キュレーターズノート
移動や輸送のない、2都市間のレジデンス/未来への鑑賞者に向けてアーカイブを残す
吉田有里(MAT, Nagoya)
2021年04月15日号
港まちではこれまで数多くのアーティストが滞在し、まちとの関わりをもって制作や発表を行なってきた。新型コロナウイルス感染症により人々の往来が困難となった状況下で、新たなプロジェクトとして、アーティストとのオンラインによる共同制作がスタートした。
オンラインレジデンス「名古屋 × ペナン同時開催展:名古屋文化発信局」
本企画は、自由貿易都市として発展してきた歴史を持つマレーシア・ペナン島のジョージタウンと、現在も活発な貿易を行なっている名古屋港エリアとをつなぎ、それぞれの拠点で活動するアーティストたちがオンライン上でリサーチ・交流を図り、2都市同時開催の展覧会として作品を発表するというもの。コロナ禍のさまざまな事情が重なり、急遽立ち上がった企画ではあったが、今後の滞在制作の継続を考えるうえで実践的なプロジェクトとなった。
愛知県をベースに東南アジアと日本のアートやカルチャーをつなぐプロジェクト「SEASUN」を主宰するコーディネーターの鈴木一絵がプロジェクトの中心となり、国際交流基金クアラルンプール日本文化センターの協力に加え、名古屋市が現在準備を進めている「アーツカウンシル」事業の「名古屋市文化芸術活動連携支援事業助成金」を受けることができた。
マレーシア側では、アートコレクティブ「Run Amok Gallery」(2012-17)の共同創設者としてキュレーションも手がける、アーティストのフー・ファンチョン(Hoo Fan Chon)が、名古屋側では、アーティストでMAT, Nagoya/アッセンブリッジ・ナゴヤのディレクション行なう青田真也が共同ディレクターとして、Zoomでのミーティングを重ねながら、プロジェクトを組み立てていった。参加アーティストは、ペナンからフー・ファンチョン、テトリアーナ・アフメッド・ファウジ(Tetriana Ahmed Fauzi)、フォレスト・ウォン(Forrest Wong)、名古屋からは、木下雄二、D.D.(今村 哲+染谷亜里可)、宮田明日鹿、山下拓也の計7組が参加した。
アーティスト・イン・レジデンスの交換プログラムであれば、それぞれの活動地からアーティストを派遣し、その滞在地の文化や環境、歴史などに関わりながら、地元の住人やアーティストと交流をするのが一般的であろう。アーティストにとっては、新たなアイデアや手法を自身の活動へと取り入れることができ、また受け入れ側の地域や施設にとっては、他所からの視点が入ることで、地域の新たな発見や土地にまつわる歴史の掘り起しにつながり、都市間交流や地域ネットワークが生まれる面白さがある。
今回は青田の発案により、あえてエクスチェンジではなく、双方のアーティストが「名古屋」をテーマにして、ペナンのアーティストを「オンラインレジデンス」の形態で受け入れつつ、名古屋のアーティストと共同で、都市についてのリサーチを行なうという枠組みが提案された。名古屋をリサーチすることで、ペナンという都市が対象として浮かび上がり、全員が共通のテーマを持つことで、広がりがうまれることを期待した。また、輸送を用いずに7組のアーティストの作品を2会場で同時に展示する枠組みにより、現地の空間や環境に合わせて、双方で作品を出力、再現するという試みを行なった。
2カ月という短い準備期間のなか、ZoomやSNSを活用しながらミーティングを重ねた。名古屋についての文化や歴史、現状を共有したり、各自のこれまでの活動、新作のプレゼンテーションや実現に向けての技術的なサポートなどについて全体で話し合う定例ミーティングに加えて、プロジェクトごとのミーティングは毎晩のように進行していった。オンラインランチ会では、それぞれが持ち寄った名物料理などを紹介しながら和やかな時間を共に過ごした。
参加アーティストによって、インスタレーション、彫刻、版画、映像、パフォーマンス、テキスタイルなど、得意とする手法が異なるが、プロジェクトが進行するなかでそれぞれの技術領域が重なる部分での協力関係や共同制作が生まれていった。マレーシアでは展覧会直前にロックダウンとなり、材料の調達やスタッフの移動など運営面で難航していたが、地域で活動するアーティストたちのサポートや工夫によって、インストールの様子が画面越しに届いた。
