キュレーターズノート
Another taste of our “food” ──社会批評のツールとして「食」と向き合う
レオナルド・バルトロメウス(山口情報芸術センター[YCAM]キュレーター)
2023年04月15日号
対象美術館
YCAMでは、2023年3月11日より、インドネシアのジョグジャカルタを拠点とするアーティスト・コレクティブ、バクダパン・フード・スタディ・グループ(以下「バクダパン」)による企画展「The Flavour of Power─紛争、政治、倫理、歴史を通して食をどう捉えるか?」(以下、FoP)がスタートしました。
この展覧会は、2021年に始まったYCAMの研究開発プロジェクト「食と倫理リサーチ・プロジェクト」の一環として、「食」にまつわる倫理的な問題を調査するものです。わたしたちを取り巻く「食」が、経済や政治、科学などさまざまな要素とどのように絡み合っているか、そこにどう倫理的価値が介在しうるかを考え、理解することを目的としています。
インドネシアと山口、リサーチとローカルの間をつなぐ
展覧会タイトル「The Flavour of Power」の “Power” ということばは、権力闘争という核心的な問題を指し、権威、階層、労働、知識などさまざまな側面を包含しています。日本語の「権力」のニュアンスとの混同を避けるため、今回はあえて英語のタイトルをそのまま使いました。
わたしたちには自分たちが消費していく食べ物について、また「食」のより広範な文脈についてもっと知りたいという欲望があるのではないでしょうか。YCAMではこれまで「食」や「調理」を媒介としたイベントを多数行なってきていますが
、こうした「食」についての終わりのない議論の続きがこの、「食と倫理リサーチ・プロジェクト」なのです。2021年には、「食」と「消費」の関係を探るために、山口の生産者や料理人、外国人漁業従事者との対話を通して、山口での食糧生産システムについて調査を行ないました。翌年(2022)に新型コロナウイルス感染症に付随する制約が緩和されたのち、長期にわたって重ねてきたオンラインでのミーティングを経てようやく来日できたバクダパンとともに再び山口での調査を開始しました。バクダパンは約2週間の滞在のなかで、山口の農家や料理人、オーガニック食品を扱う小売販売店など山口の農産物の生産と流通に関わる人々に会いに行きました。こうしてついに、わたしたちはバクダパンのインドネシアでの研究と山口のローカルな状況をつなぐ糸口を見つけたのです(これについては後ほど触れたいと思います)。
まずは、FoPを牽引するアーティスト・コレクティブ、バクダパンをご紹介します。
2015年にインドネシアのジョグジャカルタで、食に関して共通の関心をもつエリア・ヌルヴィスタ
とハイルンニサ・アシャリが出会ったことで、バクダパンの学びの旅は始まりました。バクダパンには現在、8人のメンバー(全員女性)がグループに在籍しています。YCAMでのプロジェクトがスタートした2021年のはじめ、わたしはメンバーのひとりに、なぜグループに参加したのか、その理由を尋ねたことがありました。彼女は「食」の問題を学術研究以外のアプローチで議論することの難しさ(それはときに堅苦しく、一般の人々がなかなかアクセスできない)を感じていたことが理由だと話しました。また同時に、「食」を取り巻く問題についてしばしば語る、エリア・ヌルヴィスタの芸術活動に興味をもったことも参加を決めた理由のひとつだとも語っていました。
実は、活動体のアイデンティティとして彼女たちが選んだ「パクダハン」という名前には、彼女たちの志がよく表われています。
「バクダパン」という名前は、スラウェシ島北部のマナド語で「会う」という意味の「Baku Dapa(バクダパ)」と、インドネシア語で「おやつ」という意味の「Kudapan(クダパン)」の二つの言葉からインスピレーションを得た造語です。
彼女らは、自分たちをアーティスト・コレクティブとは主張せず、学際的な総合性をもつ「ラーニング・グループ」であると話します。実際に現在8名のメンバーのうち、2名はインディペンデントアーティストとして活動し、ほかのメンバーは研究者、作家、NGO活動家として活動しています。それぞれが、「食」のもつ、さまざまな側面に関心があるという共有点をもっています。
