2020年09月15日号
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キュレーターズノート

弘前れんが倉庫美術館オープン:その建築と開館記念展について

工藤健志(青森県立美術館)

2020年08月01日号

去る7月11日(土)、弘前れんが倉庫美術館がグランドオープンした。当初は4月11日(土)に開館予定であったが、コロナ禍のため延期。非常事態宣言解除後の6月1日(月)にプレオープンし、事前予約制で弘前市民から青森県民へと段階的に観覧対象を広げ、ようやく3カ月遅れで正式オープンとなった。


弘前れんが倉庫美術館全景[© Naoya Hatakeyama]


この春、青森県立美術館では筆者が担当する「富野由悠季の世界」展が開催予定であった。印刷物の配布や前売チケットの販売、テレビスポットもはじまり、同時期にオープンする弘前れんが倉庫美術館との相乗効果も期待していたのだが、3,000を超える出品点数、しかも文字を読ませる資料や小さなモニターでの映像上映も多く、超高密度型の展示となるため、3月25日という早い段階で来年3月へと延期を決定。自由に動き回ることのできる空間、そして作品とじっくり向き合える落ち着いた環境は展覧会にとって必要不可欠なので、延期の決定は適切であったと思う。しかし、今の状況を踏まえると来年3月に開催しても新型コロナウイルス感染症が完全に終息しているとは考えにくい。個人的にはこれまで時代やジャンルを越えて多種多様な作品、資料を自在に接続させることで時代精神の考察や価値の問い直しを目論む「密」な展覧会ばかりを企画してきたが(と言いつつ展示は密だけど観覧者は密じゃないというオチ、なんて与太話をしてる場合じゃないな)、社会の劇的な変化を受け、展覧会のスタイルも変わっていかざるをえないだろう。展示空間の作り方や観覧方法についてはしばらく試行錯誤が続きそうだが、そもそも集客イヴェントへと流されがちな展覧会が、美術館本来の役割である地域文化に根差したものへと回帰するきっかけになることを願って止まない。

筆者が弘前れんが倉庫美術館を訪れたのは7月3日。1月下旬に東京へ行って以来、外出自粛が続き、予定されていた外での仕事はすべてキャンセル。住んでいる自治体から外に出たのも半年ぶりであったが、企画展の組み替えや美術館の感染症対策に追われていたためか、久々という感覚がまったくなかったのは正直自分でも驚いた。それでも自館以外で展覧会が見られるのはやはりうれしいものである。まだ青森県民を対象とした観覧予約制の時期だったので、空間を独り占めできたことも望外であり、誰にも邪魔されず、空間、作品とじっくり向き合うことができた。まさに美術鑑賞の醍醐味。人の頭越しに作品を見るなど実にナンセンス、なのである。

この空間に身を置くのは5回目のこと。旧吉井酒造煉瓦倉庫時代の施設見学、そして2002年、2005年、2006年に開催された奈良美智の展覧会を見て以来、約15年ぶり(!)であった。この倉庫の歴史と意義についてはほかで詳細に語られているのでここでは割愛するが(ものの芽舎から6月に出版された『津軽学』12号の美術館特集記事は必読である)、18年前の2002年に開催された奈良美智展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」で抱いた空間の印象を当時筆者は以下のように記している。

「おそらくインスタレーションしか成立しない、多用途に活用しようと手を加えた途端に魅力が殺がれてしまう空間であるということ。今回はボランティアによって清掃や壁の塗装、照明の設置など最小限の手入れが行われただけで、倉庫の中であることを来場者は強く意識させられる。(中略)建物に入り、薄暗く細い通路を通って、つきあたりの扉を背をかがめてくぐると、2,000㎡にも達する巨大な遮光空間が突如としてあらわれる。コールタールで塗られた壁がもたらす漆黒の闇の中でスポットライトの光によって奈良の作品が朧げに浮かび上がってくる。その身体性を強く喚起させられる動線や、作品と空間が共鳴して作り出す“磁場”に強く惹きつけられてしまった。そこから続く、外光が差し込みやわらかな印象を受ける展示室、そして全面タイル貼りの展示室など、美術館のホワイトキューブでは絶対に味わうことのできない有機的な空間との対話が奈良作品によって促されていく。(中略)作品を支える空間の、人々の欲望を果てしなく吸収していくような雰囲気。あの暗い空間は、人の記憶の彼方にある原初的空間たる子宮のイメージをも我々に想起させてくれよう。」(『季刊てんぴょう』12号、アートヴィレッジ、2002.10)



弘前れんが倉庫美術館エントランス[© Naoya Hatakeyama]


