キュレーターズノート
国立アイヌ民族博物館が経験した2020年
立石信一(国立アイヌ民族博物館)
2021年04月15日号
対象美術館
昨年3月にartscapeの原稿を執筆していた際には、当初4月24日に予定していた国立アイヌ民族博物館を含むウポポイ(民族共生象徴空間)開業がどうなるだろうとの不安の渦中にあった。原稿を入稿し終えた直後に緊急事態宣言が発令され、同時にウポポイの開業延期も政府から発表された。あれ以来、めまぐるしく状況は変化しながら一年が経過した。しかし、いまだ予断を許さない状況にあり、今後も状況は変化していくであろうことが予測されるので、ここで一度、当館の開館に向けた動きとコロナ禍の対応をまとめておきたい。なお、ウポポイ全体としてはコロナ禍に対応するためのさまざまな動きがあり、それをすべて把握しているわけではないので、博物館に限って言及する。
開館に向けて
白老と札幌にあった国立アイヌ民族博物館設立準備室が、開館する国立アイヌ民族博物館の建物に移転し、そこで業務を開始したのが2019年11月1日からだった。開館まで残り5ヵ月間というタイミングでようやく博物館の建物の中に入れるようになり、そこから開館に向けて最後の準備が急ピッチで進められることとなった。
その当時はまだ資料を展示する前段階の展示工事は終わっておらず、館内には工事の音が鳴り響いているような状況であった。
年が明けてしばらくしてようやく展示ケースなどの設置が終わり、資料の展示作業が始まったのは3月に入ってからであった。まだこのときは4月に開館する前提で準備は進められていた。3月いっぱいで準備は完了し、あとは開館を待つだけとなった。
北海道で先行した緊急事態宣言
一方で、2月上旬に開催された「さっぽろ雪まつり」でクラスターが発生した疑いが生じたことなどから、北海道では2月28日に全国に先駆けて独自の緊急事態宣言が発出された。海外でのコロナ禍の広まりの報道には接していたものの、我が身に迫るような事態はこのときが初めてだった。
この当時の各機関からの通知を見返してみると、「可能な限りのマスクの着用」とされているなど、現在とは状況が大きく異なっていることも印象的である。また、道内の博物館美術館等の施設がこの前後から休館になるところが出てきた。緊急事態宣言は、外出の自粛という行動の規制がかけられ、それによって今まで経験したことのない未曾有の事態であることを改めて思い知らされた。
ここで一連のコロナ禍による動きを時系列的に並べてみる。
2020年
2月28日 鈴木直道北海道知事が北海道独自の緊急事態宣言発出
*北海道内の博物館、美術館等が休館になる
3月19日 緊急事態宣言終了
3月24日 政府が東京オリンピック・パラリンピックの開催延期を発表
4月1日 国立アイヌ民族博物館が正式に発足する
4月7日 政府が7都府県に緊急事態宣言を発令
同日 4月24日を予定していたウポポイの開業を、5月29日に延期すると発表
4月16日 政府が緊急事態宣言の対象地域を全国に拡大
5月8日 5月29日としていた開業を当面延期すると発表
5月25日 政府が、北海道を含む5都道県で継続していた緊急事態宣言を解除
6月2日 白老町民を対象とした内覧会を6月9日から実施すると発表
6月9日〜14日 白老町民を対象としたウポポイの内覧会を実施(関係者以外への公開は初めて。平日は300人、土日は1,000人に限定)
6月19日 政府が7月12日にウポポイを開業すると発表
7月11日 ウポポイ開業記念式典挙行
7月12日 ウポポイ開業
・ウポポイ及び国立アイヌ民族博物館への入館を、オンラインによる予約制を導入する
*5月14日制定、25日改定の「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」(日本博物館協会)等を踏まえ、博物館では以下のような措置を執った。
・シアターの1回の入場者数を収容人数の半分以下に限定する
・ライブラリは閉室
・音声ガイドは運用中止
