キュレーターズノート
鳥取のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムについて
赤井あずみ(鳥取県立博物館)
2021年10月01日号
近年の鳥取アートシーンの特徴を挙げるとすれば、欠かすことができないのがアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)の活動である。2014年、2015年に開催された「鳥取藝住祭」という名称の芸術祭について耳にしたことのある方もいるかもしれない。筆者が関わるアート・プロジェクト「HOSPITALE」もまた、AIRをプログラムの柱のひとつとして展開してきた。今号ではそれらの現況について、背景や動向も踏まえつつ紹介したい。
鳥取藝住祭
緊急事態宣言の終わりと同時に9月が終わり、今年度の折り返し地点を迎えるこの時期、今年も鳥取県の各地でAIRプログラムが始まりつつある。AIRとひとくちにいっても、制作や発表の伴わない芸術家支援としての滞在プログラムから、芸術祭やフェスティバルのための滞在制作まで、その形態は一様ではない。ここ鳥取では、県の行政の文化を通じた地域振興政策の一環として2012年よりAIR事業の取り組みがなされているが、年間を通じてアーティストを受け入れる滞在・制作の拠点施設や体制が整備されているわけではなく、地域の活動団体が芸術家を招聘し、滞在制作型の創作活動を伴う事業に対する助成というかたちで推進・奨励されてきた
。「鳥取藝住祭」もこの流れのなかで実施されたアーティストの滞在制作プログラムによる芸術祭であり、西は境港から東は岩美町まで県内各地をフィールドに展開された。特徴的なのは、各事業を実施する地域団体が必ずしもアートのプロフェッショナル人材を擁していたわけではなく、まちづくりや広く文化活動に携わる住民によって運営がなされていた点であり、地域ごとに異なる事情や活動のグラデーションは、現在のAIRプログラムの多様さにも繋がっている。
鹿野芸術祭
鳥取市から20kmほど離れた小さな城下町・鹿野町は自治体の働きかけによるまちなみ整備もあって、まちづくりに対する意識の高い地区として、また同地区の廃校を利用した「鳥の劇場」の活動拠点として知られる町である。この地域で活動する「鹿野芸術祭」は、大阪から鳥取にUターンしたイラストレーターのひやまちさとと、千葉県出身でドイツのミュンスターで活動してきたペインターの藤田美希子が運営の中心を担う。もともとまちづくり協議会が藤田に芸術祭の開催を持ちかけたことに端を発するこのプロジェクトは、「鹿野のまちなみや自然を舞台にアートで新しい風景をつくる」ことをコンセプトに掲げつつ、地域の外からの来場者よりもまちの住人が文化芸術を楽しむことに、より力点が置かれている。また、ひやまと藤田という二人のクリエーターの国内外の人的ネットワーク、そして彼女たちがおおらかに生活する様子によって、鹿野という土地に興味を持ち、そこで制作し表現することに価値を見出す作家が自然発生的に集まっているという印象を受ける。
2020年からは、山本晶大、宮原翔太郎に藤田を加えた3名のアーティストがリサーチ、滞在制作、発表のプロセスを3カ年かけて行なうAIRプログラムを実施。昨年はコロナ禍もあって、実際に人が集まってフィールドワークや報告会を実施することはできなかったが、代わりに鳥取の夜景を描いた藤田のペインティングとインタビュー、山本が住民からヒアリングした土地にまつわる話がウェブサイトとニュースレターという形で共有された。今年度は「つくる」をテーマに7月より「しかの表現教室」として対面ワークショップが開催され、アーティストと交流しながらつくること、表現することを身近にする試みがなされている。来年2月には、まちなかの元洋裁店を改装したギャラリースペースもオープンし、拠点のひとつとして活用される予定で、今後の展開が楽しみだ。
イトナミダイセン
