キュレーターズノート

「美しいHUG!」──ものとこと、作品と人、ホワイトキューブとジャイアントルーム

大澤苑美(八戸市美術館)

2023年04月01日号

八戸市美術館は、2021年11月に全面建て替えにより再オープンしてから2回目の春を迎える。新しい建築と運営に慣れたいま、開館前に作成した大風呂敷の運営計画や、「出会いと学びのアートファーム」というコンセプトワードなど、八戸市美術館の「トンマナ」(トーン&マナーの略、デザインの一貫性・統一性を言う)が、ようやく身体化されてきたように思う。案内スタッフは作品の前でよく談笑しているし、開館前、警備員さんや清掃員さんが作品をいち早く見て感想を言い合う風景もよく見かけて嬉しい。

美術館とアートプロジェクトが出会い直す

年始、2022年8月のICOM(国際博物館会議)プラハ大会において採択された新しい博物館の定義について、正式な日本語訳が決定した。


「博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、 解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。」★1


これまで、主にアートプロジェクトの企画運営をやってきた筆者は、とりわけ、この「コミュニケーション」と「コミュニティの参加」に対しては、ミュージアムから地域に飛び出てさまざまな人とのつながりを広げることを志向してきたアートプロジェクトが、再びミュージアムと出会い直す時がやってきたのだと解釈している。また、八戸市美術館は、このことを、建築的にも、コンセプト的にも表わすミュージアムとして、背負っていく必要があると思っている。


ジャイアントルーム[撮影:神 智(八戸市美術館)]


当館の建築は、来館するとすぐに、コミュニケーションやラーニング、そしてプロジェクトのための「ジャイアントルーム」が広がり、作品展示のための「ホワイトキューブ」とほぼ同等の面積が割かれていることに最大の特徴がある。従来、美術館建築では、「人が活動する場所」であるような「創作室」などは施設の奥に配置されがちであり、これほどまで前面にある例はあまり見ない。また、ジャイアントルームと展示室が隣接することで、作品と人を対等に位置付ける。このことは、アートプロジェクトを文化施設の市民参加性を装うためのアリバイにせず、学校連携事業やワークショップといった教育普及事業を、展覧会に対して下位的存在にしないことの表明でもある。

さらには、税務署を改修して使っていた旧館時代にはなかった収蔵庫ができ、「もの」も「こと」も、未来にどう残していくのかという命題に取り組む土台も整った。

ちなみに、人員配置の面では、私のようにアートプロジェクトを専門とする学芸員が2名在籍し、活動のシェアやアーカイブには欠かせない映像・写真を担当するテクニカルスタッフもいる。4月からは学校連携のコーディネーターも配置予定である。

先日、当館は、東北建築賞の作品賞を受賞したが、上記の通り、「収納展示主体の美術館から地域の風土や文化に根ざしたプログラムを主体とした美術館であり、アートの枠を超えた市民の多様な活動の可能性を感じ」させ、「コミュニティ施設としての美術館のあり方として」、中身に踏み込んで設計されたことが評価された★2

二つでひとつ:「美しいHUG!」ゲストキュレーターに森司さんを招聘

これらのコンセプトを体現する企画として、展覧会「美しいHUG!」が、4月29日より開幕する。建築計画の専門家である佐藤慎也が館長に就任したのは開館半年前の2021年春のことだったが、「美しいHUG!」は、館長のディレクションのもとで初めてゼロから立ち上げた企画でもある。八戸市美術館のアイデンティティを確立していく企画とするにあたって、ゲストキュレーターとして、元・水戸芸術館の学芸員で、現在はアーツカウンシル東京でさまざまなプロジェクトを統括する森司さんを招聘した。6人のアーティストが参加し、「展覧会」と「プロジェクト」の二つの軸で構成される本企画は、「ホワイトキューブ」と「ジャイアントルーム」が「二つでひとつ」であることを読み直してつくられるものである。


「美しいHUG!」メインビジュアルデザイン[デザイン:三上悠里]


私にとっては、森さんから学ぶのは2度目のこと。1度目は、2004〜2006年、大学時代にその運営現場にどっぷり浸かっていた「取手アートプロジェクト(TAP)」だった。当時、森さんは、OJT形式で開かれていたアートマネジメント講座「TAP塾」の「スター☆講師」だった。その知識と経験値はもちろん、アートマネジメントを学んだ人材が将来どう活躍できるのかまだモデルケースが少ないなかで、カフェ・イン・水戸★3など、美術館からまちに飛び出す試みを仕掛ける森さんは、当時の塾生からは、目指すべき星、だった。当時、このartscapeにあった名物コーナー、「MORI Channnel」(2004-07)★4も、皆で更新を欠かさずチェックしていたことを思い出す。

その後、15年ほど経って、美術館の学芸員として、また森さんとご一緒できるのはとても嬉しい。実は、この「美しいHUG!」は、主担当の私だけでなく、在籍する6人の学芸員が1名ずつアーティストを担当する体制を取っているが、TAP塾よろしく、私たちもまた、森さんのキュレーションに接してその仕事を学ぶ機会となっている。


取手アートプロジェクト2005「はらっぱ経由で、逢いましょう」(筆者撮影)



プロジェクトが先行してスタート/「こと」を展示に

「美しいHUG!」では、昨年の6月より、きむらとしろうじんじんの「野点」を皮切りに、先行してプロジェクトをスタートさせている。 チャーミングな格好で路上に立つじんじん。お客さんが絵付したお茶碗を窯で焼き、お茶をたてる。そこには、ざまざまな居方でその場を楽しむ人たちの時間が同居する。ここにいた証としてお客さんの手元に渡されるお茶碗は、唯一残る「もの」であるが、じんじん曰く、これはじんじんの作品ではなく、じんじんとお客さんとの間に交わされた約束のようなものだという。

