キュレーターズノート

状況のゆらぎと対峙する──「ミナト・ノート」と「バッドタイミング」/「グッドタイミング」

吉田有里(MAT, Nagoya)

2020年08月01日号

2月後半から愛知県でも新型コロナウイルスの感染者・死亡者が増加し、感染防止のため港まちポットラックビルで開催予定のワークショップやイベントは延期・中止することとなった。
今回は、この数カ月の間のコロナ禍下での取り組みとしてMAT, Nagoyaでのプロジェクト「ミナト・ノート」と、名古屋芸術大学でのオンライン授業での課題の成果展「バッドタイミング」展/「グッドタイミング」展について紹介したい。

[撮影:三浦知也]


一度立ち止まってアーカイブを見直す──「ミナト・ノート」

MAT, Nagoyaの母体となる港まちづくり協議会は、港まちエリアにある場外舟券売場「ボートピア名古屋」の収益の一部が補助金となり運営されている。

年中無休・365日開館しているこの施設も、東日本大震災のときに数週間休館したことはあるものの、今年はコロナ禍を受けて2月末から6月上旬まで休まざるをえず、これまでで最長期間の閉鎖となった。

アートプログラムであるMAT, Nagoyaと、フェスティバルであるアッセンブリッジ ・ナゴヤは、幸いにも今年度の予算の大幅な減少は免れたものの、ボートピアの長期的な閉鎖は、来年度の予算や補助金のあり方にも大きく影響が出るだろうことが予想され、不安が募る。小さな組織が、文化予算ではない資金源からプロジェクトを継続することの難しさを、この時期筆者は痛感していた。

4月に入ってリモートワークに切り替えてからは、スタッフと共にこれまで手が回っていなかったアーカイブを中心に、港まちでの6年間を振り返る作業を行なった。

これまで、延べ200名を超えるアーティストやデザイナー、パフォーマーなどの多くの表現者がこの港まちに滞在し制作や発表を行なってきた。本来であればこの時期は、スタジオプロジェクトとして、数名のアーティストやデザイナーが滞在制作やリサーチなどのプロジェクトを行ない、それらを公開する予定であったのだが、緊急事態宣言によって移動や実施も叶わず、一度立ち止まってアーカイブを見直し、これからの変化を模索したいと考えた。

まちをフィールドに、アーティストと住人の交流を通した企画や、名古屋港エリアまで足を運んでくれる人たちが集う場づくりを目的としていた活動が、ウイルスの登場によって、すべてストップとなった。前提を揺さぶられたいま、これまでの参加アーティストやデザイナーらにこの数カ月をどこで、どのように過ごしているのか、また遠く離れた場所から思い出す港まちの風景や出来事をアンケート形式で質問すれば、これからの新たな日常を切り開くためのヒントや手がかり得られるのではないか。その上でそれらを公開する「ミナト・ノート」と題したプロジェクトをスタートした。

これまで、港まちポットラックビル、ボタンギャラリー 、スーパーギャラリーでの過去の展覧会や、スタジオプロジェクト、アッセンブリッジ ・ナゴヤに参加した者(東海圏在住者を除く)に限定して質問をしたところ、予想を超える42名からの回答があり、さまざまな場所を拠点に活動している彼/彼女らから見た現在の状況や、この時間をどう過ごしていたかの多様な回答を得ることができた。

質問はシンプルに二つ、「この数カ月の間、どのように過ごしているか?」と「印象に残る港まちの風景や場所、出来事や時間など自由に教えてください」というものである。

丹羽良徳は、在住地であるウィーンでのロックダウンの状況や、自身の活動も含めた展覧会のオンラインでの実施や、ギャラリーの活動などについてを細かくレポート。ニューヨーク在住の青崎信孝やたちばなひろしは、感染状況が拡大していくなかでの街や住人の変化から、Black Lives Matterデモの様子などを克明に記していた。

また、O JUNは、ステイホーム中の読書日記やそれにまつわるエピソード、長らく取り組めていなかった作品の制作の再開にまつわる煩い。大学で教鞭を執る法貴信也や冨井大裕らは、オンライン授業における教育現場のあり方や試行錯誤と、その可能性についても。オル太のメンバーはドローイングで現在の様子や港の風景を描いてくれた。

そのほか、偶然にもこの期間に人生の節目となる出来事に遭遇したエピソードや、自宅で過ごす時間のなかで気づく生活や自身を取り巻く環境や意識の変化について、東京を離れて自然豊かな環境に身を移した記録など、さまざまな時間の過ごし方を知ると同時に、質問にあえて含めていなかったウイルスに対する各自の向き合い方や距離の置き方についても見てとることができた。

また、港まちへに関するエピソードについては、いまは遠く離れていてもアーティストたちが思い出す景色や出来事をなぞることで、改めてこのまちをフィールドにして活動していく上での地域性や意義を再確認することができる。この状況では叶わなくなってしまった、移動すること、集うこと、体験することの重要性や、まちで遭遇する出来事や偶然の出会いなど、オンラインでは起こらないドラマが描かれていて、これまでの日常の尊さを改めて感じることになった。また同時に、この場所でしか見られない風景の有意性を再考することとなった。

毎日のように感染者数が増加していくニュースに不安になりながらも、いまは今後の活動の準備を進めている。さまざまな場面での判断への苦悩を繰り返しながら、この場所で今後も芸術のある環境を守っていきたいと思っている。


