キュレーターズノート
美術館内でもっとも動的な場所から生まれるもの──府中市美術館と公開制作
大澤真理子(府中市美術館)
2023年12月01日号
対象美術館
東京都の西側、多摩地域にも数多くの美術館が存在するが、そのなかでも府中市美術館は展示室とは別に公開制作のための部屋を擁しているのが大きな特徴だ。2000年の開館当初から、90組近くの作家による公開制作のバトンが連綿と繋がれてきた公開制作室。今年4〜7月にかけての馬塲稔郎氏の公開制作とその関連企画を担当した学芸員の大澤真理子氏に、作家の制作過程を市民に開いていく活動のなかでの発見を綴っていただいた。(artscape編集部)
公開制作室で積み重ねられてきたもの
府中市美術館は、「生活と美術=美と結びついた暮らしを見直す美術館」をテーマに2000年10月に開館した。作品鑑賞、創作、発表といった体験を通じて、身近に美術に出会える場として活動を重ねてきた。緑豊かな都立府中の森公園の中に位置し、公園からすぐにアプローチできるため、気軽に来館される公園利用者の方々も多い。
年間5回の企画展を開催しており、江戸時代の絵画から現代美術に至るまで、幅広いジャンルでの展覧会活動を行なっている。また、開館以来作品の収集に取り組んでおり、府中・多摩地域ゆかりの作家・作品や、将来性のある若手作家の作品をコレクションに加えてきた。所蔵作品数は2500点近くにのぼり、そのうち80〜100点ほどを常設展示室にて公開している。毎回テーマに沿って展示を行なうコレクション展示は当館展覧会活動のもうひとつの柱である。
美術館1階には、創作室や市民ギャラリー、美術図書室が位置し、教育普及活動の拠点となっている。創作室では、月に1〜2回、さまざまなワークショップを開催しており、幅広い年齢層の方々で賑わっている。そんな1階にあり、当館の活動の大きな柱のひとつとなっている場所が「公開制作室」である。
当館の公開制作は、この公開制作室を拠点に2000年の開館当時から23年にわたり間断なく積み重ねられてきた。現在は展覧会の会期に合わせて年間3回開催している。開館当初は年6回開催していたが、試行錯誤を経て現在のペースに落ち着いた。2023年11月現在、87組の作家がこの場で制作を重ねてきた。技法、キャリアもさまざまな作家たちであり、開館20年目にあたる2020年にはその足跡を紹介する展覧会、「メイド・イン・フチュウ 公開制作の20年」展 を開催した。
開館当初はもとより、現在に至るまでこの公開制作はユニークな存在であり続けてきた。常設のスタジオ=公開制作室が館内にあり、作家はこのスタジオに通って制作に取り組む。その様子を来館者は時にガラス越しに、あるいは室内で作家と会話しながら間近に目にすることができる。作家によってスタジオの設えはさまざまだが、制作期間中はスタジオの空間が作家の色に染まる。会期のうちの10日間ほどの日程での制作を基本とし、最後には完成作品を展示する。作品制作、展示のほかに、作家自らが講師となって行なうワークショップ、作家のこれまでの制作活動や今回の制作を振り返るアーティストトークなども行ない、近年は作家が市内の小中学校に赴いて講師として授業を行なう連携授業にも取り組んでいる。通常2〜3カ月の会期ながら、なかなかに盛りだくさんなプログラムであると言える。
筆者は昨年より本プログラムを担当し、2人の作家の公開制作に携わってきた。今年度担当した「第86回公開制作 馬塲稔郎 animarlier〜白いキリンの夢」を振り返りながら、本プログラムの様子をご紹介するとともに、本プログラムについて筆者が魅力と感じるところについてお伝えしたいと思う。
木彫という技法の魅力も伝える
木彫(もくちょう)作家である馬塲稔郎は、動物をモチーフとしたシリーズ「animalier」を手掛けている。animalier(アニマリア)とは動物画家、動物彫刻家の意である。いまにも語り出しそうな表情をしている動物たちや、よく知られた物語を題材とした作品も多い。府中在住でもあり、当館でもこれまで木工ワークショップの講師などを務めてきた。今回の公開制作に当たって馬塲からは、これまで手がけてきた動物彫刻のなかでも強い思い入れのある白いキリンを制作するプランが提示された。2003年に馬塲が初めて制作した動物彫刻がキリンであり、その彩色の途中段階である白い姿に完成形を見出したのだという。その後も同じモチーフを何体か手がけてきたが、2016年にそれまで馬塲の想像の産物でしかないと思っていた白いキリンがタンザニアに実在していたことを知り、今回は、それ以降初めて取り組むキリン像となる。さらにこれまで制作を重ねてきたこのモチーフとの関わりを改めて見直す契機として今回の公開制作に臨んだ。
