キュレーターズノート

2023年3月(予定)のリニューアル・オープンに向けて

角奈緒子(広島市現代美術館)

2021年04月15日号

昨年の今頃は、目に見えないウイルスの脅威に突然さらされて、まったくなにもできなくなるという、異様な事態に陥っていた。残念なことに今年もさほど状況は変わらないが、いつまでも二の足を踏んでいるわけにもいかず、どうにかウイルスと共存しながら日常を取り戻すべく、手探りしながら前に進もうとしている。そんな最中、筆者の職場である広島市現代美術館は、改修工事のための長期休館に突入した。休館にかかる諸々不慣れな案件に追われ、なにやら気ぜわしく新年度を迎えることとなった。

クロージング・イベントの顛末とオンライン配信

遡ること約3ヵ月半。長期休館に入る直前の週末である2020年12月26日(土)と27日(日)、賑やかにクロージング・イベントを開催する予定だった。しかしながら、ちょうどその頃広島では、新型コロナウイルス感染者数が激増。美術館は12月半ばから臨時休館を余儀なくされ、当然ながらリアルのイベントも中止せざるをえなくなってしまった。とはいえ準備はいろいろ進めていたし、このままおずおずと引き下がってフェードアウトするのもおもしろくない。というわけで急遽、オンラインでのイベント配信が可能かどうかの模索検討を経て、かくして朝から夕方までの終日イベント「おうちでクロージング」配信の実現へとこぎつけた。こうした発想の切り替えと可能性の模索、最終的な判断から実施まで、一連の素早い動きの背景には、上層部による許可の判断が早かったことももちろんあるが、クロージング・イベントの大半をリードしていた広報担当の粘りと推進力、そして、おそらくいろいろ戸惑いを覚えながらも契約等の事務処理を適切に進めてくれた総務担当の存在がある。非常時にこそ、組織の団結力(の有無)は露呈するものだ。各担当部署が協力しあい、問題をなんとかクリアしながらひとつの目標に向かって爆走した当館の健全な体制とスタッフのガッツには、手前味噌ながら脱帽だった。くだんのイベント配信のダイジェストはアーカイブとしてウェブサイトにアップされているので、ぜひご覧いただきたい。


おうちでクロージング「西島大介 ライブ・ペインティング」|広島市現代美術館



休館することを積極的にPR

美術館が長期休館に入る話をすると、「休館中はなにしてるんですか?」「時間ができていいですね。」「ずっと休めるの?」といった質問をしばしば受けることに驚いた。そうできたらいいと心底思うけれど、現実はそう甘くはない。こうした素朴な疑問が思いの外多いことからも容易に想像できるが、休館中もけっして遊んで過ごしているわけではないことを示すような活動が求められる。そして実際、継続的になんらかの活動を通じて話題を提供し続けない限り、世間からはいとも簡単に忘れられてしまうものなのだろうという気もしている。いつもの展示室を失った美術館にできることなど一気に減るのかもしれないが、だからといって、その場しのぎ的に学芸員がどこかへ出向いてレクチャーするだけでは芸がなさすぎるし、それをやる自分たちのモチベーションもさほどアガらない。そしてやっぱり、見てもらう作品だってあるほうがいいに決まっている。というわけで、美術館が工事現場になるという事実だったり、工事のため建物が使えないという事情だったりをむしろチャンスと捉え、積極的に活用する方向に舵を切ることにした。手始めに、漫画家でイラストレーターとしても活躍する西島大介氏に依頼し、休館期間限定(予定)の新キャラクターを生み出していただいた。その名もずばり「無題」さんは、美術館の建つ比治山そのものを頭に乗せた(もしくは山そのものが頭か頭髪かもしれない)、かわいらしい出で立ちをしている。美術館建物の円盤状の屋根を乗り物に仕立て、その上に乗って、山を飛び出すという設定。無題さん爆誕にまつわる秘話は、クロージング・イベント時に西島さん本人にお話しいただいたので、YouTubeをご覧ください。


