キュレーターズノート
アジア・アート・アワード・フォーラム
渡部里奈(山口情報芸術センター[YCAM])
2010年04月15日号
近年、急激な経済発展を背景に、東アジアにおける現代アートシーンとアートマーケットのヒエラルキーが大きく変化し、その中心地が中国、韓国へシフトしつつある。特に今回訪れた韓国では、美術館が大企業のサポートを得るかたちで、海外の高等教育機関で養成されたスタッフが配され、また一方では行政レベルで、情報メディア産業の集積や、経済・文化・環境と調和を保った連携的発展を目指し、グローバルな視点にもとづいた展開が戦略的に行なわれている。国際的なフォーラムやフェスティバル、展覧会などが発信される重要な起点として韓国が位置づけられつつあることを実感させられる。
20世紀以降、アート、文化、経済、科学はいずれも欧米が牽引し、アジアはそれに追随するかたちをとり、その入口が日本であるという構図があったかもしれない。しかし、近年、アジアにおいて、欧米と対等なかたちで、21世紀の新たなコンテンポラリーアートシーンを生み出していこうとする意欲が高まってきたとすれば、それは、中国、韓国における底力拡大と制度的/人的意識改革が大きく作用しているのではないか。今回訪れた「アジア・アート・アワード・フォーラム」は、ディレクターのソ・ジンスク氏(オルタナティブ・スペース・ループ/ソウル[韓国])によってディレクションされた国際的な企画であるが、アジアにおけるアートのハブ拠点を形成することを意図し、ソウルの韓国国立博物館とソマ(Soma)美術館にて、4月9日から開催された(主催:CJ文化財団、オルタナティブ・スペース・ループ、韓国スポーツ振興財団)。アワード(展覧会)、フォーラム、レクチャーの3部構成となる本プログラムの一部を視察してきたので、報告したい。
本フォーラムでは、現代美術におけるインフラとして、密な人的ネットワークを構築することを目的に、約50〜100名のアートリーダー(批評家、キュレーター、ジャーナリスト、ギャラリスト、哲学者、研究者など)を韓国の主催者が招聘。21世紀社会における新たな社会のパラダイムとして、さまざまな変化を引き起こすデジタルテクノロジーの進化とグローバル化する資本主義を背景に、アジアあるいは環太平洋圏が、新たな文化、芸術、哲学の中心になるための視点を生み出す対話の場として意図された点が特徴的である。「アートと都市」「オリエンタル・メタファー」「アート&テクノロジー」「メディアアーカイヴネットワーク」の4つのテーマで、7日間にわたって討議された(入場無料)。東アジアから発信する国際的アートシーンを、現代美術だけでなくデジタルカルチャー、メディアアートまでを、分断せずに総括的にとらえようとする方向性を打ち出しており、それをむしろ非西洋圏からの新たなストリームとして位置づけようとする積極的な姿勢が見て取れる。
私は「オリエンタル・メタファー」の2日目と「アート&テクノロジー」の初日のフォーラムを聴講したのだが、21世紀の世紀の変わり目以降、世界のヘゲモニーは変化し、アジアは社会、経済、文化において関係性を再編し、独自の発展形態を構築しつつあるが、前者のセクションでは、アジア諸国自体の新たなパラダイムの台頭に目を向け、「アジア性(Asianness)」のメタファーをあえて再評価/再検討することによって、オリエンタリズムの異なる定義だけでなく、21世紀の実質的な方向性について問うものになっていた。また、「アート&テクノロジー」のセクションでは、90年以降から現在までの急激なデジタルテクノロジーの発展により変化する人間の知覚への新たなアプローチが、日本、韓国、中国の3名のパネリストから紹介された。
「拡張された感覚──絶え間ない異化プロセスとしての」と題した四方幸子氏(インディペンデントキュレーター/批評家)のプレゼンテーションでは、社会や自然、身体などの非線形的な現象を計測、観測し、コードとして情報化することによって、可視化され、身体を拡張/変容させていくさまざまなメディアアート作品を紹介。環境と人間をめぐる情報のダイナミックな相互フィードバックのプロセスにおいて、人間の感覚が拡張され、さらに環境から影響を受けて情報に対する差異化が行なわれていく。90年代以降、ネットワークを介して絶えず変容し続ける「身体」をクリエイティブな視点で可視化するメディアアートの系譜が、鋭い切り口から紹介された。
中国のチャン・ガ氏は、2008年にオリンピックの文化イベントとして北京で開催し、約30カ国から50以上のメディアアートを展示した中国初の大規模な国際的なメディアアートの展覧会「SYNTHETIC TIMES - Media Art China 2008」を企画したアーティスティックディレクターであり、現代における時間や同期性の問題を、メディアアートといかに結びつけて考えるかにフォーカスした発表を行なった。北京の展覧会が総花的なものだったのに対して、ここでの分析は独自の視点を切り出している。
また、韓国のユン・ジュンサン氏(崇實大学グローバルメディア学部教授)の発表によると、韓国では、「BK(Brain Korea)21」と呼ばれる世界水準の大学院や人材育成、支援を目的としたプログラムがあり、国家的な次元で21世紀の知識基盤社会を主導できる人材を養成するシステムを1999年から長期計画に基づいて構築している。現在、550人の大学院生がサポートを受け、そのうち約120人が情報科学(メディアアートの制作やデザイン、理論研究を含む)に携わっているという。メディアアートと感覚をテーマに、テクノロジーがいかにわれわれの感覚を変容させてきたかが美的経験の視点から紹介された。
そのほか、日本からのパネリストとしては、フォーラムの「アートと都市」セクションでは、長谷川祐子氏(東京現代美術館チーフキュレーター)、片岡真実氏(森美術館チーフキュレーター)、三瀦末雄氏(ミズマアートギャラリーディレクター)、「アート&テクノロジー」では、住友文彦氏(メディア・シティ・ソウル2010キュレーター)、四方幸子氏(前掲)、「メディアアーカイヴネットワーク」のセクションでは、畠中実氏(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]シニアキュレーター)がプレゼンテーションを行なった。また「21世紀の文化的複雑性」と題したレクチャーでは、池田修氏(BankART1929代表)、「21世紀のアジアにおけるコンテンポラリーアート」についてのレクチャーでは飯田志保子氏(クイーンズランド・アートギャラリー客員キュレーター)が招聘され、各々30分程度のプレゼンテーションが行なわれた。こうしてみると、日本からの発表者もかなり多い。ディスカッションでは、日本人以外のパネリストから、日本におけるアートシーンについて言及される場面が少なからずあったが、日本人のオーディエンスはあまり多くないように見受けられた。
また、韓国をはじめ中国、インド、インドネシア、マレーシア、タイなどのアジア圏やオーストラリア以外に、欧米からは、ジョナサン・ワトキンス氏(IKON Gallery館長/バーミンガム[UK])、マッシミリアーノ・ジオーニ氏(New Museumキュレーター/ニューヨーク[USA]、光州ビエンナーレ2010アーティスティックディレクター)、ベルンハルト・ゼレクセ氏(ZKMチーフキュレーター/カールスルーエ[ドイツ])、マイク・スタッブス氏(FACT[Foundation for Art and Creative Technology]ディレクター)ほかアート関係者が招聘されていた。