この実験的なラーニング・グループという形態を取ることで、ワークショップやピクニック、造園、森での散歩など、「食」にまつわる多様で実験的なアプローチが可能になりました。バクダパンは小さなグループ内での活動に留まらず、外部の研究者やアーティスト、キュレーターなどとのコラボレーションによって活動範囲を拡張しています。
例えば、アートや農業、土地の権利、先住民、環境保護活動の分野で活動するアクティビストやコミュニティを集めて行なった討論プロジェクトでは、アーティストコレクティブ「Bodies of Power / Power for Bodies」と共同プラットフォーム
を立ち上げ、「主権への闘い/Struggles for Sovereignty」というプログラムの開発を過去に行なったりしています。わたし自身が初めてバクダパンに出会ったのは、2017年に開催された「OK. Food.」というフェスティバルです。当時わたしはこのフェスティバルにインドネシアのアート・コレクティブ、ルアンルパのメンバーとして参加をしていました。このフェスティバルでは、バクダパンは1965年にインドネシアで起きたクーデター
を生き延びた女性たちを題材とした研究作品《Cooking in Pressure》 を発表しました。インドネシアにおける「生存」や「政治史」、また不公平にまつわる話に食糧はどう絡んでいるかを調査したこの作品に触れ、衝撃を受けました。作品は現在のわたしたちにとって当たり前のようにある「食」が、実は多くの政治的な陰謀を孕み、社会的批判のための効果的なツールにもなりうることを問いかけていたのです。以来彼女たちとプロジェクトを行ないたいと思い続けており、今回の「食と倫理リサーチ・プロジェクト」においてのコラボレーションがかなったのはとても嬉しいことでした。
日本統治下の植民地の記憶と、そこに連なる現在
FoPでは、大型映像インスタレーション、カードゲームや資料展示を通して食と倫理リサーチ・プロジェクトの成果を発表しています。
YCAMスタジオBにて展示されている《Along the Archival Grain》(以下、AAG)
は、本展のために制作した映像インスタレーションと、このプロジェクトの研究内容をまとめた資料展示で構成した作品です。ここではタイトルの通り、「grain」 つまり、穀物を中心とした農業の歴史を辿り直します。 資料展示では、山口にもゆかりのある植物育種家の磯永吉(1886-1972)も開発に携わった稲種で、日本稲同士の交配によって品種改良された米種「蓬莱米(ほうらいまい)」にまつわる調査など、これまでにバクダパンとYCAMが行なった研究資料を会場に設置したタブレットから読むことができます(QRコードを読み取って自分たちの端末で読むことも可能です)。会場に設置された大型スクリーンには、植民地時代のインドネシアにおける食糧政策をテーマに、歴史的な映像資料やアニメーション、音楽、プロパガンダのチラシなどを組み合わせた映像が映し出されています。作品の制作にあたり、バクダパンは日本とインドネシアの歴史を語るうえで欠かせない、1942年から1945年のインドネシアと日本の歴史に着目しました。この時代のインドネシアは日本の統治下にありました。リサーチを続けるなかでバクダパンは日本のインドネシア上陸が、その後の歴史や組織体系にも大きな影響を与えていることに気がつきます。
例えば、1960年代後半に発足したスハルト政権。スハルト政権が支持した新秩序体制下では、政府の農業政策によって種子や食料の流通がコントロールされ、人々の生活は大きな影響を受けました。
このような農業政策がどのように構築されたのかを遡るなかでバクダパンは、日本統治下時代のインドネシアで発行されていたプロバガンダ雑誌『Djawa Baroe(ジャワ・バルー)』のなかにそのルーツとも言える施策「食糧危機大作戦」
