トピックス

オルタナティヴ・アートスクール
──第4回 自分たちに必要なプロジェクトをつくる アートプロジェクトの0123

白坂由里(美術ライター)

2019年04月15日号

街場に出たアートプロジェクトを通じて、現代アートを初めて知ったという鑑賞者も増えている昨今。そもそもアートプロジェクトはなんのためにあるのか。ほんとうにわたしたちの生活に必要なものなのだろうか。そんなことを根底から問い直しながら、アートの仕事が未経験でも、自分たちに必要なアートプロジェクトを考えられるようになる連続講座が「アートプロジェクトの0123(オイッチニーサン)」(以下、0123)だ。


「TERATOTERA祭り2018 Walls──わたしたちを隔てるもの──」
林千歩《わたしの頭の中はあなたに支配されている》2018 展示風景

このスクールは、第3回でレポートしたTokyo Art Reserch Lab(TARL)ディレクターの森司氏が、吉祥寺で2008年からArt Center Ongoingというオルタナティヴ・スペースを営む小川希氏に依頼して2010年にスタートした。小川氏は2009年から始まったJR中央線の高円寺・吉祥寺・国分寺という3つの「寺」の駅をつなぐ周辺地域で展開するアートプロジェクト「TERATOTERA(テラトテラ)」のディレクターでもある。当初から企図していたわけではないが、0123で理論を学び、TERATOTERAで実践するというように、自ずと二つの場所が結びついていく。実験的なアートを紹介し続けてきた小川氏が、アーティストと組む仕事のリスクや豊かさを、アートの世界をよく知らない受講生にどのように伝授してきたのか話を聞いた。



Art Center Ongoingのディレクター、小川希氏

「最初は、1年間かけて美術史を学び、アーティストやキュレーターなどの話を聞き、文章を書くといった連続講義の0123を毎年やっていましたが、4年目には実践編の456(しこむ)を1年かけて行い、5年目・6年目に789(なやむ)というトークセッションを2年かけて行ないました。456のときに、まったくアートの世界を知らない受講生10人ぐらいのバラバラの意見をまとめてひとつの展覧会を作ったのですが、さすがに本人たちにも難しくて、 現在は、まずは個々で企画を考えるところまでを1年間で身につけるプログラムとしています」。



『アートプロジェクトの悩み──現場のプロたちはいつも何に直面しているのか』(フィルムアート社、2016)
「アートプロジェクトで789(なやむ)」の記録集。さまざまなアートプロジェクトに携わってきた「現場のプロ」の本音が詰まった連続対談を収録。

2018年度のレクチャーは6月〜2月の隔週木曜日、全17回にわたりアーツカウンシル東京 ROOM302(3331 Arts Chiyoda内)で行なわれた。カリキュラムは4つのテーマで構成されている。

  1. アートの歴史・アートの概念を学ぶ、アーティストを知る
  2. 文章力やデザイン力を身につける
  3. アートプロジェクトを体感する
  4. 隣人と議論する

まず美術史は、デュシャンを祖とするコンセプチュアルアートから始まる。「目に見えるものではなく、その裏にあるものを見る」など作品の見方の基礎、および絵画・彫刻・写真に触れつつ特にインスタレーションと映像について学ぶ。「何を問題とし、どんな表現が行なわれてきたか。今年はコンセプチュアルのレクチャーの次に高嶺格さん、映像のレクチャーの次に山城知佳子さんを招きましたが、前回学んだことと作家を対にして、現代の作家がどんなことを考えてどんな制作をしているかアップデートしています」。

 

文章力を養うレクチャーの講師は、美術批評家の福住廉氏。全3回で、展覧会を見た感想文を提出し、添削を受け、リライトする。「最初は下手でも、何度も添削されるうちに自分の考えをどう言語化して構成すれば人に伝わるのかがわかってくる。福住さんは、型にはめるのではなく、その人を生かす添削をされるので楽しいと思いますね」。その一方で、課題提出があると受講生は半数ほどに減るという。

 

11月にはTERATOTERA祭り★1にボランティアスタッフとして参加し、運営側の動きやアーティストの制作過程を体感する。「自分のイベントの人材を育成するというわけでもなく、座学だけやっていても面白くないから現場に出てみたら? と。ここでさらに人が減ります(笑)。結局、現場が面白くてやめられない人が残っていきますね」。