10月3日 国立アイヌ民族博物館の時間あたり入場者数を引き上げる(9月18日改訂の「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン[改定]」を踏まえた措置)
・シアターは全席開放
開館年度を迎えて
4月に入ってから、新たにアソシエイトフェローとエデュケーター計11名が加わり、これで開館を迎えるスタッフは全員揃うこととなった。しかし1週間後には7都府県に緊急事態宣言が発令され、同時にウポポイの開業延期が発表されることとなった。開館が延期されたことによって、いまだ来館者を見たことのない博物館の展示室では、保存の観点から一部資料の撤収など、延期に伴う作業が行なわれた。その光景を見るにつけ、来館者を受け入れたことのない博物館は、どこか博物館であって博物館でないような雰囲気があった、というと感覚的な捉え方になってしまうが、しかし博物館は来館者があってはじめて息を吹き込まれるのだと、このとき改めて実感をしたこともまた事実である。
さらにその一週間後には、緊急事態宣言が北海道を含む全国に及んだため、当館でもリモートワークが始まった。5月には本当に開館できるのだろうかとの懸念とともに、4月に入ったばかりでほとんど顔を合わせたことがない職員ともオンラインで仕事を進めねばならず、戸惑いながらの日々であった。
コロナ禍における作家と博物館の関わり
そんななか、基本展示室でも作品を展示している木彫り作家でありプロダクトデザインも行なっている藤戸康平さんから、飛沫感染防止用のアクリルパーテーションを制作したとの連絡があった。パーテーションはアクリルと、アイヌ文様をあしらった鉄と木でできた脚部からなっていた。藤戸さんは精緻な木彫りの作品を作ってきたが、近年は金属を用いた作品を制作するなど、その作風は多様化している。
また、2017年のイタリアでの先住民族フェスティバルへの参加や、2018年には「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」へ参加しており、今年の8月からはアメリカの美術館で開催される展覧会にも作品の出品が予定されるなど、多方面に活動している作家である。
一方で、プロダクトとしてのマグカップや靴下などの日用品のデザインも行なっており、こうした商品は自身が経営する阿寒湖温泉のショップ「熊の家」をはじめ当館のミュージアムショップなどで販売している。
昨年の4月当時、飛沫感染防止のためのパーテーションが出回り始めていたものの、まだ一般的とはなっておらず、ビニールなどで応急措置としているところが多く見られた。博物館でもどのような対策ができるのか、暗中模索のさなかにあった。藤戸さんから初めて連絡を受けたのが4月中旬のことだったので、コロナ禍が広がりを見せるなか、かなり早い段階でのこのようなプロダクトの提案に驚いたことを覚えている。現在進行形で起こっている問題に対して、ひとつの解決策としての提案だった。
時宜にかなった提案だったこともあり、採用することがスムーズに決定し、博物館受付とライブラリのカウンターに設置することとなった。
文化を展示室の中で見せるだけではなく、またワークショップのように博物館で一から作り上げるだけでもなく、流動的な状況に合わせた作家からの提案を受け入れることによって、現実に即した文化のかたちを伝えていくことも、博物館の役割としてありうるのではないだろうか。博物館と作家の関係性のひとつのあり方として、今回の緊急事態のなかだからこそ見えてきたことであった。
パーテーションは現在も使用しているので、来館する機会があればそうした細部にも注目していただきたい。
2度目の延期と開業に向けた取り組み
5月8日には政府からウポポイ開業の「当面の延期」が発表された。これで2度目の延期となり先行きが見通せなくなる一方で、いまだ来館者を見たことのない館内にあって、来館者の受け入れとコロナ対策という、未経験の双方を同時に進めていかねばならなかった。
