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オルタナティヴ・アートスクール
──第3回 アートプロジェクトを「つくる」人を育てる TARL 思考と技術と対話の学校

白坂由里(美術ライター)

2019年03月15日号

アートプロジェクトが街なかにあることが当たり前になった現在。「アートプロジェクトをやってみたい」「アートプロジェクトとは何か、あらためて考えてみたい」という人が学べる場所がある。「東京アートポイント計画」と連携し、アートプロジェクトを実践する人材を育成する「Tokyo Art Research Lab(TARL)」が運営する「思考と技術と対話の学校」だ。


YATOの縁日(東京アートポイント計画『500年のcommonを考えるプロジェクト「YATO」』2018年)


まず「東京アートポイント計画」とは、東京都とアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が、地域社会を担うNPOとの共催でアートプロジェクトを展開し、「アートポイント」を生み出す文化事業のことである。「小金井アートフルアクション!」「トッピングイースト 」「YATO」など、2009年からのべ47団体38件の地域や社会課題に根ざしたプロジェクトが行なわれてきた。これら実践の場とフィードバックしながら、人材の育成、スキルの開発、資料の提供やアーカイブなどを行なうラボとして、「Tokyo Art Research Lab(TARL)」が2010年に設立。アートプロジェクトを担うすべての人に開かれ、ともにつくり、社会における可能性を広げることを目指している。このTARLで2014年から行なわれている「思考と技術と対話の学校」について、校長の森司氏と教頭の坂本有理氏に話を聞いた。



アーツカウンシル東京「東京アートポイント計画」「Tokyo Art Research Lab」ディレクター/「思考と技術と対話の学校」校長、森司氏

「まず2010年から『Tokyo Art Research Lab』が始まった段階で、『日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990-2010』『プロジェクト運営ぐるっと360度』といった単発のレクチャーシリーズを行ない、その内容をまとめた教本を作成したんです」と森氏は振り返る。2000年頃から各地でアートプロジェクトが手探りで進められるなかで、その10数年の経験を蓄積した、初心者にとっては最初の一歩を踏み出す、経験者にとっては経験値の異なる第三者と仕事を共有する際に共通基盤となるガイドブックが必要だった。アートプロジェクトの評価と向き合うための教材も作成された。スクールに通えない人も使えるよう、ウェブで公開されている。

 


アートプロジェクトのガイドや記録などさまざまな本が製作されている

「ただし、単発講座では参加者が毎回変わり、一方的な学びになりがちでした」と坂本氏は続ける。「そこで、通年で学べ、実践の場とつながる学校をつくろうと、2014年に『思考と技術と対話の学校』を開校しました。アートプロジェクトを動かす人に求められる『思考』『技術』『対話』の3つの基礎力を身体化できるようプログラムを組みました」。

修了後、「東京アートポイント計画」をはじめとするさまざまなアートプロジェクトの事務局で働く人材“動かす人”を育成することが主な目的であった。1年目に『思考編』、2年目に『技術編』、3年目に『対話編』として、月1回の講座で各1年ずつ3年かけてプロジェクト運営の基礎を習得する。現場とレクチャーとを行き来しながら、1年目には「社会動向を見据え、どのようなプログラムの提供が必要になるか、またそのために求められるシステムを思考する力」を、2年目には「会議の設定から現場の仕切り、アーカイブ、評価などさまざまな局面で必要な技術」を、3年目には「ひとりの力ではなし得ないプロジェクトを他者と共有し、新たな展開を切り開く力」を身につけるという設定だった。


アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー/「思考と技術と対話の学校」教頭、坂本有理氏

毎回アートプロジェクトの実践者であり担任の役割をはたすスクールマネージャーや、ゲストの話を聞き、ディスカッションや実践を行なう。ゲストやその日の題材に関連するものを読んでくる「予習」と、その回で得た気づきなどをレポートする「復習」も必須。そうしたインプットとアウトプットのサイクルを通じて、アートプロジェクトとは何か、自分なりに言語化できるようになっていく。なぜそれをやりたいのか、文化事業としてどう必要なのか。現場ごとに異なる条件や規模においてどのように実現するかなど、他者に伝えられるようになる。

 

受講生は社会人や学生など世代も職種も幅広く、キャリアチェンジをしてNPOを立ち上げて活動する人も出てきた。その一方、「受講者の大半は初めてアートの世界に飛び込もうとしている人たちでした。周縁でかかわり、互いのプロジェクトを見て回り、SNSなどでその価値を伝え、広げていく。そうした活動もアートプロジェクトを支えていますし、実働の中心にならない人たちにもいろいろな活躍の場があると思うようになりました」と坂本氏。そこで2017年には「紡ぐ人」を育成するプログラムも試している。ネイチャーガイドのように、プロジェクト全体や主催者・作家情報や制作過程の話など前後左右から詳しく語ることのできるナビゲーターとして、収入も得られる職能が開発できるのではないかという狙いもあった。

専門家と参加者がともに時間をかけてつくる「東京プロジェクトスタディ」


こうした試行を経て、2018年は、2020年の東京オリンピック後に備え、通常のレクチャーやディスカッションのほかに、「東京プロジェクトスタディ」を新たに加えた。アートポイント事業から5組のナビゲーターを立て、受講者とチームをつくり、9月から2月まで約半年間かけて勉強・調査・研究・試作といったスタディをじっくり行ない、プログラムオフィサーがそれに伴走する。「東京で何かをつくるとしたらどうしますか?」という問いをナビゲーター全員に投げかけ、それぞれの問題意識を出発点として5つのスタディが立ち上がった。