また、キュレーター、プロデューサーなどに実例を聞いてディスカッションも行なう。2018年は、木野哲也氏(TOBIU CAMP代表)、国松希根太氏(彫刻家、飛生アートコミュニティー代表)、プロジェクトの参加作家である奈良美智氏を招き、北海道の白老・飛生で毎年行なわれている「飛生芸術祭」の話などを聞いた。「主催側に動機があり、必然として行なっている人たちに声をかけます。歴史や社会、時代にどうリアクションするかを常に考えていて、地域活性化を第一とするのではなく、アートを介したコミュニティをつくっている人たちですね」。


レクチャー「ディレクターの活動を知る」の風景
ゲスト講師:木野哲也氏(TOBIU CAMP代表)、国松希根太氏(彫刻家、飛生アートコミュニティー代表)、奈良美智氏(美術家)(2018年12月27日撮影)

そして、最後の課題は「自分自身が現代社会のなかでアートプロジェクトを行なうとしたらどんなことができるのか」。自分の問題意識から出発し、現実的に実行可能なプランを立てて発表する。

アーティストと協働するTeraccollectiveを結成



「TERATOTERA祭り2018 Walls──わたしたちを隔てるもの──」
会場のひとつ旧竹田製麺所の入り口で受付を担当するTERACCOの人たち

TERATOTERAのすべての企画は、TERACCO(テラッコ)と呼ばれるボランティアスタッフを中心に行なわれている。0123の受講生のなかから、このTERACCOになる者も毎年いる。2018年度は、2つのパフォーマンスイベントのほかに、前述した毎秋恒例の「TERATOTERA祭り2018」が実施された。昨夏、この「TERATOTERA祭り2018」に向け、TERACCOに積極的に関わってきた歴代メンバーによってTeraccollective(テラッコレクティブ 通称テラコレ)が結成された。ふだんはエンジニア、マッサージ師、元新聞記者、主婦など、さまざまな人がいる。

展覧会テーマは、極私的なものから報道で俎上に乗るものまで至る所に存在する「壁」と設定し、小林清乃、高田冬彦、本間メイなど10組の作家を選び、制作補助から会場管理までを行なった。沖縄基地問題に対するインタヴューを集めたキュンチョメの映像作品《完璧なドーナツをつくる》は、報道では見えないさまざまな沖縄住民の本音が引き出されていた。また、maadm(原田賢幸)が発表したインスタレーション装置は、作家が被験者、観客が施験者となり、暴力と抑圧の関係について考えさせるものだった。


「TERATOTERA祭り2018 Walls──わたしたちを隔てるもの──」
maadm《Can you stop?》2018 展示風景

「それぞれ作家の担当になり、作家のやりたいことを理解して実現に向けて動くのが仕事。作家と対等な関係性をつくり、問題が起きたらメンバーとシェアしてみなで考えていく。これは裏方のコレクティブ。アーティストのコレクティブと協働する新しい形も生まれるかもしれません」。小川氏はディレクターではなく、ファシリテーターのような役割に徹し、安全面などの危険を察知すれば、少し方向性を変えるようリスクマネジメントも共有する。

「アートプロジェクトではお金はもらえないけど、自分がやったと思える、生きているという実感が得られるのかもしれませんね。展覧会もよく観ていて、地方の芸術祭や海外のビエンナーレに自主的にみんなで行くこともあるようです」。アートで食べていくのは難しいが、日本の伝統芸能が好きで、自身で考案したツアーを実施するなど、学んだことをうまく活用している人もいる。身近な人間関係から国際的な問題まで、アートプロジェクトを通じて作家と考えようとするTERACCO。筆者は一期生から数人見ており、どんどん変化していく姿を見るにつけ、鑑賞者がアートに何を学びたいのか再考させられる。

レクチャー見学|キュレーターの活動を知る



藪前知子氏によるレクチャー「キュレーターの活動を知る」の風景(2018年12月13日撮影)

インタヴューの後日、東京都現代美術館キュレーターの藪前知子氏が講師を務めた「キュレーターの活動を知る」というレクチャーを見学した。まず、昨今では「インターネット上の情報を収集・分類・再構築すること」がキュレーションと呼ばれているが、ストーリーテラーやコンセプトメイカーではなく、「いま生きている観客のさまざまな目をつなぐ代表として、いまと作品を媒介し、歴史を編むことがキュレーションとして重要なこと」と、レクチャーを始めた。例えば、現代美術は収集された途端に過去のものとなってしまうという矛盾を孕む。コレクション展示で、関東大震災から東日本大震災後までをたどる「私たちの90年:1923-2013」を企画した際には、 いまなぜこの作品を見せなければならないか熟考しながら構成したという。

