キュレーターズノート
続 コロナ禍のなかでの青森県立美術館──
企画展再開と青森アートミュージアム5館連携協議会の始動
工藤健志(青森県立美術館)
2021年03月15日号
対象美術館
2020年の青森県立美術館は予定していた2本の企画展が延期・中止となったが、2020年11月28日から約1年ぶりに再開。青森出身の画家の回顧展「生誕110周年記念 阿部合成展 修羅を越えて “愛”の画家」(2021年1月31日まで)からのリスタートとなった。数年前から計画されていた展覧会ではあるものの、コロナ禍のなか、コレクションの活用に軸足を置く美術館の原点に立ち返り、青森の芸術風土を考察していくという、美術館の所信を表明するかのような展覧会になったと思う。
見送る人々
1910年に青森県浪岡村(現・青森市)に生まれた阿部合成(ごうせい)は1925年に旧制青森中学へ入学。文学に熱中し作家を志すが、同級生であった太宰治の文才に衝撃を受け美術に転向し、1929年に京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)で日本画を専攻する。1935年に上京し、太宰と再会。さらに太宰の親友であった詩人の山岸外史を含めた3人での濃密な交流が始まるが、合成作品の大きな特徴であるエモーショナルな表現は文学的なるものを絵画に置き換えたものと捉えてもよいだろう。
初期作であり最高傑作とされる《見送る人々》(1938、兵庫県立美術館蔵)は、日中戦争下、当時の駐アルゼンチン公使から「頽廃不快の印象を与え、とても日本人とは思えない」と批判され、複製取締まりの要請を受けている。しかし、出征する兵士を見送る一人ひとりの想いに寄り添い、熱狂や悲嘆といったさまざまな感情を丁寧に描き分けた多声的構成を持つ本作は、戦争賛美でもなければ、反戦を強く意図したものでもない。ただ、飢餓に苦しめられ過酷な生活を送る津軽の農民たちの「真実」を描いたものであった。右端で我々に鋭い視線を送るのは合成自身であり、我々に向かって「状況」を問いかけているようにも感じられよう。結束主義的な一体感が支配する時代のなかでこうした多声性=多様性を持ち、さらに合成の内にある時流への反骨精神が感じられる本作が批判の対象となったのはある意味で当然と言えるかもしれない。
以後、合成は画壇や団体展から距離を置くようになるが、さらに追い討ちをかけられるように1943年の秋に召集され、満洲へ出征。敗戦後の1947年までシベリアに抑留される。そして親友であった太宰の突然の死。こうした過酷な体験の連続により、その後は即興的かつダイナミックな荒い筆致により感情を吐露するような作風へと変化していく。やがて社会との軋轢から逃れるように1959年にメキシコへと旅立った合成は、かつて学んでいた日本画の題材や筆法に油彩画や彼の地で刺激を受けた壁画の技法をミックスした独自のマティエールによる作品を手がけ、現地で大きな評価を受けることになる。1年後に帰国するものの、大規模な個展開催のため再び渡墨。計2年にわたるメキシコ滞在と作品の高い評価が三たび合成の画風を変化させていった。1972年に没するまで合成はメキシコの民俗や風習に取材した髑髏やミイラなどのモチーフとキリスト教を主題にし、これまでの抑圧や苦悩を昇華させるかのような鎮魂と祈りの表現を追求していく。
回顧展のフォーマットを問う
今回の展示は時系列的に作品を並べる一般的な回顧展のフォーマットと異なり、最晩年の作品群からスタートし、いくつかのテーマごとに作品を分類、紹介し、初期作の《見送る人々》で締めくくられる。死の視点から現世を俯瞰し、人間存在への深い共感を示す晩年の作品群が道しるべとなって合成の画業の展開の要因や、合成の表現に通底する要素がより鮮明に浮かび上がってくるような構成となっていた。画風は大きく変化するものの、情熱と絶望、自由と鬱屈、生と死など相反する要素が複雑に織り込まれたリアリズムとロマンティシズムの共存こそが、初期から晩年まで一貫した合成作品の魅力であることに気づかされるだろう。モチーフの如何を問わず、すべての作品は戦争、敗戦、復興、高度成長など激動する時代のなかで、さまざまな矛盾や断絶に翻弄された合成の「自画像」であり、同じ時代を生きた人々への想いを託した「人物画」であり、社会性や時代の意識を映す「風景画」であった(と筆者は解釈した)。
企画を担当した池田亨学芸員は同展カタログのエッセイのなかで、「青森の近現代の芸術家のひとつの傾向として、鋭い自意識をもちながら、中央の新しい文化と、厳しい生活風土に育まれた深く豊かな地方の伝統の間にあって、自身が何であるか、何でありうるか、いかにあるべきかを問いながら制作へと向かう姿勢があげられる。棟方志功、太宰治、寺山修司、工藤哲巳(近年の奈良美智もその傾向はみられると思う)にいたるまで、特に津軽の芸術家たちはこうした“自意識”と“フォークロア”の間で創造の根源を問い直し、既存のジャンルを超えてまで新たな表現のスタイルを開拓してきた。それは辺境のフォークロアに革新的な表現の核をもとめた20世紀のモダニズムの傾向と一致し、国際的な評価の一因となっていったと思われる。阿部合成もまた、彼ら“津軽のモダニズム”の系譜に位置づけられるべき画家であろう」と記しているが、本展は、単にひとりの画家の個展という枠にとどまらず、太宰の文学との親和性、ひいてはほかの青森の作家との共通性にまでおのずと意識が向くよう構築された展示であった。晩年から初期へと遡及していく手法によって、物故作家の回顧展にありがちな「ひとりの作家の人生」という閉じた時間がアクチュアルに開かれ、時代に翻弄された合成の体験が今日的な問題として見る者に鋭く迫ってくるようにも感じられた。
