キュレーターズノート
アジア・アート・アワード・フォーラム
渡部里奈(山口情報芸術センター[YCAM])
2010年04月15日号
今年、韓国では、国際イベントとしてメディアシティ・ソウルや光州ビエンナーレが開催され、再来年の2012年には、ドイツでDocumenta 13が予定されている。これらに携わる国際的なアート関係者が、このタイミングで、アジア・アート・アワード・フォーラムの場で一堂に会し、アートを巡る現在形を共有し、領域横断的に対話を重ねる基盤構築のトライアルは、企画性としても有効なネットワークを見出すための明確なヴィジョンに基づいている。「アジア・アート・アワード・フォーラム」に通底する、地政と時代の移行期を読み抜く戦略的知性に学ぶところは多い。
翻って日本の現状と未来はどうなのかを考えさせられた。いろいろな意味で、アジアに限らずワールドワイドなアートシーンにおけるソウル市または韓国のハブとしての存在意義、企画力、アピールの巧みさを強く印象づけられる機会となった。なお、フォーラムおよびレクチャー(アジア各国の現代美術をめぐる現在形を発表)では、パネリストの発表内容をまとめた出版物(韓国語/英語)の発行や、会場での韓国語、日本語、英語の同時通訳など、多言語への配慮や今後の展開を見据えた構築的アーカイヴの意図が伺えた。また、アート&テクノロジーのセッションは、地元の大学生を中心とした若者を中心に熱心な観客が多く集まり、その注目度の高さを実感した。
フォーラムを通じて共通していた切実かつリアルな問題として、これまで手本とし追随してきた、発信者としての「西洋」、受容する側としての「東洋」という二項構造と、地理的、軍事的要因による地政学的観点からの「オリエンタリズム」の視点では、今後は発展し得ないという意識がある。むしろ、西洋/東洋をセグメントすることから離れ、新たな基軸として、「知覚する身体」という人間としての共通基盤において、無意識的に表面化してくる個々の要素へフォーカスを移行しようとしているようにも思われる。個々の身体に潜在する歴史的/社会的/倫理的/政治的/哲学的背景がもたらす共通性/特異性においてこそ新たなダイアローグが生まれ得るのではないかということだ。その意味で、アートにおけるメディアテクノロジーの存在は、これからの文明や社会に不可欠な共通の要素として目のつけどころとなるだろう。従来の美術史や現代美術のなかで必ずしも積極的に位置づけられてこなかったメディアアートを、対立的要素としてでなく人間が社会においてどのような問題に対峙し、いかなる問題を包含し、提起し得るのかという普遍性と共有性に基づいたファクターとして機能させようということだろうか。
韓国におけるメディアアートの受容は、ある側面では、テクノロジーのもたらす表象を誇示するコマーシャルな技術的表現性にだけ注目が先行し、その結果、驚きを与えるアミューズメント性の部分だけが強調される傾向もあり、理解の域を超えた抵抗感を受ける人も多いという。一方で、高度な専門教育を受け、アルゴリズムの芸術的意味や可能性を理解し、メディアアートがもたらす新たな時間性の問題を歴史軸とリンクさせながら探究する柔軟かつ積極的なアプローチも存在する。デジタルカルチャーにおける、日本、韓国、中国の各国における受容や探求性に、現状ではそれなりの差や特性としての差異があるのは当然だとしても、むしろ相対的な多視点性に基づいた共通性/特異性を相互に認識し、提起していくことは可能なことだろう。その可能性にリアリティや新たな意義を見出していく趨勢は、受容の蓄積の差を簡単に乗り越えてしまうかもしれない。
アワードに関しては、アジアの40歳以下の若手アーティストの発掘/育成を目的に、アジア圏の批評家、キュレーターによりノミネートされ、アレクサンドラ・モンロー氏(グッゲンハイム美術館キュレーター)、アピナン・ポーサヤーナン氏(タイ王国文化省)、キャロライン・クリストフ=バカルギエフ氏(Documenta 13 アーティスティックディレクター)、南條史生氏(森美術館館長)、ジョナサン・ワトキンス氏(IKON Gallery館長)、キム・ホンヒ氏(京畿道美術館館長)、ウー・ホン氏(シカゴ大学教授)の7名の審査員による審査の結果、タイのアーティスト、アピチャッポン・ウィーラセタクン氏が受賞。本アワードは今回が第1回目であり、この受賞は、すでに世界的な活動によって評価を得ているウィーラセタクンが牽引者の役割を担い、今後の起爆剤として機能させていくというかたちとして見てもよいだろう。ソマ美術館では、最終選考で選ばれた6組のアーティスト(日本からはChim↑Pomが入賞)の展覧会を見ることができる(6月6日まで。その後、中国、日本に巡回予定)。
本フォーラムに先駆け、オルタナティブ・スペース・ループ(Alternative Space LOOP)では、展覧会「MOVE ON ASIA 2010」がスタートした。オーストラリア、中国、香港、インド、インドネシア、日本、韓国、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムのキュレーター/批評家によって選出されたビデオアート作品30点が紹介されている。西洋化が進むグローバリゼーションに対して、オルタナティブなアジアのアートを再解釈し、アジアの現代におけるアートの可能性を探究するプログラムが同時開催されていることも記しておきたい。