フー・ファンチョンは名古屋の文化的シンボル「シャチホコ」をテーマに取り上げ、そのアジアにおける文化背景にも言及しながら、ペナンの象徴となる「ムツゴロウ」と掛け合わせた《ムチホコ》を発表。ペナン会場ではペナンのシンボルタワーの頭頂に鎮座する合成写真とともに木彫りの彫刻を展示した。名古屋会場では《ムチホコ》は3Dプリンターで出力し、ゴールドに塗装された。
山下拓也は名古屋を象徴する偉人として、名古屋弁を巧みに操る夭折のラッパーTOKONA-Xと、名物アートコレクターの「刃物屋さん」をモチーフにした二つの新作を発表。彫刻と映像がシンクロするような作品は、名古屋会場で山下が1カ月ほどの時間をかけて制作していたのに対し、ペナンの会場では映像をデータで受け取り、山下の指示書に沿って現地の彫刻家が粘土とダンボールを使い、1日でインスタントに彫刻部分を再現した。そのようなアウトプットの歪さも楽しみながら、双子のような作品が完成した。
木下雄二とフォレスト・ウォンはコラボレーション作品を発表した。共通の言語を持たない二人が絵文字を使ったやりとりで、ときには誤った解釈をしながらコミュニケーションを図り、二つのまちの地図をドローイングとして描く。また、二人の絵文字会話をもとに名古屋港のガイドマップも作成した。暗号のような絵文字を辿ることで、フォレストが木下の身体を借りて、名古屋のまちを散歩する。そんな過程を追体験するような作品となった。会期中はペナン会場のフォレストの身振りに合わせて、木下が絵文字の通訳を行なうというオンラインパフォーマンスを開催した。
宮田明日鹿とテトリアーナ・アフメッド・ファウジは、共同でリサーチを行ない、異なる手法で作品を発表した。宮田は名古屋のお土産をテーマに名古屋港のペナントを家庭用編み機を用いて制作。お土産についてのリサーチ過程で、名古屋港とエネルギー産業が結びつき、マレーシアから輸入される天然ガスや汚泥固形燃料施設などが、ペナントのモチーフとなった。制作の一部を宮田が主宰する港まち手芸部がサポートした。
テトリアーナは、マレーシアに実在する「ナゴヤテキスタイル」という生地屋から着想を得て、マレーシアの伝統衣装と日本の風呂敷を、お土産として掛け合わせるテキスタイルデザインを発表した。
宮田の作品は、ペナンではシルクスクリーンの手法によって制作され、テトリアーナの作品は、名古屋ではデジタルプリントによってミニチュア化し、リカちゃん人形がその衣装を纏った。
D.D.(今村 哲+染谷亜里可)は、名古屋の都市景観をリサーチし、架空の会社「リフォームのB」へのオーダーとその回答となるイメージを映像で提示。名古屋会場ではリフォームの提案として、階段の昇降を規制する構造体が設置された。また、会場内に掲示されるポスターからリフォームプランをD.D.にオーダーできる仕組みを用いて、会期中その回答案を掲示する参加型のプロジェクトとなった。ペナン会場では、会場の一部に通り抜けできない間仕切りを設計し、現地のスタッフによって設置された。
会期中は双方の会場をオンラインでつなぎ、ギャラリーツアーとアーティストトークを実施。両会場の作品をどちらも実際に見ることが困難なこの状況で、アーティストのもつ技術の交換によって、ズレや誤解釈も好転するような新たな方法での展覧会を実施することができた。
移動や輸送をせずにアウトプットを実現できた背景には、距離や言葉を超えた表現者同士の理解や洞察力、機転の利いたアイデア、その土地での活動の蓄積による力が大きい。オンラインであったとしても、共に時間を過ごしたことで生まれる共同作業がレジデンスの醍醐味なのかもしれないと考えさせられた。
ヴァーチャルツアーとアーティストトークのドキュメント
https://www.facebook.com/446840312190382/videos/742824803261689
また今回の広報デザインは、マレーシア出身で名古屋でも活動歴のあるアーティスト/デザイナーのタン・ルイが担当した。名古屋文化発信局のロゴの作成やキービジュアルとして作成した集合写真は、アーティストたちがそれぞれ「文化発信大使」のイメージで撮影したポートレートを合成。デザインの側面から、この新たなプロジェクトに並走して、イメージをつくり上げた。
