2021年12月01日号
次回12月15日更新予定

キュレーターズノート

コロナ禍でも「さわる」展示を──「ケレ ヤン、ヌカㇻ ヤン、ヌ ヤン さわる、みる、きく、国立アイヌ民族博物館」を開催して

立石信一(国立アイヌ民族博物館)

2021年10月01日号

「ケレ ヤン、ヌカ ヤン、ヌ ヤン さわる、みる、きく、国立アイヌ民族博物館」展は、2021年8月21日から9月12日までの会期を予定にスタートした。コロナ禍の現在にあって、あえて「さわる」ことをテーマとした展示を行なうことに少なからぬ懸念はあったものの、無事に開催できたことは喜ばしいことであった。ところが、オープンした直後に北海道にも緊急事態宣言が発出されることとなり、それに伴って8月31日から国立アイヌ民族博物館を含むウポポイ(民族共生象徴空間)の休館及び休業が決定した。当初は緊急事態宣言の期間が9月12日までとされていたが、その後、9月30日までの再延長となり、原稿を執筆している現在でも休館中となっている。上記の展示はオープンして一週間で休館となってしまったため、ウポポイ再開時には会期を延長する方向で調整中である。この機会に、本稿では同展のねらいや内容について説明しておきたい。

コロナ禍における「さわる」展示のあり方


会場風景


「ケレ ヤン、ヌカ ヤン、ヌ ヤン」は、アイヌ語で「さわってください、みてください、きいてください」という意味である。

この展示が計画されたのは、まだ開館前の2018年頃であった。その当時の企画の趣旨は、博物館の展示物がほとんどさわることができないようになっているため、さわれる機会をつくることであり、それはある意味ではシンプルな目的によるものであった。しかし、コロナ禍という状況が加わったことによって、「非接触」「不要不急の外出は自粛」という社会情勢のなか、この企画の持つ意味合いと位置づけ、そして捉えられ方が変わったように思われる。

昨年来、「ソーシャルディスタンス」という言葉と行動様式が推奨され、人との間隔を、できるだけ2メートル確保することが「新しい生活様式」とされている。この文脈において、距離を取ることとは、相反するような「さわる」ことを目的とした展示は、開催の是非が問われたとしても不思議ではないからである。また、本来であれば昨年に実施するはずだったが、コロナ禍によって延期となり、本年度に実施することになったという経緯もあった。

しかし、今年の実施の有無を検討する館内の議論においては、心配や不安の声はもちろんなかったわけではないものの、開催の是非自体を問うような意見はなかったように記憶している。むしろ検討したのは、開催を前提として、感染対策をどの程度、どのようにやるべきかということであった。これは昨年度とは異なる状況であり、コロナ禍のなかでも一律に中止、延期とするのではなく、可能な範囲でやれることを模索するという社会状況の変化ともリンクしているようにも思われた。

展示を「さわること」から発見する


コロナ禍によって意味合いが変質した部分もあるが、資料にさわることを目的とした展示なので、視覚情報中心の展示を十分に体験することが難しい視覚障害者に来てほしいという狙いがあった。

しかし本来、資料にさわってみること自体が多くの人にとって楽しい行為であり、またさわってみなければわからない発見もあるはずである。イタ(アイヌ語で「盆」の意味)に施された木彫りの精巧さなどは、見ることとさわることでは、わかること、感じることが異なるだろう。また、それぞれの資料に使われている木のさわり心地、たとえば、木の硬さ、やわらかさ、つるつるしている、ごつごつしているなどの感触はさわってみなければわからないが、そうした質感を感じられると、なぜこの木を使っているのか理由がわかる場合もあるのである。

したがって、本展では博物館の展示の多くが視覚頼りになっている状況を問い直し、「みる」こと以外の「さわる」「きく」などといった感覚を使ってアイヌ文化、あるいは博物館を体験することによって新たな発見につながることを目指したのである。



展示風景


文化は見るだけではわからないこともある。モノであればさわってみた感触であり、そのほかにもにおいや音などは文化理解にとって大変重要なものであることは言うまでもない。

当館の基本展示室の6テーマ展示は資料にさわれるような仕掛けになっているところは現在のところない。体験ユニットなどがある探究展示テンパテンパ(アイヌ語で「さわってね」の意味)というコーナーにはさわってみることができる資料があるものの、コロナ禍における感染防止対策として、いまだ運用は停止されている。そのような状況だからこそ、結果的にではあるが、さわることをテーマとした展示を、いま、行なう必要があったと言える。