オンライン授業を経ての制作──
名古屋芸術大学美術領域洋画コース「バッドタイミング」展/「グッドタイミング」展

一方で、筆者はこの4月から、港まちの活動と並行するかたちで、名古屋芸術大学美術領域の専任教員となった。就任早々にコロナ感染対策のため大学は休講。体制が整った5月中旬頃からオンラインで授業がスタートした。担当している学科は美術文化コース(キュレーションやアートマネジメントなど)と洋画コース。来年度に新設される現代美術コースについても同僚である秋吉風人、田村友一郎らと共に準備をしている。

搬入時の様子


2年生〜4年生に向けた5月のオンライン授業では、田村の案によって「バッドタイミング」と題し、現在の状況を踏まえ、デペイズマン(「人を異なった生活環境に置くこと」またそこから転じる「居心地の悪さ、違和感;生活環境の変化、気分転換」)★1 を引用し、異物なもの同士を組み合わせるという題目で、自宅にいながらも制作できる技法や素材で制作することを課題とした。それに続いて、6月の課題では「グッドタイミング」と題し、自宅と外の境界である「窓」や「扉」、「新たな入口」というテーマで課題を出した。

搬入時の様子


「絵画の何か」についての記事で言及したとおり、愛知は絵画を制作している学生や作家が多いことに地域性がある。

このコロナ禍下において自宅待機を要請された彼/彼女らは、自宅で油彩画に取り組むのは難しく、半ば強制的に絵の具や筆から距離を取り、手馴れた技法を手離さざるをえなくなった。

一方でそれは、自宅や散歩道にある身近な素材を組み合わせたり、パソコンを用いたり、スマホを活用したり、自身の身体を取り入れたりと、新たな手法を用いた作品に取り組む、良い機会となった。


(左上)バッドタイミング 中野真美子《狭間》2020/(右上)グッドタイミング 中村綺良《Untitled》2020/(左下)バッドタイミング 山盛優香《アングル》2020/(右下)グッドタイミング 清瀬モモコ《語らい》2020
[撮影:田村友一郎]


また7月に対面授業が開始されてからは、学内にあるギャラリー「HEIGEN」にて、選抜展「バッドタイミング」、「グッドタイミング」を行なった。

教員たちが、展示方法や、空間についてアドバイスやサポートをし、グループ展をつくる過程そのものを実習としながら、会期中には、ソーシャルディスタンスでのアーティストトークを行なった。

コロナ禍下において、これまでの活動の目的や体制がゆらぎ続けるいま、新たな手法や変化を受け止め、柔軟に適応していく力を身につけていくことで、新たな創造や景色が見えてくること。それをこの数カ月のオンラインでの取り組みを通じて、彼/彼女らからも学ぶ機会となった。これからの教育現場にも、大きな変革が起きることになるだろう。

この変化を楽しみつつ、想像/創造性を育てていきたいと思う。

ソーシャルディスタンスを保ったアーティストトーク[撮影:田村友一郎]


★1──https://artscape.jp/artword/index.php/デペイズマン



ミナト・ノート

会期:2020年6月27日(土)〜8月15日(土)
会場:Minatomachi POTLUCK BUILDING 3F : Exhibition Space(名古屋市港区名港1-19-23)
出展作家:青崎伸孝、朝海陽子、阿部航太、犬飼興一、今村遼佑、碓井ゆい、L PACK.(小田桐奨、中嶋哲矢)、O JUN、小川智彦、オル太(井上 徹、川村和秀、斉藤隆文、長谷川義朗、メグ忍者、Jang-Chi)、川村格夫、記憶のはがし方プロジェクト(阿部大介、鷹野 健)、小山友也、下道基行、鈴木悠哉、田口美穂、たちばなひろし、千葉正也、冨井大裕、豊嶋康子、中尾美園、丹羽良徳、蓮沼昌宏、ヒスロム(加藤 至、星野文紀、吉田 祐)、平山昌尚、法貴信也、松本 力、三浦友里、宮田明日鹿、毛利悠子、山本聖子、吉開菜央、鷲尾友公
公式サイト:http://www.mat-nagoya.jp/exhibition/6077.html
※上記ページ中央部のリンクより、PDFにてアンケートへの回答を公開中。


名古屋芸術大学美術領域洋画コース「バッドタイミング」展/「グッドタイミング」展

会期:[バッドタイミング展]2020年7月20日(月)〜23日(木)
   [グッドタイミング展]2020年7月27日(月)〜30日(木)
会場:名古屋芸術大学 西キャンパス Z棟内 HEIGEN / KOGEN / DOKUTSU(愛知県北名古屋市熊之庄古井281)
出展作家:[バッドタイミング展]大野未来、小池匡徳、髙松宗生、中野真美子、大嶽涼太、中村綺良、野澤佳以、長谷川奈央、福島奈央、和田佳己、久野悠利、佐々木裕之介、藤田任思、山本将吾、山盛優香
     [グッドタイミング展]石川莉子、小川靖二、清瀬モモコ、瀬古亮河、高橋咲名、中村綺良、花井明日香、丸山虎之介、山下いろは、石田なのは、細江波瑠、山本将吾
公式サイト:https://www.instagram.com/nua_oil/