県内10余りの地域で実施されるAIR事業のなかでも、最も地域密着型と言えるのが「イトナミダイセン」の活動である。大山の麓、弥生時代の巨大集落・妻木晩田遺跡にほど近い人口140人余りの農村集落である長田地区を中心に展開するこのプロジェクトは、Uターンしたアニメーター/グラフィック・デザイナーの大下志穂と、地域おこし協力隊への参加をきっかけに同地区に移住した薮田佳奈を中心とする地元有志によって運営されている。大下が事務所を置く「妻木ハウス」と薮田の自宅別棟を改装した「てまひま」というふたつのスタジオ兼滞在施設が拠点だ。ワークショップやフィールドワーク、アートの視点を取り入れた子ども向けの学校プログラムなど、年間を通じて大小さまざまな事業を実施しながら、毎年秋にはペインティングや写真、映像、アニメーションから芸能、音楽、陶芸、手芸、料理、大工仕事、農作業まで、人間の創造的な「営み」として捉え直す芸術祭をメインのプログラムとする。国内外のアーティストの作品展示や公演だけではなく、チャンキー松本による「大山ワワワ音頭」や舞踏家・振付家の目黒大路による地元住民によるミュージカルや創作ダンスなど、地域を巻き込んだ「祭」として定着しつつある。アーティストも住民も来場者も、そこに集う者が共に祝う様子はかつての収穫祭を彷彿とさせる。今年の芸術祭は長田地区と妻木晩田遺跡公園を会場に10月30日〜11月14日の会期で開催される予定。
AIR475
一方、都市部でのプロジェクトとしては、鳥取県西部に位置する米子市の中心市街地をベースとする「AIR475(エア・ヨナゴ)」の活動がある。これは、建築的な視点からまちづくりに取り組んできたプロフェッショナルな建築士集団米子建築塾が主体となって運営されるレジデンス・プロジェクトである。美術大学を卒業後、菊竹清訓建築設計事務所を経て地元で独立事務所を構える来間直樹と、米子高専建築学科で教鞭を執る高増佳子を中心とする有志10人余りが、かつての賑わいをほとんど失いつつある商店街の端に位置する元時計眼鏡店をリノベーションした「野波屋」をテンポラリーな拠点として活動している。1名から2名のアーティストをゲスト・キュレーターの手を借りて招聘するシステムをとりつつも、滞在制作から展覧会の開催まで大掛かりなプロジェクトをサポートし実現へと漕ぎ着ける圧倒的な現場力は、市民によって担われている。
今年度より2カ年かけて実施するAIRプログラムに筆者もキュレーター・コーディネーターとして微力ながら関わっているが、ちょうど8月から9月にかけて、岡田裕子と三田村光土里がリサーチのために3週間滞在していた。9月12日には、野波屋と日本財団のまちなか拠点を会場に、三田村による滞在制作プロジェクト「ART & BREAKFAST」、岡田によるオープンスタジオと活動報告が開催され、滞在の様子を伺い知ることができた。岡田は解体予定の旅館から持ち出した箪笥や鏡といった日用品をフロッタージュし、かつてそれを使っていた人々の生活や記憶にアプローチすることを試みた一方、滞在中に出会ったある夫婦の未来の住宅を実寸大で描くライブ・ドローイングの撮影を行ない、来年度の展覧会へと道筋をつけたようである。一方、街の通りを逍遥しながら都市の地方の不均衡な関係性や、全国で均質化していく街並みについて考えるに至った三田村は、野波屋に残る時計の部品に着想を得て、音と映像によるインスタレーションとパフォーマンスのプランを構想中とのこと。二人が集めたまちの記憶の断片が、どのようなかたちをとって現われて来るのか、来年の夏が待ち遠しい。
HOSPITALE
他方、筆者が2012年3月の立ち上げ時より関わってきたアート・プロジェクト「HOSPITALE」は、県東部の鳥取市の中心市街地で活動している。長年空き家となっていた古い個人病院をアート施設として活用するこのプロジェクトは、鳥取大学地域学部を主体とする実行委員会によって運営されている。なによりも特徴的なのは、一風変わった建築であるだろう。故・横田浩医院長によってデザインされたという円筒形のユニークな建物は鉄筋コンクリート造り3階建て構造をとり、同心円状に廊下、病室が配されている。
企画にあたっては、この建物の独自性:造形的特性と歴史的特性に加えて、東日本大震災と福島原発の事故の直後ということもあって、震災後の社会に対する提言としてのプロジェクトとして考えざるを得なかった状況があった。結果、病院(hospital)やホテル(hotel)、もてなし(hospitality)の語源であり、後期ラテン語で「来客を迎える大きな館」を意味する「HOSPITALE」をコンセプトの土台に置き、この場所でしか実現しえない作品を紹介すること、そしてアートにあまり馴染みのない学生や住民がアーティストとface to faceの関係性を築くことを入口として、アートへの興味を広げるきっかけとなるのではないかという予測と期待から、自ずとAIRという形態が選択された。
