2021年08月01日号
次回9月1日更新予定

キュレーターズノート

高木正勝ピアノソロコンサートツアー「Ymene(イネメ)」 名古屋公演/トランスフォーメーション展

能勢陽子(豊田市美術館)

2010年12月01日号

 数年前から、高木正勝の作品にこれまでとは異なる流れが入り込んでいるような印象を受けている。それまでの鮮やかな色彩溢れる子どもたちや少女の、ある種多幸症的といえるようなまぶしくきらめくイメージのなかに、その不協和音のように禍々しいほどの生命力を感じさせるものが流れ込んでいる。それは、ここ数年来高木が関心を寄せている、古来の文化や世界各地の神話が根差している、人間の深層に眠る原初的な力といったものから来ているようだ。

 高木正勝のピアノソロコンサート「Ymene(イネメ)」(11月24日@名古屋市芸術創造センター)の “イネメ”とは、“夢の根”を意味する高木の造語である。高木は映像と音楽のどちらも創造することのできる特異なタイプの作家だが、その両者を重ね合わせることで、それぞれ単独では生じえない物語のイメージが、複雑な襞のようになって現われてくる。一瞬一瞬が絵画として成立するほどの完成度で、荘厳さと刹那的な瞬間が折り重なって、めくるめく流れていく。それは固定した画面から自由になり、絶えず変容していく絵画としての、官能的なほどの豊饒さを感じさせる。《NIHITI》では、海が宇宙全体と一体となったような場で水遊びをする子どもたちのあげる水しぶきや、彼らの伸縮する体そのものから、溢れんばかりのエネルギーが火花のように飛び出し、空間全体に放出される。《Yneme》は、鳥からみた世界ということだが、空から地上に飛び込む視点に加え、脱皮し続ける胎児や、胎児を受け止める花弁のようなイメージは、そこに人間の誕生にまつわる祝福と苦痛のイメージが織り込まれていることを想起させる。ライブで展開される映像とピアノの演奏は、あたかも神話のように無意識の深源に繋がっているようであり、一度も見たことがないはずなのに、不思議と懐かしさを感じさせた。


高木正勝《Yneme》(部分)

 《Ymene》は、東京都現代美術館で開催中のトランスフォーメーション展にも出品されている。本展は、人間とそうでないものの間の領域における「変身−変容」のイメージ──中沢新一氏がいうところの対称性の知から生じてくるもの──を、芸術表現のなかに探ろうとするものである。本展において、バルティ・ケールやジャガンナート・パンダといった、人間と動物、文明と動物といったものとの異種混交的なイメージには、正直そんなに心を惹かれなかった。人間と他のものとのハイブリッドは、西洋・東洋問わず過去の絵画でもたくさん現われており、人間は、神や怪物、悪魔など、観たことのないものを表わそうとするとき、動物などのすでに知っているものとのハイブリットとしてそれを表現するという。しかし、高木の映像、またマシュー・バーニーの《クレマスター3》は、私たちが想像さえできない、人間が誕生する以前の胎内での長い変容の過程を、神秘的、象徴的に物語りえているような印象を与える。それは、自身も知らないほどの奥底に眠るイメージに近づいていくような体験で、実に驚嘆すべきものである。またヤン・ファーブルの、頭部からヤギの角やロバの耳を生やした、ずらりと居並ぶ胸像は、崇高性と獣性を帯びた禍々しい狂気を感じさせ、人間が触知できない領域にアクセスさせるかのようであった。こうした芸術体験を通して私たちは、生の不可思議さに触れることができるのかもしれない。
 芸術は、文明そのもののように思われているけれども、むしろ文明化された世界のなかに唯一残された、現代の魔術ともいえる力を秘めているのかもしれない。そしてそのようなものとしての芸術が、多様性を帯びているようにみえてその実、息苦しさを感じさせる現代の社会に、求められているのかもしれない。高木正勝のライブ公演《Ymene》、そしてトランスフォーメーション展は、そうしたものに対する応答として現われてきているようにも思えた。


左:マシュー・バーニー《クレマスター3:ファイブ・ポインツ・オブ・フェローシップ》2002
Collection of the Artist, Courtesy: Gladstone Gallery, New York
右:ヤン・ファーブル《第15章(ブロンズ)》2010
©JAN FABRE-ANGELOS
提供=東京都現代美術館

高木正勝ピアノソロコンサートツアー「Ymene(イネメ)」 名古屋公演

会期:2010年11月24日(水)
会場:名古屋市芸術創造センター
愛知県名古屋市東区葵1丁目3-27/Tel. 052-931-1811

トランスフォーメーション展

会期:2010年10月29日(金)〜2011年1月30日(日)
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1/Tel. 03-5245-4111

キュレーターズノート /relation/e_00010948.json、/relation/e_00010352.json l 1225409

文字の大きさ