2022年09月15日号
次回10月3日更新予定

キュレーターズノート

「Our Attitudes」を通して見る、熊本市現代美術館の20年/この先の企画者のために経緯を残しておくこと

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2022年09月15日号

熊本市現代美術館は、2022年10月12日に開館20周年を迎える。それを記念してギャラリーⅢでは1980年代生まれの熊本出身の4人の作家を取り上げ、この20年のうちに熊本から芽吹いた新たな表現を紹介する「Our Attitudes」展が開催中だ。

この美術館とともに育ってきたアーティストたち

「Our Attitudes」というタイトルは、2002年の開館時と2007年に行なわれた国際美術展「ATTITUDE」に呼応するものである。オープン時に学芸課長であった南嶌宏(2004年に館長就任)が企画した「ATTITUDE」展は、国内外の現代アーティストから、支援学校やハンセン病療養所で制作された美術作品やお笑い芸人の作品まで、合計で約60の個人およびグループを紹介したものであった。大学院を出て、そのまま当館の準備室で働き始めた筆者は、当時20代前半。右も左もわからないなかで、学芸員1年生として突っ走っていた。今回の80年代生まれの出品作家は、開館当時は10代。学生時代に観る側として足を運んだ者や、作家として活動を始めてそれぞれの距離感で美術館と出会ってきたという人もいる。


「Our Attitudes」展チラシ


「横尾さんにとって美とは何ですか?」。2001年の開館プレイベント「横尾忠則講演会─私への1000の質問に答えます」の1番目の質問は、当時17才だった「Our Attitudes」展出品作家の坂本夏子だったことが、本人のインタビュー映像のなかで語られていた。当時、熊本県立第二高校の美術科に通っていた坂本は、自分の未熟さを実感しながらも、美大受験に求められる技術と絵を描くことの本質の二重性に疑問を感じ、窮屈な思いをしていたそうだ。しかし、講演会での横尾と司会の南嶌の語りには、これは本当の話をしているぞという気づきがあり、美術の表現のなかにはもっと長い物差しがあり、知らない地図がある、そして、簡単にわからないからこそ一生をかけてやる面白さがあるということを実感したという。また、坂本は、もうひとつ記憶に残る展示として、2003年に開催した「九州力─世界美術としての九州」に出品された高嶺格の《God Bless America》を挙げた。同作品は黒田清輝の油絵や、菊畑茂久馬の《奴隷系図》などが並ぶ先に出現した赤い部屋で、1組の男女が巨大な粘土に「God Bless America」を歌わせようと格闘し続けるコマ撮りのビデオ作品が流されるというインスタレーションだったが、時代も文化背景も違うものが混在する展示会場に坂本は強いインパクトを受け、その後、本格的に美術の道へと進んでいったという。



「熊本市現代美術館開館20周年記念 Our Attitudes」展 出品作家インタビュー 坂本夏子



本展には、坂本以外に、変身や自己変容をテーマに、自分自身が植物や生きものになり替わり、自然や街の中に介入する方法でビデオパフォーマンスやドローイングインスタレーションを手掛けるボン在住の園田昂史、天草出身で隠れキリシタンをテーマに信仰や文化の移動と変化について、さまざまなメディアで探求するベルリン在住の武田竜真、主に油彩を用いて身の回りのさまざまな物、人、風景などを明快な色彩と構図で描く熊本在住の松永健志が参加している。そのなかで松永は、自らの画風を模索していた2014年頃、美術館の美術図書室であるホームギャラリーに通いつめていた。1日8時間以上をかけて、配架している画集をほぼすべて閲覧し、その膨大な数のなかから松永が「発見」したのが、Bill JacklinやWayne Thiebaud、そしてブルームズベリー派の絵画だったという。作家の言葉や生き方、作品や画集が有形無形のうちに次の世代の作家たちの血となり肉となっていることを知れるのは、美術館で働いてきてよかったと思える瞬間のひとつである。


武田竜真《The Eye of a Needle》(2021)



個性豊かな歴代館長たちと、紆余曲折の日々

もし、熊本市現代美術館に何らかの「らしさ」があるとすれば、それぞれ異なるバックグラウンドを持つ歴代の個性豊かな4人の館長たちがそれを形づくってきたと言えるかもしれない。

初代の田中幸人館長(在任:2002-03)は元毎日新聞の美術記者。福岡出身でお酒が大好き、人懐っこい性格で、フットワーク軽く作家を訪ね、いつもいろいろな展示を観て回り、地元の作家に「幸人(こうじん)さん」と慕われていた。展示や制作の場に積極的に足を運び、文章を書き、作家たちと関係性を築いていくことの大切さを教えてくれた。

2代目の南嶌宏館長(在任:2004-08)は、自らがキュレーターであることに強い誇りを持ち、学芸員にもその自覚を持つことを常日頃言い続けていた。時にその激しさが軋轢を生むことになったが、東欧の現代美術や、ハンセン病、生人形、アール・ブリュットなど、現在の美術館活動の柱をつくったのは間違いなく南嶌館長時代である。しかし振り返ってみると実は10年未満の在任期間であり、その短期間に残した印象は強烈で、いまもそのインパクトを懐かしむ声が多いのもその存在感の証であろう。

