キュレーターズノート
国立美術館巡回展/FLAT LAND──絵画の力/實松亮+安部貴住「循環と置換」
中井康之(国立国際美術館)
2010年12月15日号
対象美術館
さて、今期の関西での動きのなかで取り上げたいのは、前々回にもレポートした京都市立芸術大学ギャラリーで開催されていた展覧会「FLAT LAND──絵画の力」である。実は、正直な話、同展にはあまり多くを期待をしていなかった。同大学創立130周年という題目によって京都市内の多くのギャラリーを同記念展に仕立て、その中核を担う展覧会として同大学ギャラリーにおいて同校出身者のVOCA賞展などのコンペで入賞しているようなレベルの力のある若手作家を中心として集合させて並べたような、少し簡便な手法と映ったからである。しかしながら、実際にはその予測はいい意味で裏切られた。先にも記したように、そこに出品していた多くの作家は幸先の良いスタートを切り、次の展開を見せる少し前という微妙な世代(ほとんどが30歳代前半)によって構成されていた。
例えば、横内賢太郎は2年前にVOCA賞を受賞してにわかに注目を集めた作家である。印刷された画像をステイニングという技法を介在させることによってその間接性を際立たせるような方法論は、繰り返し用いられることによって短期間に消耗されてしまうような不安を抱いていたのであるが、今回展示されていた作品は、これまでのように印刷物のような媒体を予感させるものは消え、人物像のような画像を想起させるような染みによって構成するという新たな試みを展開していた。オーバルの型枠を利用して古典的な肖像画を類推させたり、人物のダブルイメージと下地の質を変えることによって画面の空間を重層化するなどの方法が、真摯に絵画に取り組もうとする姿勢として評価されるべきものとして現われていたのである。
あるいはもう一人例示するならば北城貴子の新作である。彼女の初期作品には具象的な表現は介在していなかったが、2006年に大原美術館でアーティスト・イン・レジデンスに参加して以降、一転して風景(を介して光を描いていた、という本人の弁があるが)画を描くようになった。今回発表されていた3枚のカンヴァスを間隔を開けて横に並べた作品は、木々の木漏れ日から光が溢れているという状況から飛躍し、絵の具のマチエール自体として主張しているような表現が画面に表出することによって絵画強度を違うレベルにまで高めていた。
彼ら2人だけではなく、出品していた者すべて、川口奈々子、ロバート・プラット、増田佳江、高木紗恵子、中岡真珠美、小柳裕、大竹竜太、前田朋子、彼ら彼女らそれぞれが、最初のステップから一定期間をおいて、自らの在り方を真剣に問うような姿勢が明確になり始めており、そんな作家を、しっかりと選択していることを伺い知ることができたのである。本展企画者による、そのような個々の作家に対する丁寧な眼差しは展示手法にもしっかりと跡づけられていたのだが、その解説を始めるとあまりにも煩雑になるので別の機会を考えたい。