の方針に倣うとした気仙沼市が5月13日の当館開館を明言した。

現場の考えを伝えることが叶わないまま、職員の予想に反してリアス・アーク美術館は開館することになった。手探りかつ急ピッチで未知の感染症対策を行ない、とりあえず開館した。年内に予定していた事業は全て白紙に戻し、現在、外部と共催展などの調整を行ないながら事業計画を練り直している。この原稿が公開される頃には当館の新たな年間スケジュールが発表されているはずだ。

万全の感染防止対策とは


結果から語ってしまえば、当館が開館した5月13日の段階で、同じく開館した美術館、博物館を県内で確認することはできなかった。逆に5月7日の時点でホームページ上に5月末までの休館期間延長を発表した施設が多くみられた。宮城県以外の美術館についても同様で、全国各地から当館に届く小規模美術館の報告によれば5月末までは休館、6月以降に企画展等を再開するとの情報が大半を占めた。

連休明けに確認したところ、宮城県美術館は5月20日前後(実際は5月18日)に開館、東北歴史博物館(県立博物館)はその時点で未定(実際は5月19日に開館)とのことだったが、「開館準備開始の許可を得たと解釈している」との認識を示された。開館のタイミングは万全の感染拡大防止策が整い次第であり、その判断は現場がするべきではないかとの意見をいただいた。

当館の場合、万全の対策をせよと言われても、アルコール消毒液や職員用マスク、手袋など必要な物資は何もなく、かつその時点では購入もままならなかった。つまり施設としての対策を講じられる状況になかったのである。一方で、市役所では玄関から各部屋の入口まで、いたるところにアルコールボトルが設置されていた。また学校にもマスクとアルコールは支給されていると聞いた。しかし美術館にそれらは支給されなかった。そういったことの確認も不十分ななか、開館日を限定、宣言されたため職員の安全確保さえも困難だった。

物資が不十分で購入もままならない社会状況下、不要不急の外出は控えるようにとの指示を継続しながら、その一方で「住民の健康的な生活を維持するため」に美術館、博物館、図書館は開放してもよいのでは、との謎の判断、その根拠が未だに理解できていない。またこれは極めて美術館、博物館的な課題といえるが、当館のように資料の多くをむき出しで展示している館の場合、資料のウイルス汚染リスクは度外視できない。ウイルス除去作業については専門家でも方針決定が難しいとしているなか、各館が自らの責任において自力で万全の対策を講じ開館せよとはあまりに無責任ではないだろうか。文化庁も文科省も全く同じ文書を以てこの指示を通達し、後付けでガイドラインなどを示した。6月以降の開館を目標としていた館には時間的猶予もあっただろう。しかし当館にその時間は与えられなかった。



リアス・アーク美術館 左上:受付カウンター 右上:受付カウンター、筆者作成段ボールシールド設置状況
左下:2F常設展示室チケットカウンター、筆者作成段ボールシールド設置状況 右下:1F常設展示室チケットカウンター、筆者作成段ボールシールド設置状況 (2020年5月13日)[筆者撮影]



リアス・アーク美術館 左上:受付カウンター付近 右上:使用制限のため裏返されたコインロッカー
左下:正面玄関アルコール消毒設置状況 右下:正面入り口(追加された入館者マスク着用必須の表示) (2020年5月13日)[筆者撮影]



リアス・アーク美術館 左:受付カウンター、筆者作成樹脂シールド設置状況 右:筆者作成樹脂シールド部分 (2020年5月24日)[筆者撮影]



リアス・アーク美術館 左:筆者作成樹脂シールド部分(PET樹脂版×ポリカ段ボール×アルミパイプ、アングル×ロックタイ)(2020年5月24日) 右:1F常設展示室チケットカウンター、筆者作成アクリルシールド設置状況 (2020年5月27日)[筆者撮影]



リアス・アーク美術館 左:2F常設展示室チケットカウンター、筆者作成アクリルシールド設置状況 右:2F常設展示室チケットカウンター、筆者作成アクリルシールド設置状況 (2020年5月30日)[筆者撮影]

美術館の社会的必要性


バブル崩壊時には「人の生き死にとは関係ない余剰的なもの、贅沢品、財政難を招いた元凶」などの誹りを受けた当館からすれば、生死に関わる危険な感染症のパンデミックが起きている最中、発令中の緊急事態宣言を延長するその時に「住民の健康的な生活を維持するため」との理由で美術館の開館を求められたことに滑稽さすら感じた。死線をさまよう最前線で美術館は突然その社会的必要性を揺るぎないものにしたとでもいうのだろうか。私には市民向けのガス抜き、生贄にされたとしか考えられなかった。社会にとって本当に必要なものならば、リスクを冒してまで先陣を切り、無理に開館する必要などないはず。社会経済活動の外側に位置していると思えばこそ、リスクを承知で開館させたのではないのか、私はそのような疑念を禁じ得なかった。

5月13日の開館に向けて数日しかないなか、感染症対策を行ない、何とか開館した当館だったが、5月中の開館実日数15日間の入館者数は1日平均約5人。開館以来初の入館者数0人という日も数日あった。常設展示のみの公開では地元利用者は期待できず、しかしながら地域外からの利用者には自粛を求めつつ施設を開けることの矛盾。開館する以上、光熱水費等のコストはかかる。職員の多くが美術館を開館していることの正当性を見失いそうになりながら約1カ月を過ごしてきた。

おわりに・コロナ禍と被災地の使命


当館は本年度事業の内、年内に予定していた主催展の全てを中止、延期とした。住民参加型企画が多く、一部大規模イベント化するものもあり、3密回避が困難と判断したからだ。年明けの企画は予定通り開催するつもりだが、コロナウイルス感染症は秋以降にぶり返す可能性が高いとのこと、実際にはどうなるか分からない。本年3月と同様の状況となれば東日本大震災発生10周年を記念するさまざまなイベント、学術的活動は再び実施困難となるだろう。

東北の被災地では復興オリンピック開催に合わせて事業を再開した企業が少なくない。無理を押して事業を再開したのに当ては外れてしまった形だ。観光客の有無に左右される企業、特に飲食関係は気の毒だ。大詰めの復興事業で仮設商店街が解体され、新設された復興施設に入居するも家賃は高額、一発逆転のオリンピックは延期され、さらには先が見えないコロナ禍と世界恐慌レベルの経済危機。「食のまち気仙沼」は非常に難しい状況に追い込まれている。

東北の被災地にとって2020~'22年までの2年間は替えのきかない重要な時間といえる。東日本大震災発生から10年の成果と残された課題をじっくり精査し、その意義を世界に還元しなければならないのだ。それは同時に大きなビジネスチャンスでもあるのだが、そこに向かうべき被災地の意識はコロナ禍によってかき乱され、集中力や体力が徐々に奪われている。

コロナ禍による死者数は全世界で42万人を超えた(2020年6月14日現在)。そして今後さらに状況は悪化し、世界的な経済危機は新たな火種を生み出すかもしれない。間違いなくコロナ禍は人類史に残る世界的危機である。そのような世界的危機と比較すれば東日本大震災の被害規模は小さく見えるかもしれない。しかし東日本大震災は世界中の先進国に対し、その文明や科学技術がいかに脆弱であるかを暴露し、新しい価値観の必要性を強烈なインパクトを以て問いかけた。我々被災者はその問いに対する答えを世界に示さなければならない。それは全ての日本人に与えられた使命でもあると私は考えている。

リアス・アーク美術館

住所:宮城県気仙沼市赤岩牧沢138-5
Tel. 0226-24-1611

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