しかし5月25日に緊急事態宣言が解除されると、事態は急転していく。数日後には白老町民を対象とした内覧会を行なうと発表され、そこから慌ただしく準備が始められた。そして6月9日から内覧会が始まった。直前の案内となり、かつ平日であるにもかかわらず多くの町民に来館していただけたことで、改めてウポポイに対する関心の高さを感じることとなった。そして、初めて来館者を迎え入れたのが、人数を制限し、かつ白老町民であったことは、結果的にその後の正式な開館に向けたよい心構えとすることができたように思う。
6日間の内覧会を終えたところで7月12日に開業するという発表が政府からなされた。
博物館におけるコロナ禍対応
開業直後から、ウポポイは入場日を、博物館は入場日時をオンラインでの事前予約制とした。また、入場時のマスクの着用、消毒のお願い、サーモグラフィーによる検温を実施した。ウポポイへの入場者数の上限が博物館より多かったため、結果として博物館の予約はいっぱいになってしまうことが常態化し、ウポポイには入れたが博物館の予約は取れなかったという来館者が多数出てしまった。
上記に加え、博物館でのコロナ対策として、音声ガイドの貸出停止、ライブラリの閉室、シアターは収容人数の半分以下とし、さらに2本あるプログラムを本来は毎時交互に上映する予定であったが、両方を見ようとして混雑することを防ぐため、1日1プログラムのみ上映という措置をとった。
10月からは日本博物館協会の改定されたガイドラインなどに従い、ライブラリは入場制限をしながらも開室し、シアターは全席開放し、毎時各プログラムを交互に上映している。
展示室内の措置については、基本展示室(常設展)にある映像モニターは、その多くがタッチパネルによる選択式だったため、運用を停止した。ただし、そのなかのいくつかはループ再生にして、来館者が「さわらない」かたちで運用している。基本展示室内の展示は映像を多用していたこと、そしてタッチパネル式にしていたことがこの状況下では裏目となってしまったと言える。当然ながら映像と展示されている資料がセットになっているところも多くあり、映像を見ることができないために「説明が不足している」と捉えられてしまっている部分もある。
現在は、すべての映像をループ化できるよう検討中だが、すべて運用したとすると、音が混線してしまうなどの新たな問題を生む可能性もある。
映像が再生できていないことからも、当館の展示はいまだ完全なかたちで公開できていないと言えるだろう。コロナ禍の「触ってはいけない」という状況は特殊なケースと言えるだろうが、映像の展示を行なった場合に、なんらかの理由で再生できないことが起こりうることは念頭に置く必要があることを痛感させられた。
一方で、物理的なモノの展示でも「さわる」ことができるものは運用を中止せざるをえなかった。基本展示室では唯一さわることができる展示コーナーである探究展示テンパテンパ(アイヌ語で「さわってね」の意味)は、開館当初から運用を停止し、スタッフが代わりに体験ユニットを操作してみせるなどの措置をとっている。
また、開館記念特別展こそ開催したものの、当初計画していたその後の特別展、テーマ展はすべて延期等の措置がとられた。人の移動やそれに伴うモノの移動に制限がかけられるこのような事態のなかでは、展示資料の多くを借用に頼ることを前提としている展示は実施自体が困難になってしまったのである。
2020年の経験と、その後
2020年を開館年として誕生した国立アイヌ民族博物館は、国内でも「最新」の博物館と言えるだろう。そして時同じくして起こったコロナ禍によって、未曾有と言える事態に直面しているのはこれまで述べてきた通りである。こうした状況は、当館だからこそできたことや、できなかったことなどを浮き彫りにし、多くの経験をもたらしている。ウィズコロナやアフターコロナという言葉が使われて久しいが、この先がどのようになるにせよ、2020年に起こった出来事は長く記憶にとどめられていくであろうし、とどめておかなければならないだろう。そして、その記憶をもとに、今後の方向性が模索されていくことだろう。
国立アイヌ民族博物館
住所:北海道白老郡白老町若草町2丁目3 ウポポイ(民族共生象徴空間)内