制作は4月中旬、実物大の図面を描くところからスタートした。馬塲は日本の木彫のなかで伝統的に使われてきた寄木造りの技法を使っているが、今回も木曽檜の材を複数寄せて、高さ1メートルの像を制作していった。図面を材に転写し、ノコギリで大まかな形を切り出してから、鑿(のみ)を用いて形を彫り出す。檜の香りと鑿を打つ槌音とが公開制作室に溢れた。公開制作日として当初設定した日以外にも馬塲は連日のように来館し制作を重ねた。6月には首を大きく上に向けたキリンの姿が現われ、細部を丁寧に仕上げる日々が続いた。各パーツを固定し、たてがみと尻尾に馬の毛を植え、最後に彩色を行なう。白木の段階でも豊かな表情を見せていたが、色が加わることで存在感がさらに増していった。馬塲は目の表現にこだわり、キリンの持つ長いまつ毛を細かく彫り出し、さらに濡れたような光沢のある眼を丁寧に彩色した。こうして馬塲の彫刻の特徴である、まるで話しかけてきそうな彫刻がこうして生み出された。
制作中の公開制作室には、馬塲の手がけてきた作品に加えて、制作の過程を示す図面や形を粗どりされた段階の像も並べられた。これは、「木彫」という技法自体を多くの人に伝えたいという馬塲の思いによるものである。馬塲はこれまで取り組んできたアトリエ公開なども、自身の活動のみならず木彫の普及活動として捉え、積極的にその技法を伝えてきた。今回も、公開制作室を訪れた多くの人に対して、木彫の技法、材料をはじめ、いま取り組んでいるのがどの段階の作業なのかを丁寧に説明する馬塲の姿が印象的であった。作業用の机や彫刻刀などが並ぶ公開制作室はさながら馬塲の工房で、特に多種多様な彫刻刀、鑿などの道具は多くの人の注目を集めていた。
作家という存在をもっと身近に
制作と併行して、「木彫道場」と名づけたワークショップを開催した。馬塲は、自身のアトリエをはじめさまざまな場所でのワークショップ講師の経験も豊富であり、今回は本格的な木彫に一から取り組むことを目指して、3回連続形式とした。初めて木彫に取り組むという参加者も多く、図面を描くところからスタートして試行錯誤を繰り返しながら徐々に作品が出来上がっていった。塑像と異なり、彫像の場合は不要なパーツを削ぎ落として形を彫り出していくわけだが、初めて取り組むとこれがなかなか難しい。馬塲の制作をなぞるように段階を追って制作を重ね、追加で創作室を開放する時間も設けて9名の方々の作品が完成した。
完成した馬塲の「白いキリンの夢」と題された作品と、馬塲のこれまでの作品の数々、そして「木彫道場」参加者の作品とが展示に並んだ。完成した白いキリンの像は、真上からの光に照らされ静かに、しかし雄弁に公開制作室に佇んだ。週末には監視と作品についての説明を行なう普及員の立ち会いのもと、室内を公開し、それ以外の日はガラス越しに作品をご覧いただいた。展示の初日にあたる7月1日には、馬塲のアーティストトークも行なわれた。馬塲の作品は上述の通り、豊かな表情があり、さらに作品のタイトルも物語性に富んでいる。そうした作品のなかでキリンの作品がどのように位置付けられるのか、今回の作品がこれまでのキリン像と異なる点などについてじっくりと語られた。制作の過程を見てきたけれども、こうして完成し展示されるとまた雰囲気が異なる、という声も聞かれ、多くの方々にご覧いただく機会となった。
ところで、当館で行なっている教育普及活動のひとつに「美術鑑賞教室」がある。府中市内の小学生は在学中、5〜6年生のタイミングで必ず一度は美術館を訪れ展覧会を鑑賞することになっている。筆者は作品の背後にある作家という存在を身近に感じてほしい、との思いからなるべく公開制作室に小学生を誘うことにしている。作品のつくり手を想像することはなかなか難しいことであり、さらに「作家」というのは馴染みの薄い存在である。一方で彼ら自身は、自ら図工の授業などで作品を生み出す側でもある。今回の制作期間中に公開制作室を訪れた小学生たちも、自分たちにも馴染みのある道具である彫刻刀を用いて形づくられていく木彫作品に大いに関心を示していた。どうやって形を彫り出していくのか、どのように色をつくるのかなど具体的な質問も寄せられ、鑑賞と制作とが循環する機会となっていることを実感した。こうした出会いの場を提供し続けること、それも本プログラムの大きな意義である。
これまで関わってきた公開制作を振り返り、改めて本プログラムの最大の魅力は、作品が生み出されていく場に立ち会うことができることだと感じている。展覧会に並ぶ作品は、基本的に作家が制作を完了してきた、いわば静的な状態にある。しかし、ここ公開制作室では現在進行形で作品が生み出される瞬間に立ち会うことができるのだ。作品制作がいかにエネルギッシュなものであるのか、作家が全身全霊で自分を囲む世界と対峙して作品を生み出す過程がどのようなものか、身をもって知ることができる稀有な機会である。もちろん、制作の過程では予期せぬ出来事が起こることもある。作家と対峙して制作を見守るこのプログラムに、かなりのエネルギーが必要なことも、事実である。しかしそれでも本プログラムがこれまで23年にわたり積み重ねられてきたのは、これまで携わってきた学芸員一人ひとりが制作の現場に携わることの魅力を感じ、そしてそれを多くの方に伝えたいという思いを持ってきたからだと、実感している。これからも、1人でも多くの方に、実際に当館の公開制作室に足を運んで、作品が生み出されていく過程に立ち会っていただきたいと願っている。