2024年02月15日号
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キュレーターズノート

「コレクション」を考える(6)──宇都宮美術館の「これまで」と「これから」

志田康宏(栃木県立美術館)

2023年02月01日号

本連載ではこれまでに、美術館に寄贈することが前提とされた個人コレクション、個人コレクションが公立美術館になった事例、美術館に入った個人コレクションを再パッケージ化した展覧会、開館50年を迎えた美術館の展覧会、そして新たに開館した美術館のコレクションをレポートしてきた。それらを通じて、一端ではあるがさまざまな「コレクション」のかたちを考えることができたように感じている。また元来そうしようと意図したわけではなかったのだが、初回記事以外すべて栃木県内の事例をレポートすることになった。「コレクション」に関するさまざまな現象を見ることができる事例が、たまたま栃木県内で連発していたタイミングだったことによるものである。
連載最終回となる今回は、開館25周年を迎えた宇都宮美術館で開催された全館コレクション展「これらの時間についての夢」を取り上げ、すべての美術館に共通しうる美術館の「これまで」と「これから」について考察したい。

郊外公園型の緑豊かな美術館


宇都宮美術館外観 [画像提供:宇都宮美術館]


宇都宮美術館は1997年、宇都宮市制100周年記念事業の一環として、市中心部から少し外れた丘陵にある森を切り開いたうつのみや文化の森公園の一角に開館した。美術館前には広い芝生敷きの公園があり、休日にはボール遊びやピクニックを楽しむ親子連れでにぎわう市民の憩いの空間になっている。また館の周囲26ヘクタールに及ぶ広大な「文化の森」は自然の姿を残し、ウサギやキジなどの野生生物や、広い雑木林のすぐ近くにはキバナコスモスの群生地も見られるなど豊かな自然環境を保持している。

今回の展覧会は開館25周年を記念して開催された展覧会で、空調設備修理と一部照明器具をLEDに変えるための約1年2カ月の休館から明けた再オープン記念展である。

美術館の「これまで」

受付を済ませると、展示室に入る前にあたたかな外光がまぶしい広いアプローチを通ることになる。屋外に設置されたクレス・オルデンバーグの《中身に支えられたチューブ》(1985)をここから見るのがこの館に来る楽しみのひとつである。この空間では第1章として、25年の間に開催された展覧会のポスターの画像がパネル展示されていた。過去の展覧会ポスターを展示する手法自体は他館でも見られるものであるが、今回の展示に特徴的なのは、2022年の最新展覧会を起点にして1997年まで時間軸を逆順で掲示していることであった。現代から開館当時までをタイムマシンに乗って時を遡るように導かれた展示室1には、開館時に開催された第1回のコレクション展示が再現されていた。


第1章 企画展ポスター年譜 会場風景 [画像提供:宇都宮美術館]


「あの時の展示を再現したい」という発想は、学芸員なら一度は抱いたことのある気持ちであると思うが、実際には資料や記録が残されていなかったり、当時の担当者がすでに退職してしまっていたりして、断念しがちなものである。宇都宮美術館でもやはり同じ状況にはあったようだが、担当学芸員の熱心な調査により当時の展示をほぼ再現することに成功したそうだ。何度も同館を訪れている身としては、同館を代表するコレクションが第1回展からかなり集められていたということが驚きであった。ジョルジュ・ビゴーの《熱海の海岸》(または《熱海にて、日本の漁師たち》)(c. 1900)や海老原喜之助の《雪》(c. 1930)などは、いまでも展示されるたびにじっくりと眺めたくなる名品である。なかでも話題を集めたのはルネ・マグリットの《大家族》(1963)で、開館当時に宇都宮市が高額で購入したことの是非が一般にも論議されるなど、公立美術館の作品収集方針を議論の的にした作品であった。



第2章 再現展示 1997年第1回コレクション展 展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]


また宇都宮美術館は開館当時から「デザイン」を収集の軸のひとつとしており、今回の再現展示でも後半はポスターやプロダクトデザインのコレクションで占められていた。アルフォンス・ミュシャによる煙草用巻紙の広告や20世紀前半ドイツの電気ケトルやテーブルランプ、エル・リシツキーが制作したソ連のプロパガンダポスターなど、世界のデザイン史を彩る名だたる名品が目白押しであった。実を言えば個人的には、広告や産業プロダクトなど幅広い分野に関わってくる「デザイン」という分野はあまりに無尽蔵なので、美術館の収集の軸とするには無理があるのではないかと感じていた。しかし、デザインを通じて人類史の一端を示すかのような今回の再現展示を見て、たしかにすべてを網羅的に収集することは不可能だが、歴史的に重要であったデザインや、その時代「らしさ」を示準するデザインプロダクトを集めることで、デザイン史のエッセンスは抽出することができるのかもしれないと感じた。



第2章 再現展示 後半 デザイン展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]


続く第3室では「時間」をテーマにいくつかの章が立てられ、マルク・シャガールの版画や高橋由一の油彩画、またバウハウスに関する資料など、宇都宮美術館の歴史のなかで集められた多種多様なコレクションを垣間見ることができた。