展示物にあらゆる角度から「さわる」

こうした目的をもった展示ではあるが、直接、資料にさわること以外に、「さわる」の拡大解釈も心掛けた。資料にさわるのはもちろんであるが、普段の展示では実現が難しいようなことも行なうことによって、展示物にさまざまな角度から「さわる」ことも意図したのである。

ひとつの具体例として、ヤ ニマ(アイヌ語で「樹皮の器」の意味)の展示があげられる。これはこの展示のためにウポポイの職員・ムカ(山道陽輪)★1が製作したものである。ムカは普段はウポポイ内の「工房」という施設で木彫りの実演などの仕事を行なっている一方で、アイヌ文化の伝承者であり、さまざまな物作りを手がけているとともに、現代には伝わっていない物作りの技術等の復元・複製などにも取り組んでいる。

製作にあたっては、材料を採取するところから始めた。ウポポイの運営団体であるアイヌ民族文化財団は、アイヌ文化の伝承や活動に必要な植物素材を町有林から採取できるように、地元自治体の白老町と協定を結んでいる。そのため、必要な材料を身近な森で取ることができるのである。そして、製作は、ウポポイにあるチセ(アイヌ語で「家」の意味)の中で行なった。

映像・音響作家の春日聡氏に、材料の採取から製作に至るまでの撮影と録音を依頼し、その記録を作品化していただいた。民具製作のプロセスを記録した映像などはあるが、そのときに出る音に注目した記録はあまり例がなく、今回は「音」の記録・展示も重要な要素としたため、春日氏に依頼したのである。



町有林で樹皮を採取している様子


立ち木から樹皮を剥ぐバリバリという音や、背景音として入り込む森や風の音、鳥の鳴き声などは、それを聞いているだけであたかもその場に居合わせているような感覚になる。また、チセでの作業は、つねに囲炉裏の火の音のなか、樹皮を針で縫い合わせていくときに、鉄と樹皮が擦れる微かな音が聞こえる。

音にこだわったのは、モノができあがるプロセスを伝えることもさることながら、音を通して、どのような環境のなかでモノができあがるのかを伝えたかったためである。言い換えると、現在のアイヌ文化が育まれている環境に音を通してふれてほしかったのである。

なお、春日氏の映像と音の作品は、「ウポポイに音でさわる」と題して、ヤ ニマの制作風景はもちろん、ウポポイ内のアイヌ文化やウポポイを表わす印象的な映像や音によって構成されている。



チセの中での製作風景


アイヌ語の「ごあいさつ」を音で聞き、ふれられること

本展示では、ほぼすべての解説とキャプションを墨字と点字で用意したが、視覚障害者が解説を音声で聞くこともできるように各展示台に音声解説も設置した。これは基本的には上記のような意味合いをもつものであったが、本展ではもうひとつの目的も見出だすことができる。

入口に「ごあいさつ」パネルを設置し、そこではアイヌ語、日本語、英語、中国語、韓国語で表記し、音声解説はアイヌ語と日本語で聞くことができるようになっている。そして、両言語の音声は館長である佐々木史郎が吹き込んだ。展示室において「資料」のアイヌ語を聞くことはできるようになっているが、このような博物館機能として、また「ごあいさつ」をアイヌ語の音声で聞けるようにする試みは別の意味を持つのではないだろうか。

言葉を文字に起こし、読みものとする場合と、人の発する声で聞く場合では、受け取り手に対して、言葉に対する印象、あるいは自身がどのような文化空間にいるのかといった受け止め方に大きな違いが出てくるだろう。さらに、館長自らがアイヌ語によって来館者を出迎えることは、館の姿勢や使命を示すことにもつながる。

「ごあいさつ」以外の音声解説も、博物館の職員の声で録音した。ここでも博物館の職員が自らの声でアイヌ文化の解説を届けることには大きな意味がある。



「ごあいさつ」パネル


博物館だからできること、ウポポイだからできること

ポロト湖に隣接するウポポイは、国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園などから成り立っている。ウポポイを訪れた人の多くは、博物館とともに公園内に点在する各施設をまわり、そのなかでアイヌ文化とともにポロト湖の景観などを楽しんでいることだろう。こうした施設群と景観が一体となってウポポイを形成しており、それぞれが特徴ある人材と機能を備えている。