が行なわれていたという記述を見つけました。『Djawa Baroe』は植民地主義が社会にもたらす教義や操作、そして食糧政策がいかに大衆メディアによって扇動されていったのかを物語る、当時の政治・社会情勢を知るうえで重要な研究の資料とも言えそうです。こうしたリサーチを元に制作された本作は、勢力、政治的背景による負の遺産、植民地主義への批評、また勢力争いが生んだ植民地の記憶が現代もなお、腐敗した不当な政策としてインドネシアで生きているということを示唆し、今日まで続く、農業にまつわる問題や構造的暴力についての批判的な問いを鑑賞者に投げかけているのです。
権力とは何か、食を通して考える
このほかスタジオBでは、YCAMバイオリサーチによる《Rice Breeds Chronicle》を展示しています。近年ではバイオ・インフォマティクス(生物情報学)によって、稲の遺伝子情報の解析が進められています。この作品では科学的な視点から、稲の形態変化を稲種ごとに実寸大で映し出し、稲種ごとの生態を伝えるとともに、農業政策や品種改良と農業技術の発展をめぐる複雑な関係性を浮かび上がらせています。Houdiniを用いた高度なシミュレーションやアルゴリズム設計を行なう、建築系プログラマーの堀川淳一郎さんと共同で開発を行ないました。
またスタジオBの会場外では、バクダパンとゲーム開発者が開発したボードゲーム《The Hunger Tales/ハンガー・テイルズ》(以下、HT)を展示しています。HTは、食の生産〜流通にまつわる社会状況や、食糧危機をめぐる社会・政治情勢を遊びながら擬似体験できるボードゲームです(モノポリーやダンジョン&ドラゴンズ、桃鉄などのゲームに親しんでいる人には、HTのしくみは理解しやすいと思います!)。プレイヤーには農家、卸売業者、市長などの初期設定が割り当てられ、それぞれに異なる勝利条件が、ゲームに複雑さと相互依存性をもたせています。現代のわたしたちを取り巻く政治や食糧危機の現実にアプローチするため、あえて複雑な条件をもたせているのです。このボードゲームは、「Phantasmapolis-2021 Asian Art Biennial Taiwan」での展示の際に開発されたものを今回の展示に合わせてアップデートしたものです。
FoPの会期中は、展覧会の理解を深めるための関連イベントとして、HTの体験会や、参加者と一緒に野草を採取し、そのDNAを検出するワークショップ「プリーズ・イート・ワイルドリー×YCAMバイオリサーチ」など多数の関連イベントが開催される予定です。
この展覧会の中心にある、複雑な網のように相互につながった問題の数々は、多視点からの繊細な理解を必要とします。植民地主義について議論するとき、人は批判的なスタンスを取ることに苦労するものです。磯永吉のように、善悪がはっきりせず、判断を下すことが難しい状況に陥ることもあるでしょう。バクダパンは、歴史を二元論で語るのではなく、しかし一方で権力闘争がこうした状況の根底にあるということを、この展覧会を通して伝えているのかもしれません。
わたしたちがいま経験しているのは、植民地の支配者ではなく資本主義的な企業によって支配された食糧システムなのかもしれませんが、そこに働く権力の力学は変わりません。
そうした意味でも、バクダパンは、食が政治、歴史、倫理など、わたしたちの生活のさまざまな側面とどのように関わっているのか、立ち止まって考え直すよう来場者に呼びかけています。
歴史的アーカイブを参照することで、過去と距離を置き、客観的な議論をすることで、今後同じような問題が起きないようにすることができます。権力に対する指向は人それぞれですが、権力とは何か、そして自分はその権力を欲しているのか、考えてみる価値はあると思います。
バクダパン・フード・スタディ・グループ
「The Flavour of Power—紛争、政治、倫理、歴史を通して食をどう捉えるか?」
会期:2023年3月11日(土)〜6月25日(日)
会場:山口情報芸術センター[YCAM]スタジオB、2階ギャラリー(山口県山口市中園町7-7)
公式サイト:https://www.ycam.jp/events/2023/the-flavour-of-power/