キュレーターズノート
初冬の東北、アートシーンを訪ね歩く
日沼禎子(国際芸術センター青森)
2009年01月15日号
本格的な冬も間近な11月末。湿り気を帯びた寒さにいまだ慣れない体を小さく震わせながら、青森駅を出発する。目的地は秋田、雫石、仙台である。東北は広く、それぞれの土地特有の空気感がある。自然環境、人、言葉。冬はそれらをもっとも強く感じられる季節だ。そのことを体で確かめたくて旅に出る。ここに旨い物、温泉、といきたいところだが、アートシーンだけに留めておこう。
まずは、秋田の県都・秋田市を訪ねる。ここには新旧の時代を結ぶかのような、志の高い芸術拠点がある。新世代代表はアートスペース「ココラボラトリー(通称:ココラボ)」。意欲ある地域のアーティストたちの発表の場を提供するほか、自主企画によるワークショップ、演劇公演、音楽ライブなどを多彩に展開している。スペースを主宰する笹尾千草は、京都造形芸術大学を卒業し帰郷。秋田を拠点に活躍するデザイナーの後藤仁とともにスペースをオープンさせ、今年で3周年を迎えた。「ココ」(coco)に、「地域」(ここ)/「個人」(個々)/「共同」(co-)という3つの意味を込め、皆で地域を充実させる実験室となることを目指している。場所は明治時代からの歓楽街・川反(かわばた)。ビル1軒を笹尾が借り上げ、1Fがココラボ、2Fは服飾資材工房の「トワル.rui」、3Fが自家焙煎の珈琲豆屋&喫茶の「石田珈琲店」、アート&デザイン関連の書籍を販売する「まど枠」、そして笹尾個人が企画・展示を行なうスペース「project room sasao」がある。いずれも秋田に移住またはUターンしてきた、同世代のクリエイティビティ溢れる経営者たちによる店舗・事務所が同居し、ビル全体に独特の空気感を作り出している。笹尾はそうした経営者の一人であり、創造的な生活を望む人々の繋ぎ役であり、こうした活動は、まちづくりの観点からも注目され始めている。しかし、ココラボのメンバーたちは、まちづくりではなく、あくまでも等身大の生活に寄り添う「表現そのもの」であることを大切にしている。そのことが、創造者たちの共感をよび、愛されている理由なのだろう。
さて、秋田の「旧」を代表するのは、秋田藩・久保田城跡地、千秋公園の堀端に建つ「平野政吉美術館」である。同美術館は、平野政吉(1895[明治28]年~1989[平成元]年)が収集した美術品の320点を財団法人平野政吉美術館に寄贈。秋田県立美術館内の展示室として位置付けられ1967年に開館した。平野は、大地主の長男として秋田市に生まれ、若い頃は画家志望であった。10代から93歳で亡くなるまで、西欧絵画、秋田蘭画、浮世絵、陶器などを多数収集。特に藤田嗣治との交友から貴重な代表作を所有した。なかでも、縦365×横2,050cmもの油彩による大壁画《秋田の行事》は圧巻。1937年の2月から3月にかけ平野政吉の米蔵をアトリエにし15日間で完成させた。いまでいうところのアーティスト・イン・レジデンスである。悲願であった美術館建設にあたり、66年、平野は在フランスの藤田を訪ね、美術館建設の報告とともに、建物の外観、そして大作《秋田の行事》を含むコレクション展示室のデザインについてアドバイスを受けたのだという。開館の折の平野のメッセージにはこう書かれてある。「純粋芸術品を通じて青少年が豊かな人間に成長することを願ってやみません」と。こうして残された平野政吉の意志は、40年もの時を経たいま、ココラボの笹尾をはじめとした若き創造者たちの誇りとなっている。現在、秋田県立美術館は、新たな都市計画の一部として中央街区への移転が決定されている。平野、藤田との強い絆の証、そして秋田の将来を担う人々の意志は、どのようなかたちで次世代へ引き継がれていくのだろうか。