「野点」を実施するのは、当館が「アートファーマー」と呼ぶ市民の皆さんとともに活動をし、まちにアートを介した出会いをつくり出す狙いがあるとともに、「もの」としての作品が残らない「野点」という「こと」の展示を試みるためでもある。1995年以降続けて28年目、398カ所の路上で開催してきた「野点」という形のないプロジェクトを、そして、じんじんの仕事を、フレーミングして美術史の上に価値付けして載せていくことは、美術館とアートプロジェクトが有機的に絡むことで成し得ることだろう。


きむらとしろうじんじん 八戸野点2022 in 美術館マエニワ[©︎Yuji Hachiya]


また、タノタイガ《タノニマス》の作品でも、「タノミマス」というプロジェクトチームを発足させている。《タノニマス》とは、作家の名前と「アノニマス(匿名)」の言葉を組み合わせたものだが、ホワイトキューブ壁面にぎっしりと4000ほど並ぶタノタイガの顔のお面が、会期中に来場者が装飾することにより変容し、多様な顔へと変化していく。このお面の下準備や、会期中の会場運営サポートを「頼みます」と託されたチームが、1月から準備を重ねている。


「タノミマス」の活動日の様子[撮影:神 智(八戸市美術館)]



HUGする作品たち

作曲家の井川丹は、ジャイアントルームにいる人や活動と時・空間を共にする音楽として、開館時間を満たす9時間の音楽音響作品を作曲している。八戸市美術館が所蔵する教育版画「虹の上をとぶ船 総集編Ⅰ・Ⅱ」をもとにして制作しており、そこにはプロの歌い手の声のほか、市内小中高校の子どもたちと取り組んだ合唱録音も含まれる。子どもたちの共同創作作品である版画のように、こちらも共同創作作品としての音楽である。


左から、黒川岳《石を聴く》(2018/23)[©︎YOSUKE SUZUKI]、警備員さんの作品


このように、作品はさまざまな「HUG」を内包するが、その鑑賞する姿が「HUG」のようで好評なのが、会期前から美術館前広場に設置した黒川岳《石を聴く》だ。人が石をHUGすることで作品が成立するのも当館らしい。余談ながら、設置した直後、警備員さんが、この作品の鑑賞の様子を表わした「作品」をつくってくれた。現在、職員通用口に飾ってあるが、展覧会開幕に合わせて、総合案内付近にてお客様にも見ていただきたいと考えている。

展覧会開幕まであと1カ月、ジャイアントルームの高さを活かしてつくられる青木野枝の作品や、ホワイトキューブの天井一面を覆う川俣正の作品《Under the Water》の大掛かりな設営が間もなく始まろうというところだ。この美術館の空間とHUGする存在感ある作品が、どのような空気を生み出すのか楽しみにしている。

地域文化と美術館

春になり、毎週日曜日早朝に開催される館鼻岸壁朝市もシーズンがスタート、また新型コロナの感染対策緩和の効果もあり、中心街の横丁には人が賑わい、八戸のまちらしさが戻ってきている。私たちの美術館の「トンマナ」は、こうした地域文化や日常からの作用も受けてつくられていくのだろう。遠方より当館を訪れる方には、八戸で暮らすことを楽しむなかに息づく「文化」にもぜひ触れていただきたい。徒歩5分圏内に位置する、八戸ポータルミュージアムはっち八戸ブックセンターも訪れていただくと、八戸の文化政策の「トンマナ」もわかっていただけるのではないかと思う。

そして、気候の爽やかな青森の春夏、「青森5館」として連携する、青森県立美術館、国際芸術センター青森ACAC、十和田市現代美術館、弘前市れんが倉庫美術館も巡っていただきたいし、2023年度で惜しまれながら閉館となる棟方志功記念館や、テラヤマワールドを深掘りできる寺山修司記念館など、個性あふれる文化施設巡りもおすすめである。

青森県は、それぞれユニークで多様な美術館が集まるが、八戸市美術館は、そのなかでも、特に、地域文化やここに共に暮らす市民との関わりを大事にする美術館として、個性を磨きたいと日々挑戦しているところだ。


八戸市、館鼻岸壁朝市の様子



★1──「新しい博物館定義、日本語訳が決定しました」(ICOM日本委員会ウェブサイト、2023年1月16日更新)
https://icomjapan.org/journal/2023/01/16/p-3188/
★2──第43回東北建築賞(主催:日本建築学会東北支部)、作品賞選考報告・講評より。
http://tohoku.aij.or.jp/wp-content/uploads/2023/03/sakuhinsyo43.pdf
★3──「アートをきっかけにして水戸の街に人びとがカフェのように集い、交流するプロジェクトとして2002年に開始。カフェ=C・A・F・Eは、『すべての人にコミュニケーション可能な行動』という意味の“Communicable Action for Everybody”の頭文字をつなげたもの」。
https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_432.html
★4──森さんが水戸芸術館の学芸員としての日常を綴るブログ(「artscape BLOG」内にて2004〜07年にかけて更新)
https://artscape.jp/blogs/morichannel/



美しいHUG!

会期:2023年4月29日(土)〜8月28日(日)
会場:八戸市美術館(青森県八戸市番町10-4)
公式サイト:https://utsukushii-hug.jp/