2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

キュレーターズノート

放課後のはらっぱ──櫃田伸也とその教え子たち

能勢陽子(豊田市美術館)

2009年09月01日号

 これまで日本の現代美術シーンは、東京、関西という二極分化で語られることはあっても、そこに愛知が加わることはほとんどなかった。しかし90年代後半になり、奈良美智や杉戸洋といった画家が国内のみならず海外でも知られるようになる。ほかに長谷川繁、小林孝亘、額田宣彦、村瀬恭子、登山博文、またより若い世代の加藤美佳、安藤正子の名を挙げれば、愛知が特にすぐれたペインターを排出する特別の土壌を持っているように感じられるだろう。その背景には、画家・櫃田伸也と愛知県立芸術大学のある長久手の存在があった。

 本展は、1975年から2001年の25年間に掛け、愛知県立芸術大学で教鞭を取った櫃田の教え子たちが、師の仕事を紹介し、ともにひとつの展覧会をつくり上げたいとの思いから実現したものである。そして「放課後のはらっぱ」というタイトルどおり、のどかな丘陵地で、授業という枠を超えて展開された師と教え子、また美術を志す者同士の、のびのびと自由であるがゆえに創造的な交流が、それぞれの制作にいかに大きな糧を与えたかを、存分に伝える内容になっていた。

 まず会場を回ったとき、最初に感じたのは、その展示の素晴らしさである。並べて展示された作品同士が、その類似というだけでなく、色彩、構成ともにすばらしく呼応して、全体がひとつの空間をつくり上げている。それぞれの作家を仕切る壁も、作品の大きさの緊張感あるバランスも、壁を占める絵画の分量も、ところどころに塗られた展示室のピンクやグレーの色のつくり出すメリハリも、じつに見事で、いつもの見慣れた美術館の展示室の雰囲気が軽やかに一変していた。また櫃田が制作に使用する切り抜き、写真、アトリエの蔵書なども展示されていたが、それらはいかにも資料といった分断された扱いではなく、展示作品と呼応してその一部となり、作品の世界を広げていた。聞けば展示は杉戸洋、資料は奈良美智が構成したということであったが、確かに展示には杉戸、資料の提示の仕方には奈良の感性が感じ取られた。作家であるからこそ可能な、作品理解と繊細さを兼ね備えた展示であった。上記のペインターのほかに、設楽知昭、櫃田珠実、加藤英人、古草敦史、佐藤克久、木村みちか、城戸保、小林耕平、渡辺豪といった作家達も展示されているが、全員がペインターというわけではなく、むしろそれぞれ異なる個性の持ち主である。しかしその彼らの作品を繋いでいくのが、やはり櫃田の作品である。櫃田の作品はすべての作家とともに展示されていたが、その奥行きを画面の表面に留めながら、同時に豊かなイリュージョンを感じさせる不可思議な空間性が、多大な寛容性を示して、それぞれの作家の作品と呼応し際立たせて、空間全体に広がっていくような印象を与えた。総勢19名の作家の個性はじつにさまざまであるが、一見そうはみえない作家の場合でも、すべての作品に櫃田の存在の痕跡がなんらかの形で見出せることを、改めて再発見するのだった。

 こうした師と教え子たち、もしくは昔からの旧友同士の展示というのは、どこか「仲良し」展のような内輪的な雰囲気になってしまうのではないかとの危惧もあるだろう。しかし実際の展示を前にすると、本展がある芸術大学の一時期の交流を示しただけのものではないことがわかる。そこに並べられていた作家達に共通した要素を見出すとすれば、それは長久手という土地柄もあり、彼らが溢れんばかりの美術の情報から距離を取って、自らの感覚を頼りに作品を制作していったということにあるだろう。彼らは首都圏の美術館やギャラリーで次々と開催される展覧会を足繁く観て周り、時代の潮流を掴んで自らの立ち位置を確認するといった作業から、自然遠のいていた。その彼らに自らの力を信じさせ、制作に対する想いを励ましていたのが、櫃田だったのである。




「はらっぱ」展、展示風景
撮影=怡土鉄夫

放課後のはらっぱ──櫃田伸也とその教え子たち

会場:[A]愛知県美術館、[B]名古屋市美術館
会期:[A]8月28日(金)〜10月25日(日)、[B]8月22日(土)〜10月18日(日)

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