キュレーターズノート
開館3年目の応答──ウポポイの「現在」を伝えるために
立石信一(国立アイヌ民族博物館)
2023年01月15日号
対象美術館
開館後、数十年経って振り返りの展示を行なっている博物館・美術館は、近年コロナ禍ということもあり、多くあるように思う。しかし、国立アイヌ民族博物館(以下、博物館)は、開館後3年目でこうしたアーカイブ系の展覧会を開催することとなった。こうした背景には、ウポポイの「歴史」と「ことば」をテーマに、博物館の来歴や、何を(どこを)目指しているのかなど、現時点で、博物館の存在意義をもう一度示す必要性があると考えてたからである。
「ウアイヌコㇿ コタン アカㇻ─民族共生象徴空間(ウポポイ)のことばと歴史─」展
展覧会名にもなっている「ウアイヌコㇿ コタン」は「民族共生象徴空間」をアイヌ語で表現した名称で、「ウアイヌコㇿ」は「互いを敬う」、「コタン」は「集落」という意味である。また、「アカㇻ」は「私たちがつくる/つくった」を意味するアイヌ語である。ウポポイが多くの関係する人たちの努力によってできあがったこと、そして、これからも多くの協力を得ながらより良いウポポイへと成長していくことを願ってこの名称となった。
ウポポイは開業当初の波乱の時期を抜けてやや落ち着きがでてきた一方で、さまざまな課題やこれからやるべきことが見えてきたようにも感じる。こうしたなかで本展を開催することになったのは、改めてこれまでのウポポイを振り返ることによって、これからの展望の指針を立てるためである。そしてそのことを通してウポポイとは何かを改めて示すことを目的とした。
本展は第1章「ポロトの歴史と、ウポポイができるまで」、第2章「ウポポイのアイヌ語」、第3章「博物館設立準備室での試み」で構成している。「歴史」は、ウポポイが立地する白老町のポロト湖畔の土地の歴史と、ウポポイができることになった経緯や、具体的にどのような準備をしてきたのかといったことである。そしてもう一方の「ことば」は、ウポポイで第一言語としているアイヌ語について、なかでもウポポイにあるどのような「新語」や表現が、どのようにつくられているかを紹介したものである。
ポロト湖畔での多様な体験
ところで、ウポポイと一口に言ってもそのあり方は多様で、ポロトの周辺に主要施設である国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園(以下、公園)、慰霊施設が点在している。公園では伝統芸能の上演や、ものづくりの実演、ワークショップなどが随時行なわれている。また、映像プログラムが常時実施されているとともに、屋外ではサマーシーズンに限ってプロジェクションマッピングが公開されている。そして、ポロト湖畔にあるという利点を活かし、その環境や景観を活かした丸木舟操船実演・解説などのプログラムも行なわれている。博物館のみならずこうした施設群とプログラムが一体的に運営されているため、どこをどのように見るかによって見え方や、捉え方が異なるように思う。
したがって、来場者がもつアイヌ民族や文化に対する先入観や目的に即してウポポイを見学する場合、その先入観や目的が多様であるために実際の館での体験との間にズレが生じることがある。ウポポイは開業以来、多くの多岐にわたる意見や質問、そして批判(SNSなどを中心に差別や誹謗中傷の投稿もあった)を受けてきた。博物館ではそうした質問などに答える目的もあり、ウェブサイトに「よくある質問」と回答を掲載している。それらの質問のなかには見学する際にウポポイ(あるいは博物館)とは何かという共通認識があれば解消できるかもしれないと思えるものがある。すなわち、ウポポイができた経緯や、ポロトという場所性、そしてウポポイが掲げる理念や目的などである。
「新しい資料」の展示
本展はこうした課題の解決の一端を展示で試みようとしたものである。本展と同時開催で、博物館1階のエントランスロビーでは、「国立アイヌ民族博物館 基本展示室の歩きかた」と題した展示を行なっている。これは博物館の基本展示室にフォーカスし、展示室を見るうえで何をどう見たらよいのかを紹介したものである。主に、「資料を『作る』」と「アイヌ語解説文と音声ガイド」のことを紹介した。前述の「よくある質問」にもある、展示資料が「古い資料」ばかりではないのはなぜかという問いに対しての返答として、「資料を『作り』」、展示することについて紹介した。また、展示室の主要な解説について、各地でアイヌ語を勉強している人や継承活動をしている人たちにアイヌ語で解説文を執筆してもらっていることについて、展示を通して紹介している。
博物館では、現代の工芸家や作家が制作した作品や、現代のアイヌ民族に製作技術が伝わっていない生活用具などについて資料を調査・研究して、復元製作するなどした「新しい資料」を展示している。しかし、そもそも一般の来場者には博物館における展示資料や収蔵品は、「古い資料」や「伝統的」なものだけが「本物」であるという先入観があるのではないだろうか。そうした前提をもとに展示を見たとき、「新しい資料」があると疑問に思うかもしれない。また、解説文はいわば博物館のメッセージであるが、それを博物館のスタッフ以外の方々が執筆しているというのも疑問に思う以前に、そのことに気づかれない可能性もある。
こうした試みを行なうのは、ウポポイが、明治以降の同化政策などの結果によって、存立の危機にあるとされるアイヌ語や伝統工芸などのアイヌ文化を復興・発展させる拠点として位置付けられているからである。それと同時に、アイヌ民族の歴史・文化を学び伝えるナショナルセンターとしての機能があり、さらに新たなアイヌ文化の創造及び発展に寄与するという理念を掲げていることによる。したがって、「新しい資料」やアイヌ語解説文は、博物館の特色としてぜひ見ていただきたいところである。
しかし、これらの目的や特色が十分に伝わっていないと、わかりにくさとなってしまう場合もあるということがこの3年間でわかってきた。国立アイヌ民族博物館がさらなる「議論の場」となり、ウポポイのアイヌ語名ともなっている「ウアイヌコㇿ コタン」の名の通り、ここを訪れた人たちが「互いを敬う」ことから「共生」とは何かを考えるための試みは、これからも続けていかなければならないだろう。そのひとつとして本展を見学していただき、議論のとっかかりとしていただければ幸いである。
ウアイヌコㇿ コタン アカㇻ─民族共生象徴空間(ウポポイ)のことばと歴史─
会期:2022年12月13日(火)~2023年2月12日(日)
会場:国立アイヌ民族博物館(北海道白老郡白老町若草町2丁目3 ウポポイ[民族共生象徴空間]内)