キャラクターをライブペインティング中の西島大介氏



商店街に掲出された、休館告知のためのバナー


街に繰り出す──アウトリーチ活動の展開

2年半ものあいだ「ホーム」を失うことになる私たちは、先述のとおり、これを前向きに捉えることにした。通常開催しているような形式での展覧会実施が叶うはずもないことはわかっている。どんなに小さかろうがなんらかの展示を実現するためには、場所の確保から始めなければならないこともわかっている。場所がないなら探せばいい。街へ繰り出すことにした私たちは、さっそく3月にNHK広島放送センタービルと広島市役所で、所蔵作品を紹介する展覧会を開催し、現美所蔵作品や現美が主催するプロジェクト等がどこかで見られるプログラム、「どこかで?ゲンビ」をスタートさせた。また、これは必ずしも完全にパブリックに開かれているわけではないものの、市内の小中学校に、当館が所蔵する彫刻や絵画作品を一定期間預かっていただき、学校単位で作品のことを学んでもらい、作品に対する親しみを育んでもらおうというプロジェクトも始動した。今後も、市内のさまざまな施設やスペースと協力し、アーティストによる作品展示やプロジェクト、トークやワークショップを開催していく。また、活動情報提供や小企画の展示、少人数による勉強会やレクチャー等を執り行なえるような、サテライト・センター設置の準備も進めている。出張所的な小さな展示(ときどきオフィス)スペースの確保は、過去に東京都現代美術館がやはり改修工事のための長期休館中に「MOTサテライト」として実現していたことから、おそらく多くの人の記憶に新しく、けっして珍しいことではないだろう。美術館という施設の展示室は、さまざまな安全が担保されていると同時に、じつはいろいろな制約も伴うため、実施が難しいプロジェクトやイベントも少なくない。通常時にはなかなか実施の機会をもてないような内容のイベント──たとえば、食から考えるアートなどもできたらいいなと夢見ている。

工事現場(付近)でもプロジェクト遂行&発信

とはいえ、私たちのホームグラウンドである比治山でも、改修工事作業に支障をきたさない範囲でささやかに、または工事現場と共存するカタチで、いくつかのプロジェクトを遂行する予定となっている。例えば、アーティスト・グループのヒスロムは、工事現場と化す美術館建物との共演を企んでいるようだ。現場の状況に即して即興的にリアクションを重ねていく、スリリングな彼らの野望の一端は、「休館演習:ヒスロムがいます(仮)」と題し、12月末のクロージング・イベントで披露された。その後も彼らは定期的に来広し、少しずつそのときどきのアクションを展開すると同時に、次のアクションの方向性について検討を重ねている。ゴールデンウィーク明けを目処に準備を進めているのは、横山裕一:「実施しろ」「何をだ」。これは、工事現場を囲うために必ず出現する仮囲いや足場といった巨大な空白を活用し、そこに漫画作品を掲出することで、一般の工事現場との差異化を図ろうという発想からスタートしたプロジェクトだ。美術館建物や比治山、ときどき広島名物等をテーマに描き下ろした、横山裕一の新作漫画を紹介していく。



ヒスロムによるアクションの様子



「実施しろ」「何をだ」告知看板


リニューアル・オープンを見据えて

上記のような学芸主導のプロジェクトのみならず、広報主導のコンテンツも充実している。ひとつは、Instagram #ゲンビの工事日記。この数ヵ月間、改修工事に備えるため、初めて経験するような業務、例えば、野外彫刻の取り外しと移設、原則として全収蔵作品の梱包作業、等々に追われている。そうした、工事にまつわるレアで一見美術館らしからぬ場面を紹介する内容だ。ほかには、広島現美で過去に開催した展覧会ポスターを市内各所に掲出する、「地域連携・ポスター編」。閉まっていてもゲンビを応援してくれる各種店舗の存在はとても心強い。さらに、休館中限定ニュースレター『Untitled』の創刊。印刷物として配布もしているが、ウェブサイトからPDF版をダウンロードもできるようになっている。発行の時期に合わせたコンテンツによって、休館中の活動をここでも紹介していく。



ニュースレター『Untitled』


こうした広報活動と、先に述べたアーティストとの協働による、各種プロジェクトを通じた対外的な活動とを行ないながら、並行してさらに、これまで同様、所蔵作品の保全、作品に関する情報の更新、作品やアーティストに関する調査研究、そして美術館開館以来三十余年にわたる過去の実績を整理しつつアーカイブを構築する等、オモテには出てきにくいかもしれないけれど、美術館活動において重要なウラの活動にも引き続き取り組んでいく。

ここに述べた活動はすべて、リニューアル・オープンに向けての助走であることを意識しながら行なっている。広島現美のリニューアル・オープンは2023年3月の予定だ。その頃もまだコロナウイルスは猛威を振るい続けているのだろうか。コロナ禍の影響が相変わらず影を落としている事態だって想像できなくはない。もしかしたら美術館業界も活動の縮小を余儀なくされ、健全な組織運営すら困難な美術館も出てきているかもしれない。今回の改修工事は、今後さらに数十年にわたって問題なく美術館活動を続けていくことを見据えたものなのだから、少なくともこれまで行なってきた、美術作品を収蔵し、作品の管理・保存に努め、文化的財産としての作品を活用した展示活動が継続できなければ意味がない。しかしながら、美術館という組織もこれまでとまったく同じあり方で本当によいのだろうか。パンデミックによって、さまざまな価値の転換が求められる時期と、建物改修工事の時期とが奇しくも重なったことで、じつにさまざまなことを考えさせられる。リニューアル・オープンまであと2年。多くの人にまた戻ってきてもらえることを強く願いながら、筆を置くことにする。

★──ヒスロム「現場サテライト」https://www.hiroshima-moca.jp/renovation2023/project/hyslom/

広島市現代美術館

住所:広島県広島市南区比治山公園1-1
休館期間:2020年12月28日〜2023年3月(予定)