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福島から広がる表現のかたち
──大風呂敷サミット2017シンポジウム「大風呂敷はどこへ行く?」
山岸清之進(プロジェクトFUKUSHIMA! 代表)/中崎透(美術家、プロジェクトFUKUSHIMA!)/アサノコウタ(建築家、プロジェクトFUKUSHIMA!)/大風呂敷チーム(愛知県名古屋市、岐阜県多治見市、札幌市、東京都豊島区、福島県耶麻郡猪苗代町、福島県福島市)/藤井光(美術家、映画監督)
2017年09月15日号
荒川──F/Tでは初めての方でも活動に参加しやすいように、あえて目的をはっきりさせた「縫い隊」や「盆踊り隊」といった構造を作りました。たしかに、私たちがフェスティバルFUKUSHIMA! を開催していた2014年から2016年までは構造的なつながりだったと思います。でも、2016年にF/TでのフェスティバルFUKUSHIMA! が終わってから派生してくる共同体は、いままでの活動のなかで共有した思いを自分たちで何かに変えていくもので、それは私たちがつくっていたものとは違うつながりなのかな、とちょっと思ったりしています。
藤井──いい切り返しですね。
中崎──SIAF事務局の意見も聞きたいですね。
宮岡完(札幌国際芸術祭事務局)──今出た話が札幌はまさに凝縮されていると思うんです。一回目はプロジェクトFUKUSHIMA! の活動がパッケージとしてまるごとやって来て、それをきっかけにコミュニティがたち上がり、「さっぽろ八月祭」というかたちで継続するシステムができました。そこに大友良英さんがSIAF2017のゲストディレクターに選ばれ、新しくまた大風呂敷を広げようという話がでてきた。いまは、そこでの大義名分が明確にならないまま札幌の大風呂敷プロジェクトが動きだしている状態です。ひょっとして大友さんはみんなで考えたらいいと思ってたのかしれませんが、その答えを8月の芸術祭本番になにかのかたちで披露しなければいけない。既存のコミュニティを超えてなにができるのか、今後札幌でやることをもっと具体的に考えなければと思っているところです。
藤井──でもそのプロセスは、もう少し複雑にできると思うんですね。
アサノ──さらにプロジェクトFUKUSHIMA! の存在が札幌を複雑化させています。札幌の次の段階にプロジェクトFUKUSHIMA! がコミットしていく時の関わり方は考える必要がありますね。
中崎──やっぱりまる6年経ってそもそもの話をすると、なんかこの人、昔の話してるなってリアクションを感じるようになりました。今日のように立ち戻って話す機会はもちろん大事だけど、それを毎回やるには無理が生じるくらいの時間が経ったんだなって。札幌では必ずしも毎回福島の由来に戻らなくてもいいと思ってます。愛知や森美術館でも、福島で始まった時の意味や意義とは関係なく、行為だけで成立することが起こり得ているわけだから、大風呂敷が表現形式として自律する口実みたいなものはあるといいかな。だけど、それが確かにいろんなところで利用されそうなことでもあるとは思います。
いまの福島を伝え、考えるための形式
藤井──今中崎さんが言ったことをふむふむと聞いていた人に疑問を投げかけたいと思います。それぞれ皆さんで考えてほしいんですが、芸術の表現形式が社会から自律したものとして現れることは可能なのでしょうか? 美術史において、アメリカ抽象表現主義者が社会主義リアリズムからの自由を追求しましたが、資本主義経済に拘束されましたよね。いま中崎さんが言ったことは、芸術の創造と、その受容の仕組みがあたかも社会から自律し単独で成立するという錯覚へ皆さんを導こうとする言葉だと思います。しかし、もう一度振り返ってほしい。2011年の福島ではなく、今日現在の福島をです。2017年の福島の現実とどう向き合うかという問題と、遠藤ミチロウさんが「ありのままの福島を伝える」と宣言してスタートしたプロジェクトFUKUSHIMA! の活動はそもそも切り離せない。福島について考えることは、たえず政治的社会的問題をひきずらざるを得ないと思うんです。僕は皆さんには、抽象絵画としての大風呂敷ではなく、むしろ今日現在の福島を見つめ直すような活動を行なってほしいなと思ってます。
山岸──2017年の札幌国際芸術祭で大風呂敷を広げることに関して、はじめは僕も札幌市民が芸術祭の中心になっていけばいいと思って見てたんですが、でも福島を切り離して考えるものではないと思い直したところがあります。それは福島が置かれる現在の状況が、まる5年経った2016年頃から潮目が変わった感がものすごくあって、僕の考えも変わってきました。各地それぞれ自律的に進むのも面白いんだけど、もう少し福島をしっかり刻んでいきたいと。でもそれは毎回「そもそも……」って話すことじゃなくて、札幌の皆さんといっしょにやりながら、福島がきっかけで始まったことを何らかのかたちで残したい。僕らの活動には2011年のフェスティバルに掲げた「未来は私たちの手で」というスローガンがずっと残っています。自分たちの手でつくる、当事者になる、これって実は大友さんが今回の芸術祭で訴えてることと同じだと思うんです。いろんなレベルの関わり方が可能なこの大風呂敷プロジェクトは、札幌国際芸術祭そのものだと僕は思う。だから、福島で広げた以上の規模で大風呂敷を広げようとしてる札幌に、僕らも関わっていきたいです。
会場1──私の周りには、福島での事故の衝撃がとても大きくてまだどう向き合っていいのかわからない人はけっこういます。私自身、大風呂敷の活動を自分が動けない場所からすごく眩しく見ていました。でも去年の八月祭に初めて参加してみたら、色とりどりの布が広がってて、見てる人も踊りの中に入れて、そこに福島の曲が流れて、踏みしめながら福島を思う、とてもいいお祭りで感動しました。だから続いててくれてすごくうれしかったんです。ずっと迷ってて来れなかったけど、5年も続いてたから参加できた、という者もいます。
山岸──盆踊りというかたちをとってから、継続してやっていこうという意識がすごくでてきました。僕が福島を刻んでいかなきゃと言ったのは、いろんな人が入ってこられるプロジェクトになってないといけないと思うから。
沼山寿美枝(札幌チーム)──札幌の工場では初めて来られる方にもタイミングを見て福島から始まったことを伝えるようにしています。そうして大風呂敷を広げたところをみんなに見せてあげたいな。あの感動はなかなか味わえないので、そういう人が増えていくことが、縫って繋げていくように、小さなことから少しずつ大きくなっていくことかなと思ってます。
会場2──2011年に放射線物質の拡散を防ぐ目的でつくられた大風呂敷ですが、今回は札幌駅のコンコースに小さなフラッグを吊り下げると聞いて、なぜそうなったのかわからないんですけど?