美術館の「これから」

実は本展は純粋な館蔵コレクション展示ではない。現役のアーティスト3名による新作の出品も含まれているからだ。3つの展示室をつなぐ中央ホールには大巻伸嗣の代名詞ともいえる岩絵具のカーペットが、展示室3には自ら編んだニットを素材とする力石咲のインスタレーションが、展覧会の最後を飾る展示室2には新進気鋭のアーティスト髙橋銑による宇都宮美術館の屋外彫刻をモチーフにした大型映像作品が設置されている。現役作家の新作展示により、美術館はただ古いものをしまっておく倉庫ではなく、未来に向かって現在も脈打つ流動的な文化が生まれる現場であることが象徴的に示されている。



力石咲《自分でつくって、自分でこわす》2022年 展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]



大巻伸嗣《Echoes Infinity》(2022)展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]


最後の展示室2は、青木野枝の金属彫刻ややなぎみわの大型写真などが広い空間に点々と並べられた荘厳な展示空間となっている。

周年展であるという観点から考えると、佐藤時啓による「光─呼吸」のシリーズが展示されていることが象徴的であった。宇都宮美術館の各所を撮影した写真は長時間露光による光の痕跡を記録していて、宇都宮美術館というキャンバスに光でドローイングを施したかのような幻想的な作品となっていた。これらの作品を、制作の現場となった美術館が収蔵し展示していることで、宇都宮美術館自体を展示対象にしていると言うこともできる。2012年に東京国立近代美術館で開催された開館60周年展「美術にぶるっ!」展において、コレクションの展示を通して近代美術館自体を見せるような展示内容になっていたことに象徴されていたように、周年展において開催館自体を展示=考察の対象とすることは、美術館の存在を歴史上に意味づける非常に重要な行為となる。



佐藤時啓《光─呼吸》シリーズ 展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]




髙橋銑《二羽のウサギ》(2020)展示風景 [画像提供:宇都宮美術館]



髙橋銑《不感のしるべ #2019》(2022)[画像提供:宇都宮美術館]


そのことは、最後に展示された髙橋銑の作品を以てより強く感じられた。宇都宮美術館と群馬県立近代美術館の前庭に屋外展示されたバリー・フラナガンによるウサギの彫刻をモチーフとした映像作品《二羽のウサギ》もとても興味深く、惹きつけられたが、その向かいに展示された写真作品こそが、この美術館で展示されることにとても意義のある作品であった。これは宇都宮美術館前庭の芝生公園につけられた踏み跡を写した写真である。作者は時間の経過による物質の変化や消失を制作テーマとするアーティストであり、本作も刻まれた踏み跡の消失がひとつのテーマとなっているが、この作品はむしろ円形の公園とその周りに整備された道という「デザイン」を利用者の「使い方」が超越していくという現実を示しているように感じられた。設計者によるデザインは、利用者によるユーザビリティ(使い勝手)によって塗り替えられていく。設計者の「理想」と利用者の「現実」のはざまで起こる自然淘汰と「予期せぬ使い方」の発生がデザインの孕む宿命といえるだろう。

デザインを収集方針の主軸のひとつとする宇都宮美術館でこの作品が展示されることによって、デザインがもつ宿命が美術館に対して黙示されているような批評性が感じられた。



うつのみや文化の森公園 芝生広場 [画像提供:宇都宮美術館]

すべてのコレクションは流動的である

宇都宮美術館での今回の25周年記念展は、よくある館蔵コレクション展示ではなく、現役作家による新作の展示もあり、なおかつ美術館自体を客観視した目線すら取り入れている批評的展覧会であったことにほかとの差別化が図られていた。作品がミュージアムに収められることは歴史の切断を意味するものではなく、ミュージアムも現在進行形の歴史や文化を生み出している現場なのであるという主張が見え隠れするような、力強い意志が感じられる展覧会であった。

この連載では、取材先は関東近郊、しかもほぼ栃木県内だけになったが、それだけでもこれほどテーマに合った館の取材をさせてもらえたことは幸運であったと思う。それは、さらにいえば、この連載のお声がけをいただいたタイミングが今だったからという幸運でもあった。コロナ禍という状況にあり、ミュージアムが作品の貸し借りを控え館蔵のコレクションを中心に展覧会運営をせざるを得なくなった影響もあったかもしれない。しかし、この連載は「コレクションって面白いよね」という啓蒙や紹介のつもりはまったくなく、「コレクション」という「現象」を多角的に考察することはできないかとの考えからこのテーマに設定した。その結果、「コレクション」のいくつかのかたちを示すことによって、「コレクションとは流動的な現象である」というひとつの解が見えたような気がしている。コレクター名や美術館名を冠したコレクションは崩すことのできない凝集的な塊のように感じられがちなものであるが、その形成史は作品単位、またコレクション単位で場所やかたちを変化させるものである。作品がどこかにコレクションされることは「ゴール」ではなく、その後も変化し続けるものであるということを示すことができたのではないだろうか。そして、初回記事で取り上げた寺田小太郎のコレクション収集の情熱に応えようと制作された難波田龍起による《わが生の記録》シリーズ最初の1点目が今回の宇都宮美術館での再現展示に組み込まれていたことを以て、この連載の円環をつなげることができたような不思議な縁をも感じている。最後に、本連載にご協力をいただいたすべての方々への感謝をここに記し、連載を終わりとしたい。

宇都宮美術館開館25周年記念 全館コレクション展 これらの時間についての夢 These Dreams of Times

会期:2022年9月25日(日)~2023年1月15日(日)
会場:宇都宮美術館(栃木県宇都宮市長岡町1077)

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