今回田根剛がリノベーションした空間に以前の記憶を重ね合わせることは難しかったが、それでも「記憶の継承」というコンセプトのとおり、かつての倉庫の空間的な特質はしっかりと保たれていた。レンガ造りの外観はもとより、内部もオリジナルの駆体や部材が極力活かされているからだろう。エントランス部は新規に作られたもので、建物の中に吸い込まれていくような凹形状になっており、レンガを互い違いに積んだ独特な襞状の構造を有している(「弘前積み」と命名されている)。レンガという共通の素材を用いて過去と現在をシームレスに接続させつつ、止まった時間の流れを再び起動させようとする強い意志が感得されるファサードとなっていた。



エントランスの受付エリアから展示棟を望む[© Naoya Hatakeyama]


エントランスホールからまっすぐ伸びる通路の奥に別棟の展示室が控えている。天井高15メートルの巨大な倉庫空間の容積を最大限に活用し、必要最低限の壁面を追加してプロポーションと表情の異なる5つの展示スペースを出現させていた。開館記念展は「Thank You Memory —醸造から創造へ—」。コミッションワークを主体としたもので、参加作家は藤井光、畠山直哉、ジャン=ミシェル・オトニエル、ナウィン・ラワンチャイクン、笹本晃、尹秀珍(イン・シウジェン)、奈良美智、潘逸舟の8名。オトニエルの作品のみ展示室へ連なるエントランスの通路スペースに展示されているが(ここも展示スペースとして活用していくという)、弘前りんごに着想されたガラス彫刻は本来3点展示される予定であったものの、コロナ禍のため展示設営が遅延しており、現在は新作2点と代替作品の1点の展示となっている。それでも、光を吸い込み、反射させながら見る角度によってイメージを変容させていくりんごのオブジェからは、弘前という土地の豊かなダイナミズムが読み取れよう。ちなみにこうしたコミッションワークは美術館のコレクションとなり、企画展という枠組みに捉われず、館内のさまざまな場所に長期展示されるとのこと。本作も長期の展示が予定されているとのことなので、3点揃った状態を見るのは次回の楽しみにとっておきたい。

展示棟に入って最初の展示室1は、倉庫が歩んだ歴史を多彩な資料で紹介する展覧会の導入部。とはいえ、実資料がただ並ぶだけでなく、改修工事のプロセスを記録した畠山の写真と藤井の映像、美術館のVIを担当した服部一成によるポスターなどを加わえ、資料とドキュメントを共鳴させることで、「過去」という時間に再び動きを与えていくような仕掛けが施されていた。



「Thank You Memory —醸造から創造へ—」展示風景(展示室1)[© Naoya Hatakeyama]


続く展示室2に設置されているのは、まるで酒造工場の標本のような笹本のインスタレーション。《スピリッツの3乗》と題された、まるでラボのような装置である。窓や扉、椅子、梯子など倉庫で実際に使われていた部材を用いて、空間を縦と横方向に分節。かつて酒造工場が稼働していた「場」と「時間」を圧縮再現した作品と言えよう。至るところにダクトが巡り、その中を流れる空気の風圧によってダクトの先につながる試験グラスが小刻みに揺れ、かつてこの場にいたであろう人たちの気配までもが表現されていた。



笹本晃《スピリッツの3乗》展示風景(展示室2)[筆者撮影]


その奥の吹き抜けの大空間(展示室3)にはラワンチャイクンによる扇型の巨大絵画5点が壁面いっぱいに展示されている。弘前ねぷたのスタイルを援用した画面には弘前と倉庫にゆかりのある人々や弘前の名所などが描きこまれている。床に設置されたモニターでは作家が多くの弘前市民にリサーチした成果をもとに、「いのっち」という愛称を持つ縄文時代の猪形土製品(弘前市立博物館蔵)をキーワードとして、弘前の歴史やそこに暮らす人の意識を物語化した映像が映し出されていく。このように展示は「倉庫の記憶」から「弘前の現在」へと拡張されていくのだ。



ナウィン・ラワンチャイクン《いのっちへの手紙》展示風景(展示室3)[筆者撮影]


2階に上がった張り出しスペース(展示室5)では、尹のライフワークである「ポータブル・シティ」シリーズの新作である弘前バージョンが旧作とともに設置されている。開いたスーツケース内に再現される各都市のジオラマ。素材にはその地に暮らす人々の古着が用いられており、個々の日常の営みと記憶の蓄積によって都市が形づくられていることを示唆した作品である。加えて展示空間には都市相互のネットワークを可視化するような糸が張り巡らされており、国や民族の境界を越えたところに存在する安定した世界の有り様が写し出されているようにも察せられた。



尹秀珍「ポータブル・シティ」シリーズ 展示風景(展示室5)[© Naoya Hatakeyama]