こうした施設にあって、前述したような物作りとその背景も伝えることは、ウポポイだからこそできることであり、これはそのままウポポイの特徴と言える。物作りに必要な資源を調達できる森があり、そこで得た材料を使って物作りをする職員がいる。そして、そうした行為自体がアイヌ文化の伝承活動の一環であるために、記録としても残す。さらに、できあがったモノと、製作工程を収めた記録を展示することによって、来館者がさまざまな角度から展示物に「ふれる」ことができるようにすることである。それがウポポイならではの体験を生み出すのだ。

また、公園はもともとフィールドミュージアムと位置付けられており、そこではさわることはもちろん、食や舞踊、そして手仕事の公開など、多くのことが直にふれられるようになっている。今回の展示に合わせて、「ユニバーサルミュージアム&パーク」と題したワークショップも計画した。残念ながら休館によって計画したすべてのワークショップを実施することは今のところ叶っていないが、こうした博物館と公園の共同による取り組みは、訪れるものに対しても多様な視点の提示につながるのではないだろうか。

「さわる」ことを通して考えるミュージアム、ウポポイ、そして共生のあり方

そもそも「博物館・美術館は、視覚優位の近代社会を象徴する『見せる/見る』文化施設」★2と言われるほど、来館者が「見る」という行為を通して博物館、あるいはそこに展示されている文化を理解することが前提とされている。そして合理的、効率的な視覚に偏重した制度や装置は、近代的な合理主義を体現したものでもあると言えるだろう。

そうした近代的な制度、あるいは博物館のあり方自体を見直すことこそが、この展示の主題であった。ウポポイは「共生」を掲げ、近代的な合理主義では包含しえなかった多様なあり方を模索するための象徴空間であるという意味において、ユニバーサル・ミュージアム(誰もが楽しめる博物館)の理念と通じる。すなわち、ウポポイでの取り組みそのものがユニバーサル・ミュージアムへの取り組みと軸を一にしている部分もあるのだ。

したがって、コロナ禍であえて「さわる」ことを主題とした展示を行なうことからも、「共生」とはどういうことなのかを考えるきっかけになればと願っている。


さて、最後に、大阪の国立民族学博物館で「ユニバーサル・ミュージアム ── さわる!“触”の大博覧会」と題した特別展が現在開催されている。実行委員長でもある同館の広瀬浩二郎准教授が10年ほどにわたって取り組んできたユニバーサル・ミュージアムの特別展である。

当館の展示でも、オープニングに合わせて、広瀬准教授に講演をお願いした。この展示の実現にあたっても広瀬准教授から得たアドバイスは多く、またユニバーサル・ミュージアムの理念に大きな示唆を得ていたのである。ぜひ多くの方に体験していただきたいと思う。


★1──ムカとはポンレ(アイヌ語のニックネーム)で、ウポポイの職員がもっている。筆者もアというポンレがある。
★2──広瀬浩二郎『ひとが優しい博物館 ユニバーサル・ミュージアムの新展開』(青弓社、2016、13頁)。国立民族学博物館の吉田憲司館長も「ユニバーサル・ミュージアム」展の図録「ごあいさつ」で、「ミュージアムという装置は、その成立時から、人間のさまざまな感覚の中でも視覚だけを特権化するかたちで営まれてきました」(国立民族学博物館編集、広瀬浩二郎編者『ユニバーサル・ミュージアム ── さわる!“触”の大博覧会』(小さ子社、2021、4頁)とミュージアムと視覚の関係性を語っている。

第1回交流室展示「ケレ ヤン、ヌカㇻ ヤン、ヌ ヤン さわる、みる、きく、国立アイヌ民族博物館」

会期:2021年8月21日(土)~10月3日(日)*会期延長
会場:国立アイヌ民族博物館
(北海道白老郡白老町若草町2-3 ウポポイ[民族共生象徴空間]内)

ユニバーサル・ミュージアム ── さわる!“触”の大博覧会

会期:2021年9月2日(木)〜11月30日(火)
会場:国立民族学博物館 特別展示館
(大阪府吹田市千里万博公園10-1)

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