新型コロナウイルス感染症は人、物、事の一極集中というバランスの欠如から生じ、拡散/拡大したものではないかと筆者は考えている。それは、東日本大震災などの大きな災害や人災が続いても、そのリスクから目を背け、目先の富や快楽の追求のため一極集中を推し進めてきた現代社会に対する自然界からの最後通告のようにも思えてならない。「中央」という価値や権力と対峙しながら自らのアイデンティティ、そして人間の本来のあり方を探り続けた青森の作家たちの作品には、あらゆる地域の人々が従来の意識や態度を自省するための手がかりが含まれている。
声なき人々に寄り添い、その存在に対する「愛」の表現によって人間性の恢復を暗示させた合成の作品にも、見る人それぞれが「自身が何であるか、何でありうるか、いかにあるべきか」を問い直す力が内包されている。現代社会において巧妙に仕掛けられた世論誘導や大衆扇動に惑わされることなく、どのような状況においても自らの生活を愛し、美しく整えていくことの大切さを本展から感じ取ってもらえたら、と展示室を巡回するたびに念じていた。
点から面へ 県内美術館の連携
もうひとつ、青森県全体のトピックとして、県内にある五つの美術館・アートセンターが連携し、青森のアートの魅力を国内外に発信する青森アートミュージアム5館連携協議会「AOMORI GOKAN」が始動したことにも触れておこう。青森県立美術館、青森公立大学国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館(2021年11月頃にリニューアルオープン予定)、十和田市現代美術館というまったく方向性の異なる個性を持った五つの施設が「点」ではなく「面」となって活動することで、各館の認知度向上と青森県内の周遊促進を促していくプロジェクトである。協議会は2020年7月に設立され、10月31日にはアートフォーラムを行なう予定であったが感染症拡大のため延期となり、去る2月27日に県立美術館シアターを会場にオンライン配信というかたちでようやく開催となった。
「アート県/圏『青森』の挑戦!! 新世紀に生まれた美術館、“アートの力”を考える」と題されたこのキックオフイベントは、南條史生による基調講演「新しい時代のアートの未来」からスタート。続いて、杉本康雄(青森県立美術館館長)、八桁幸男(公立大学法人青森公立大学理事長)、鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)、三上雅通(弘前れんが倉庫美術館館長)、田名部政一(八戸市副市長)が各館の施設や活動を紹介し、最後に杉本、鷲田、南條に大川朝子(株式会社昭文社『ことりっぷ』担当)、木ノ下智恵子(大阪大学共創機構社学共創部門准教授)を加えた5名によるアートフォーラムが行なわれた(詳細はYouTubeチャンネル「AOMORI GOKAN」で視聴可能)。なお同日よりポータルサイト(https://aomorigokan.com)も開設されたので、情報検索の際にはぜひご活用いただきたい。
今回連携する5館はいずれも21世紀になってから開館した施設であり、青木淳(青森県立美術館)、安藤忠雄(国際芸術センター青森)、田根剛(弘前れんが倉庫美術館)、西澤徹夫・浅子佳英・森純平(八戸市美術館)、西沢立衛(十和田市現代美術館)という第一線で活躍する建築家によって新世代の美術館にふさわしいコンセプト、各地域の風土に根ざしたヴィジョンのもとにそれぞれ設計されている。かつて県立美術館の建設準備時代に、スタッフの合言葉となっていた「目指すは周回遅れのトップランナー!」が20年の時を経て図らずも県内全域に展開されることになったわけである。
いずれの館も建築を目当てに来館する方が多いため、連携プロジェクト第一弾のテーマは「建築」とし、各館で建築ツアーやワークショップ、トークイベントなどが開かれる予定である。さらに5館共同プログラムとしてWebコンテンツを制作。5館の建築アーカイブのみならず、弘前市に多く残る前川國男設計の建築群、菊竹清訓による「黒石ほるぷ 子ども館」、隈研吾による十和田市の「市民交流プラザ トワーレ」、粟津潔デザインによる「三沢市寺山修司記念館」など県内の注目すべき建築にも目を向けたコンテンツとして段階的に整備していく。
まだブレインストーミングの段階ではあるが、各館の担当者による打ち合わせでは5館連携の方向性や事業案をはじめ、他業種とのコラボ、人材育成、人的交流、備品共有(!)などこれからの活動に向けてさまざまなアイデアが出され、活発な議論が続いている。このまま活動が軌道に乗れば国内でも類を見ない画期的なアートプロジェクトへと成長していくのではなかろうか。もちろんその前提には「地域再生」や「経済発展」という時流に即した大きな目的があるのだが、個人的にはまず県内の「内需喚起」に力点をおいてほしい。もっと言えば子供。「青森の文化ってこんなにすごいんだよ」と青森県の子供たちにきちんと伝えることができれば、未来はおのずと切り開かれていくはずだから。
生誕110周年記念 阿部合成展 修羅をこえて~「愛」の画家
会期:2020年11月28日(土)〜2021年1月31日(日)
会場:青森県立美術館(青森市安田字近野185)
公式サイト:http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/132/
アート県/圏『青森』の挑戦!! 新世紀に生まれた美術館、“アートの力”を考える
配信日時:2021年2月27日(土)13:30~15:30
配信ページ:https://www.youtube.com/watch?v=HyYc6hJVddY(アーカイブあり)
「AOMORI GOKAN」公式サイト:https://aomorigokan.com/