ペナンと名古屋をオンラインでつないだ今回の実験的な取り組みは、このパンデミックの状況を捉えたうえで、そこに立ち止まらずいかにアクションできるかというチャレンジだっただろう。オンラインと実空間、両方での展覧会を実施したことで、移動や輸送の規制のあるなかでも、今後の活動を継続するためのヒントや希望を得ることができたのは、大きな成果であった。 p>
アッセンブリッジ・ナゴヤ ドキュメントアーカイブ
アッセンブリッジ・ナゴヤは、名古屋市の5カ年計画の通り、フェスティバルとしての活動は、2020年度をもってひと区切りとなった。しかし、コロナウイルスの影響で、市の文化予算の削減やまちづくりの活動予算も減少傾向にあるため、予算規模はかなり縮小するものの、地域住民からの要望も受けて「滞在制作」や「港まちブロックパーティー」の実施と「NUCO」や「旧・名古屋税関港寮」などのスペースの維持や運用など継続を検討中である。
フェスティバルやアートプロジェクトなどの有期的な取り組みは、会期を終えるとその実態が消えてしまうことが圧倒的に多いが、アッセンブリッジ・ナゴヤでは、会期中の様子をドキュメントブックとして記録して、展覧会・イベントの写真やテキスト、レビューに加え、今年度はディレクターエッセイなどを収録している。
また、ウェブサイトのアーカイブページでは、各年のウェブページ、写真、フェスティバルの全体像を見せる映像記録と、アートの展覧会をフォーカスした映像、ライブ映像、ドキュメントブックのPDFなど、5年間の活動のなかで生まれた記録を網羅的に公開している。
アートフェスティバルやアートプロジェクトは、少人数の体制で企画、運営、実施するのに精一杯で記録まで作業が追いつかないというのが現場の実際のところだが、フェスティバルのスタート時からこの活動を記録し、残していくことで、フェスティバルの目撃者だけでなく、未来への鑑賞者に向けても、この活動を届けることができるのではないか。そんなことを期待して我々はアーカイブに重点を置いてきた。
美術館などの専門施設に紐付く活動と比較すると、まちなかでのアートプロジェクトやフェスティバルは社会の状況や主催者の意向、予算の増減などに大きく左右され、長期的な視点で活動することが困難である。そのような状況から少しでも継続する意義を見出すために、活動を写真や動画で記録し、複数のレビュアーの視点を取り入れて文章で残すということを、この5年かけて行なってきた。
今後は事務局も縮小されるため、アッセンブリッジ・ナゴヤのウェブサイトを国立国会図書館のウェブアーカイブとして定期的にスキャンし、記録を保管する事業に登録した。また、ドキュメントブックは、主要な図書館、美術館、大学機関、また全国の美術図書館のある美術館や芸術系大学などの施設に献本し、各所に蔵書登録のお願いをしている。
このフェスティバルに関わった、アーティスト、スタッフ、ボランティア、技術者などの多くの人々の功績がこの5年間に蓄積している。これらをできるだけ多くの場所に拡散して保管しておくことで、いつか誰かが資料としてアクセスしやすいように、フェスティバルを残していきたいと考えている。また今後の新たな展開に向けても、これらの記録が重要な役割を持ち続けていくだろう。
2017年から、港まちでの活動を紹介してきた「キュレーターズノート」も今回が最終回となる。
記録として残りにくい活動を定期的に紹介できるこの場は、とても貴重な機会であった。これまでの連載を読んでくださった皆さまと、毎回丁寧に校正・編集してくださったartscapeの編集部の皆さまにこの場を借りて感謝をお伝えしたい。
名古屋 × ペナン同時開催展:名古屋文化発信局
[名古屋本部]
会期:2021年2月16日(火)〜3月19日(金)
会場:Minatomachi POTLUCK BUILDING 3F : Exhibition Space(愛知県名古屋市港区名港1-19-23)
[ペナン支部]
会期:2021年2月20日(土)〜3月7日(日)
会場:29 Lebuh Melayu, 10100 George Town Penang
公式サイト:http://www.mat-nagoya.jp/exhibition/6572.html
アッセンブリッジ・ナゴヤ2020
会期:2020年10月24日(土)〜12月13日(日)
会場:名古屋港~築地口エリア一帯
公式サイト:http://assembridge.nagoya/