2015年には夏休みの子どもに向けた展覧会「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」を企画。公共空間とは何か、大人も子どもも一緒に考える機会とした。ヨーガン レール、はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)、会田家(会田誠、岡田裕子、会田寅次郎)、アルフレド&イザベル・アキリザンの4組の作品を展示。経済社会学の斎藤純一氏の著書によれば「公共性」とは、1)国家に関する公的なオフィシャルなもの 2)すべての人々に関係する共通のもの 3)誰にでも開かれているもの、と定義されているが、これらは互いに阻害し合う関係性にある。キュレーターはこうした諸条件をつなぐ翻訳者でもあり、キュレーションとは複数の他者の声を統合し、鑑賞者とつなぐ存在でもある。

また、近年の国際展では、キュレーターが作家を選ぶという非民主的なシステムに対する批判があり、市民参加型の展覧会が行なわれることもある。藪前氏が参加した「札幌国際芸術祭2017」では、ゲスト・ディレクター大友良英氏が「芸術祭ってなんだ?」というテーマを考え、キュレーターを立てずに「バンドメンバー」と称するフラットなチームを、制作スタッフとして組織。そのもとにアーティストたちが即興的な動きを同時多発的に起こした実例を紹介した。

「大友さんの即興とは、共有の音楽言語をもたない初めて会った人々がその場で音楽をつくるポイントを探すこと、それが芸術祭をつくる手法に移行していたのかなと思います。芸術祭では、行政、ディレクター、アーティストなど価値観が異なる複数の主体が混在するなかで、どういう合意をつくっていくかが重要なこと。それは他者の発見につながっていく。事前に計画されていないことに対する反発や軋轢が大きい昨今、札幌市の行政を中心とするチームがそれを受け入れ、周到に準備をしました。最後まで芸術祭をサポートしていこうとする市民のコミュニティもしっかりできていました」。なお、キュレーションとは目的のために計画することであり、即興とは対立する。その関係性のなかに身を置いていかにキュレーションを更新していくかを考えたという。

実は最初、藪前氏は地域のなかでアートプロジェクトを展開することに懐疑的だった。それが変わったのは、住民の一人として「MOTサテライト」を企画してからだ。コントロールできない他者の能動性をいかにキュレーションのなかで引き出していくかという楽しみをその時に知った。「これからのキュレーションは、決めたテーマやストーリーに作家を当てはめていくことよりも、作家や行政、地域など他者との対話を通じてキュレーター自身の主体の揺らぎや変化を受け止め、どう展覧会として形をつくっていくかが重要なことだと考えています」。

藪前氏への質問は、レクチャー終了後の飲み会の席でも続いた。このような飲み会は、レクチャーのあとほぼ毎回のようにある。ここでの突っ込んだ会話がアートプロジェクトの企画やそれを動かしていくチームワークへとつながっているようだった。


レクチャー終了後の飲み会の様子(2018年12月13日撮影)


(取材:2018年11月17日、12月9日、13日、27日)


★1──2018年は11月16日〜18日、JR三鷹駅北口周辺施設、空店舗など7カ所で開催。

アートプロジェクトの0123

企画・問い合わせ:TERATOTERA事務局
(東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7 Art Center Ongoing内)
tel.090-4737-4798
E-Mail:info@teratotera.jp
会場:アーツカウンシル東京 ROOM302
(東京都千代田区外神田6-11-14、3331 Arts Chiyoda)
*2019年度は6月20日から開講予定で、募集開始は5月上旬頃の予定。

シリーズ「オルタナティヴ・アートスクール」

第1回 アートについて考える、話し合う学校 MAD(Making Art Different)(2019年1月15日号)
第2回 現代アートを通して世界の変化を読み解く アートト・スクール(2019年2月15日号)
第3回 アートプロジェクトを「つくる」人を育てる TARL 思考と技術と対話の学校(2019年3月15日号)
第4回 アートプロジェクトの0123(2019年4月15日号)
第5回 その他のアートスクール(2019年6月15日号掲載予定)

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