山岸──今回のSIAFをSIAFたらしめるビジュアル要素として札幌のあちこちに点在させたい、そのひとつが札幌駅のフラッグだというわけです。大風呂敷を見かけたら、芸術祭のことがイメージできて、今回の芸術祭は多種多様な人々の参加によってつくられるものだ、というふうに見えるといいなと。
アサノ──2011年の福島と今回のフラッグを比較すると、ひっかかるのは当然かと思います。でもプロジェクトFUKUSHIMA! の活動は、福島の今を伝えることなんですよね。プロジェクトFUKUSHIMA! は常に更新されていて、今の福島を伝えるという考え方であれば、駅前コンコースにフラッグとして吊るされることもありかな。普段見ている風景がハレの場に変わる、そういう効果を狙ったフラッグとして、2011年のときの因果関係とは別の考え方で見てほしいと思うんですが。
会場2──それはよくわかります。でも今の福島がもっとリアルに感じられる方法が何かもうひとつあればいいなと思います。
中崎──大風呂敷の布の組み合わせをディレクションしたことって一切なくて、バラバラにつくったものを意図せず広げたことがある種の美しさを生むという、パッチワークはビジュアルアイコンの方法論になっています。大友さんがSIAFに大風呂敷を持ってきたのも、違う考え方を持ったひとたちが、違ったままで一緒にいられる状態を大風呂敷になぞらえてつくりたいってことだと思ってます。
山岸──広げたときの風景の一変する感覚が僕は一番ときめく瞬間なんだけれども、それを2ヶ月に渡って札幌のあちこちで展開できるようにしていきたい。この壮大な大風呂敷の実験が、福島を経て札幌でどう広がっていくかは、いっしょに考えてつくっていくものだと思ってます。
小牧寿里(カメラマン)──私は小樽の小さい町に住んでます。地域はおじいちゃんばっかりで、町内会で子どもが少ないから子ども神輿をなくそうって話がでたんです。僕には小さい子が2人いるし、町から子ども神輿がなくなるのは嫌だと思ったので、手伝いを集めて続けられるようになりました。お祭りの危機があったから集まれたんです。福島の場合は、震災でコミュニティが強制リセットされて、それは緊急非常事態だったけれど、もしかしたら祭りがなくなってしまうような危機環境って、実は僕らそれぞれのまちにもあって、そういうコミュニティの崩壊に対してのアクションがもしかしてこれなのかなと思いました。
中崎──藤井さんの挑発、プロジェクトFUKUSHIMA! 日和ってんじゃねーぞ! 今の福島とちゃんと向き合ってやれ!という檄にも感じたんですけど。
藤井──福島の現在を考えろと言いましたけれども、表現者としてどのように福島の現在を考えるか、という表現の形式が問題なんです。それは決して、福島に関わる時事的な社会問題をプロジェクトの題材として扱えといったことではないですよ。そもそも、芸術活動も含めて膨大な量の福島に関する情報が多様なメディアを通じて流通することで、逆説的に忘却を加速化させてしまったわけだから。もう関心を維持できないという限界が顕在化しているわけです。そのなかで、表現者として出来ることは、自分が従属する表現の形式を批判的に検証することだけです。それによって、現在の福島を考える多様なかたちがあるなと気付くことができます。だから福島を考えろと言ってもね、その方法はいろいろあるよ、みなさんの手に、ということですね。
札幌国際芸術祭2017(SIAF2017)
会期:2017年8月6日(日)〜10月1日(日)
会場:札幌市内各所
主催:札幌国際芸術祭実行委員会/札幌市
ゲストディレクター:大友良英
アーティスト:札幌大風呂敷チーム×プロジェクトFUKUSHIMA!ほか
*9月30日(土)のクロージングイベント「モエレ沼公園 音楽&アート解放区〜大風呂敷を、広げて、たたんで」(10:00〜20:30)では史上最大面積の大風呂敷がひろがる予定。
アンサンブルズ東京
会期:2017年10月15日(日)14:30〜
会場:東京タワー 正面玄関前エリア、南側駐車場など(東京都港区芝公園4丁目2-8)
主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、アンサンブルズ東京実行委員会
【ピースリーマネジメント有限会社、特定非営利活動法人大丸有エリアマネジメント協会、株式会社文化放送】
フェスティバルFUKUSHIMA in TAJIMI! 2017
会期:2017年10月28日(土)14:00〜19:00
会場:多治見ながせ商店街内特設会場
主催:フェスティバルFUKUSHIMA in TAJIMI! 実行委員会 / 特定非営利活動法人プロジェクトFUKUSHIMA!