上のように展示は倉庫から弘前、そして世界へと広がる「道行」の形式をとり、場所の記憶や地域の人々の意識、それらの固有性と普遍性が「他者」の視点をとおして導き出されていた。展示は最後に弘前ゆかりの作家の作品によって、そうした「他者」の視点を再度相対化していく。2階の奥に設けられたホワイトキューブ(展示室4)を2つの空間に仕切って展示されるのは、青森、北海道を経てサハリンへと辿りつき、より広い視野から北方文化を熟思する奈良の写真と、この地で育った潘による、自らの芸術と弘前の関係性を探るインスタレーション《私の芸術の生まれた場所》。地元ゆかりの作家の、アイデンティティ探求の方法論を読み取るための展示と解釈したい。ちなみに潘の展示は「弘前エクスチェンジ」というプロジェクトの第1回という位置づけも担っている。今回の展示はあくまで出発点であり、今後も弘前でのリサーチは継続され、その成果として新作が制作される予定だという。このように従来のような「企画展」、「常設展」、「プロジェクト」といった枠組みに収まらないフレキシブルな展示活動も、この美術館を特徴づけるひとつの要素と言えるだろう。

本展では「醸造と創造」をテーマに、参加作家がそれぞれ自立した個としての立場から倉庫、弘前との対話を試み、そこから歴史的、社会的、文化的事象を多声的に引き出していく作品が多く並んでいる。それら作品/他者を媒介として観客は弘前に流れる「時間」、人々の意識が堆積する「場所」と交歓していく。展示室の有機的な空間性がその体験をより効果的に支えていた。個人的な感想ではあるが、2階に設けられた無機的なホワイトキューブは不要なのではないか……、そう思えるほどに元倉庫の空間には圧倒的な力が内包されていた。

15年前のインプレッションで筆者は倉庫に対し「子宮」という比喩を用いたが、エントランスの形状、展示室へと続く直線の導線(市民ギャラリー的な使用法も想定されているとのこと)、そして複雑な予感をはらむ巨大な漆黒の展示空間という美術館の構造もまた「内性器」を暗示するもののように感じられた。遺伝子を受け継ぎ、新たな命を生み出す器官、すなわち過去の記憶を現在と融合させつつ未来に向けて多様な価値や感性を育んでいく母性的装置としての美術館。「記憶を継承し、未来をひらく」というコンセプトがそのまま具現化された建築と言えるだろう。



藤井光《建築 2020年》2020[© Hikaru Fujii]


コロナ禍を受け海外作家がひとりも弘前入りすることができず、展示作業はすべてリモートで行なわれるなど、オープンまでは苦労の連続だったようである。改修工事のプロセスを記録した藤井の映像には他者との接触を極力避けるコロナ時代を象徴するかのように、人の姿がほぼ映り込んでいない。モノだけが変容しながら美術館が完成に向かうその様を見ていると、規制秩序に依存しがちな人と人、人と社会の関係性を見直す好機のようにも思えてくる。グローバリズムがもたらす相互依存性によって社会全体の秩序志向性は極限にまで高まってきているが、コロナ禍をとおしてその弊害が至るところで明らかになってきた。帰属する共同体秩序の維持を一義におき、規範から逸脱するものを徹底的に叩いていく風潮も強大な既存秩序に意識を縛られているがゆえのことと言えよう。そうではなく、個々の人間がそれぞれ柔軟性に富む価値観を持つこと。そのためには直接的な対人関係からまず距離をおき、いったん対物関係に立ち返って、そこから人と人、人とコトの関係性を考えていくべきではなかろうか、と藤井の映像を見ながらぼんやり考えた。作品というモノと対峙して多様な価値や感性を導き出していく展覧会の意義はこれからますます重要になってくるだろう。弘前という程よい規模の共同体のありようが示された本展には大規模化、集中化の激しい東京の秩序志向性から脱却するためのヒントも無数に潜んでいるように思われた。



2階ライブラリーから展示室を望む。左手に見えるのはオフィス。旧倉庫時代の部材ができる限り活かされており、屋根裏の構造体にはかつての給水タンクまで残されている。個人的には美術館の中でもっとも惹かれたビューポイント。(工藤) [筆者撮影]


弘前れんが倉庫美術館の維持管理および運営にはPFIが導入され、15年間の長期にわたって「弘前芸術創造株式会社」というSPCが業務を担当していく。全国的にみても先駆的な取り組みであり、これからの美術館運営を考えていく上での大きな試金石となっていくことだろう。その動向と成果にこれからも注目していきたい。

さらに美術館のグランドオープンにあわせて「青森アートミュージアム5館連携協議会」も7月8日に発足した。青森県立美術館国際芸術センター青森(ACAC)十和田市現代美術館弘前れんが倉庫美術館と、来年開館予定の(仮称)八戸市新美術館が連携し、情報発信のみならず、青森のアートコンテンツ開発を積極的に行なっていく。それぞれ個性の異なる5つの館が連携することでどのような化学反応が起きるのか、そして何が生み出されるのか。こちらも楽しみにしていただきたい。

Thank You Memory —醸造から創造へ—

会場:弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市吉野町2-1)
会期:2020年6月1日(月)~9月22日(火・祝)
公式サイト:https://www.hirosaki-moca.jp/exhibitions/thank-you-memory/

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