  1. 「『東京でつくる』ということ──前提を問う、ことばにする、自分の芯に気づく」
    ナビゲーター:石神夏希氏(劇作家/ペピン結構設計/NPO法人場所と物語 理事長)

  2. 「2027年ミュンスターへの旅」
    ナビゲーター:佐藤慎也氏(建築家、プロジェクト構造設計)と「居間theater」(パフォーマンスプロジェクト)

  3. 「Music For A Space 東京から聴こえてくる音楽」
    ナビゲーター:清宮陵一氏(音楽レーベルVINYLSOYUZ LLC 代表/NPO法人トッピングイースト 理事長)

  4. 「部屋しかないところからラボを建てる──知らないだれかの話を聞きに行く、チームで思考する」
    ナビゲーター:瀬尾夏美、小森はるか、礒崎未菜(一般社団法人NOOK)

  5. 「自分の足で『あるく みる きく』ために──知ること、表現すること、伝えること、そしてまた知ること(=生きること)」。
    ナビゲーター:宮下美穂(NPO法人アートフル・アクション 事務局長)

講座は月1、2回、スタディごとに異なるが1回2-10時間程度。教室にいる時間も含め学習の想定は約100時間、学びの設計から各チームに任せた。参加者は興味関心、属性など異なる計50人。既存のプロジェクトを回せるようになるハウツースクールではなく、次世代の企画を考えて構築し実践できる人を育てることが目的だ。

レクチャー見学|2027年ミュンスターへの旅


2018年9月14日、「東京プロジェクトスタディ」のうち「2027年ミュンスターへの旅」の初回を見学した。教室は、全国のアートプロジェクトの資料が集められ、閲覧もできる「アーツカウンシル東京ROOM302」だ。さまざまなアートプロジェクトがひしめくアーツ千代田3331内にある。


プロジェクトの構造設計を手がける建築家・佐藤慎也氏とパフォーマンスプロジェクト「居間theater」が、10年に一度開催される「ミュンスター彫刻プロジェクト」を訪れたのは2017年。「とても楽しかった」「また来たい」「来るならアーティストとして参加したい」と盛り上がり、次回の「ミュンスター彫刻プロジェクト 2027」からの招聘を目指すスタディが始まった。


佐藤慎也氏によるレクチャー「2027年ミュンスターへの旅」の風景(2018年9月14日)

2019年2月24日には5チームの報告会が開催。佐藤慎也氏と居間theaterのチームは、受講者を交えたパフォーマンス仕立てで、半年にわたる全8回のスタディの経過を発表した。村田真氏(アートジャーナリスト)、小田原のどか氏(彫刻家)らをゲスト講師に招き、「彫刻とは何か」を学ぶ過程で、スカルプチャーと日本語訳の「彫刻」の違いを知った。また、戦意高揚のためにつくられた騎馬像が、台座だけ残して、戦後には自由の象徴として裸体像につくり変えられるといった街なかの実例を見て歩く。ロダンの《考える人》のポーズをとるパフォーマーの背景に映し出される言葉。「ひとつには彫刻という概念とその拡張について、もうひとつにはミュンスターに対しての東京、このふたつをどちらも手放さず生かしながら次の段階へ進もうと思う」。そしてある日佐藤慎也氏が、「東京藝術大学彫刻科の前身にあたる東京美術学校が開校した1887年から10年ごとに2027年までの間、東京のまちなかに公共彫刻を設置する『東京彫刻計画』というプロジェクトが行なわれている」というフィクションを思いつく。こうして、今後、東京で生まれるパフォーマンスプロジェクトの余韻を残して発表を終えた。


報告会のようす(2019年2月24日)[撮影:川瀬一絵]

「東京アートポイント計画」・TARL設立から約10年が経ち、この3月にはこれまでの活動を振り返る展覧会を開催。「アートプロジェクトによる成果は、実施から数年経たないと測ることができない。過去5、6年くらいのプロジェクトがアウトカム(成果)やインパクト(成果が世に出て、さらに生み出される何らかの成果)の入口に入り始めた今、検証記録をまとめようとしています。これらを踏まえ、2019年度から再びこの先10年を見据えたプログラムを行なっていく」と森氏は語る。1990年代に「アートプロジェクト」という言葉が広がりだしてから「成果が出るまで10年はかかる」と言われてきた。「プロジェクトをつくる前段の部分を丁寧に、問いや違和感と向き合い、出会いや気づきを重ねながら、形になるかわからないけれども、実験や勉強やリサーチなどの時間を豊かにすることで、これからのアートプロジェクトが立ち上がってくるんじゃないでしょうか」と坂本氏。こうした企画と実践を通して、長期にわたるアートプロジェクトをつくり続けるための思考力や筋力が養える。

(取材:2018年9月14日、2019年2月24日)
Tokyo Art Research Lab(TARL) 思考と技術と対話の学校

主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
会場:アーツカウンシル東京ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14 3331 Arts Chiyoda 3F)
tel. 03-6256-8435
E-mail. info-ap@artscouncil-tokyo.jp

東京アートポイント計画の10年とこれから 2009年→2019年

会期:2019年3月2日(土)〜3月18日(月)
会場:アーツカウンシル東京ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14 3331 Arts Chiyoda 3F)

シリーズ「オルタナティヴ・アートスクール」

第1回 MAD(Making Art Different)(2019年1月15日号)
第2回 アートト スクール(2019年2月15日号)
第3回 思考と技術と対話の学校(2019年3月15日号)
第4回 アートプロジェクトの0123(2019年4月15日号)
第5回 その他のアートスクール(2019年6月15日号掲載予定)