そして3代目は桜井武館長(在任:2008-19)。元ブリティッシュ・カウンシルのアーツ担当官という経験を活かし、美術にとどまらず音楽や演劇やアニメ、ファッションなど美術館の幅を一気に広げた。在任期間がもっとも長く、その間に指定管理者制度の導入や作品事故、熊本地震などさまざまなハードルがあったが、それらに粘り強く対処していった。本来であれば歴代の3館長も含めて20周年を共に祝いたかったが、いずれも故人となられているのは残念だ。

そして4代目の日比野克彦館長(在任:2021-)は初のアーティスト出身である。東京藝術大学、岐阜県美術館との兼務で非常勤ながら積極的にリーダーシップを発揮し、当初は予算的に無理と思われていたリノベーション費用をクラウドファンディングで達成し、アートラボマーケットという新スペースを20周年に向けて整備するなど、美術館に新たな息吹をもたらしている。

この20年の間、実にさまざまな紆余曲折の日々があった。とりわけその大きな分水嶺は2006年の指定管理者制度の導入であり、美術館が限られた美術愛好家のための施設ではなく、より多くの市民とつながり、関係性の構築をしていく方針へと舵を切ったことはそのもっとも大きな変化だったように思う。その一方で「Our Attitudes」展の企画者である宮本華子がステイトメントに記しているように「開館当時の美術館へ抱いていた関心とときめきを失っている」という指摘に対して、真摯に向き合わなければいけないことを痛感している。来場者数増への取り組み、他方でコスト削減や、労働環境や組織の改善、地域社会への貢献、感染症への対策など、20年前には考えられなかったさまざまな問題との両立の渦中に、現在の美術館はある。それでも、ここでしか見ることのできない刺激や「らしさ」を持った展覧会をつくり、作家や市民と美術との出会いを生み出す美術館として活動を続けていきたいと改めて感じている。



★──ちなみに横尾はこの質問に「うわー、難しい。えー。そうねえ…わかります?(中略)やっぱり、こう生きていくための、ひとつのエネルギーのような気がしますね。」と答えている(熊本市現代美術館アニュアル・レポート『AG』創刊号[熊本市現代美術館、2002]所収)。



G3-Vol.146 熊本市現代美術館開館20周年記念
Our Attitudes

会期:2022年8月28日(日)~10月30日(日)
会場:熊本市現代美術館(熊本県熊本市中央区上通町2-3)
公式サイト:https://www.camk.jp/exhibition/#now




この先の企画者のために経緯を残しておく──
「『段々降りてゆく』展における外山恒一展示検討の記録」

9月10日から熊本県津奈木町にあるつなぎ美術館で「光と陰のアンソロジー この世界にただ独り立つ」が開催される。同展では現代美術家の平川恒太、映像作家の山本草介とともに、福岡を拠点に活動する革命家の外山恒一のこれまでの活動資料が展示される。本連載では紹介するタイミングを逸していたが、外山の同資料は熊本市現代美術館の佐々木玄太郎が2021年4月に企画した「段々降りてゆく─九州の地に根を張る7組の表現者」展に当初出品を予定していたものである。

外山は2007年の東京都知事選へ立候補した際の政見放送で一躍その名を知られることとなったが、皮肉やユーモアを込めた演劇的手法を用いて、選挙をはじめとする社会問題を世に問うてきた姿勢を評価し、上記の展示を計画していた。しかし、公立美術館が政治性を持つ表現を取り上げることの是非やリスクマネジメントについて、約半年をかけて議論や調整を行なってきたが、残念ながら21年2月に出品を見送るという決断を最終的に行なったのだった。

筆者も展覧会のサブとして議論に加わってきたが、市民に対する説明責任を果たすと同時に、次にこのような展示を行ないたといと考える美術館や企画者への参考としてもらうため、展示企画の意図、検討の経緯、法的問題やリスクマネジメントについて専門家や当事者にヒアリングを行なった問題の整理を行ない、行政の担当課や館内の慎重な立場の者、外山本人や外部専門家を含めたかたちで1年をかけてさらに議論を深め、「『段々降りてゆく』展における外山恒一展示検討の記録」として、まとめ公開している。つなぎ美術館での展示は佐々木が監修協力を行ない、熊本市現代美術館で実施予定であった展示を再現している。ぜひ、会場に実際に足を運んでいただき、外山恒一という稀有な表現者の活動に触れてもらい、併せてこの記録集を一読いただくことで、美術館が社会的な問題に関わる表現を扱うことに意義について一考いただければ幸いである。


「段々降りてゆく」展における外山恒一展示検討の記録:
https://www.camk.jp/asset/images/about/book/artgamadas/journal/dandan_record.pdf


光と陰のアンソロジー この世界にただ独り立つ 平川恒太 山本草介 外山恒一

会期:2022年9月10日(土)〜11月13日(日)
会場:つなぎ美術館(熊本県葦北郡津奈木町岩城494)
公式サイト:https://www.tsunagi-art.jp/event/668/

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