あえて芸術祭というかたちを取らず、継続性を重視したアートセンター的な活動をとってきたのは、恒常的な美術展示施設を持たない鳥取市の文化的状況を背景にしている。加えて、公立美術館のようなエスタブリッシュされた制度に基づく施設とはまた別の、実験的な表現に開かれた場としてのアートスペースが日本には数えるほどしかなく、鳥取の自然や歴史文化などの社会的資源を活かすことで、そうした場が実現できるかもしれないという予感があった。実際AIRプログラムにあたっては、人的ネットワークのおかげで元旅館施設であることめやを滞在施設として借受けることができ、また学生をはじめとする有志の市民メンバーたちが運営に携わっている。
これまでの活動期間9年間を通じて、建物や地域コミュニティのリサーチをベースとした滞在制作に興味を持つ20代後半から40代の若手・中堅アーティストを中心に約30組が参加。悪魔のしるしの「搬入プロジェクト」や野村誠とやぶくみこによる共同作曲ワークショップのように市民参加型のものから、滞在を通じて制作した新作による純粋な個展形式での発表まで、プログラムの幅は広い。また、アーティストユニット・生意気によるコミュニティ・ガーデンづくりやAHA![人類の営みのためのアーカイヴ]との協働による8mmフィルムの保存と活用プロジェクトなど、アーティストと継続的に取り組むコミュニティ・プログラムにも力を入れている。ここで制作・発表された作品やプロジェクトをプロトタイプに、ブラッシュアップされたものが東京や愛知といった都市部の美術館や芸術祭に出品されるという事例もいくつか出てきており、地域と作家の双方にとってよい機会となるプロジェクトの実現を目指している。
「School-in-Progress」
もうひとつAIRプログラムから派生したプロジェクトとして、オルタナティヴなアートスクール「School-in-Progress」を紹介したい。これは、アーティストの制作プロセスにおける「リサーチ」に着目し、未知なるものへアプローチする方法や、得られた知識や技術をつなぎ、新しい価値を立ち上げる態度と技法を広く共有することで、日々の実践に生かしていくことを目指した教育プログラムで、アーティスト志望者だけではなく、広く一般を対象にこれまで4回の集中合宿を実施してきた。HOSPITALEのAIRに参加したmamoruと山本高之が、それぞれ別に発案していたものを引き合わせることにより新プロジェクトとして立ち上がったという経緯が、そもそもAIR特有の滞在期間があってこそ発現した事象であるだろう。滞在制作の現場で生起し続けるスリリングかつエキサイティングな出来事や対話を開き、公共財として共有するこの試みは、もうひとつのAIRの可能性を示している。 なお、本スクールのスピンオフ企画「知るのつくりかた」は第6回目を今月9日に開催する。
以上のように、「鳥取藝住祭」という大きな枠組みがなくなったいまでも、各地の活動団体がそれぞれの地域と有機的につながりながらAIRプログラムを継続しており、さらに団体間では招聘アーティストを互いに紹介しあったり、受け入れあったりとゆるやかなネットワークが構築されつつある。鳥取藝住実行委員会によるカルチャー・ウェブマガジン「+〇++〇(トット)」も、そうしたネットワークを礎にAIRプログラムをはじめ、鳥取の文化活動を伝えるメディアとして立ち上げられた。その運営資金もクラウドファンディングで支え、取材や編集も市民ライターたちの手によっており、地域住民自らが批評性を獲得することがここで実現しつつあるように思う。
最後に、今回紹介した4つのプロジェクトの共通点として、Uターンを含む移住者の存在を指摘しておく(筆者を含む)。地域にとってのよそ者がその地で生活していくなかで作られるネットワークのうえに、さらなるよそ者=アーティストが着地し、地域の土壌を耕していくという循環的なプロセスに、関わる人々それぞれが未来の社会を切り開くうえで、切実で不可欠な何かがあるような気がしてならない。