トピックス
オルタナティヴ・アートスクール
──第2回 現代アートを通して世界の変化を読み解く アートト・スクール
白坂由里(美術ライター)
2019年02月15日号
東京都現代美術館のある清澄白河の地に、2016年6月に開校した現代アートの学校「アートト・スクール」。代表およびプログラムディレクターを務めるのはインディペンデント・キュレーターの小澤慶介氏だ。この連載第1回で紹介したNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(Arts Initiative Tokyo)[AIT/エイト]に2001年から15年間所属し、現代アートの学校「MAD(Making Art Different)」のプログラム作りに携わり、講義も行なっていた。また、「十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE この惑星の、時間旅行へ」(2013年、十和田市現代美術館ほか)でキュレーター、「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」(森美術館、2016)で共同キュレーターを務めるなど、さまざまな現場に関わってきている。そうした経験を踏まえ、アートトではどのようなスクールを目指し、カリキュラムを組んでいるのかなどをうかがった。
「現代アートは世界の“今”や“これから”を映し出す鏡のようなものだと捉えているので、アートと世界との関係にもう一歩踏み込みたいという方たちに向けて、アートの現場に行き、経験し、語り合う場をつくってみようと。東京の東エリアには現代アートのスクールがないので、自分の住む清澄白河のまちに場所を定めました」。「アートト」という名前は、「アートと」という言葉が会話によく出てくることから名付けられた。「少し前までの美術館のように、人にシャワーを浴びせるような“art over”ではなく、“art to”という横に広がっていく語感もいいなと思って。“ちょっとこれ見てみない?”という軽やかさが、これから現代アートを知っていこうと思っている人たちに響くと思いました」。
アートトのディレクター、小澤慶介氏
プログラムは、初心者から専門的に学びたい人までを対象として構成。2018年度は「基礎コース」として、展覧会をともにつくる「キュレーション・プラクティス」、過去200年ほどの世界の美術史を学ぶ「アート・ヒストリー」、鑑賞のための「オーディエンス」、アーティストとして活動していくための基本的な考え方を学ぶ「アーティスト」、さらに作品の強度と質を高める「アドヴァンスト・アーティスト」の5つのコースを設定した。
例えば「オーディエンス」は、アーティストや美術館キュレーター、ギャラリストなど毎回異なる講師を招き、アート界にはどんな仕事があり、どんなスキルが必要なのかといった、アート界の仕組みを知る入門講座となっている。アーティストはどんなことを考えて制作しているのか。ギャラリストには海外のアートフェアへの出展や展覧会の企画などギャラリーの業務を。美術館キュレーターには、展覧会だけでなく、教育普及・サービス・アーカイブ・メンテナンス・国際交流など全方位的な活動を。10〜15人の少人数クラスなので、ディスカッションもしやすい。
「キュレーション・プラクティス」には、キュレーター志望者だけでなく、キュレーターのものの見方や展覧会制作のプロセスを知りたいという受講者が多い。テーマとアーティストをどう結びつけ、会場でどう展示するか。参考図書から抜粋したテキストを配布し、それをもとに作品を紐解き、スタジオ訪問や作家によるレクチャーを経て、清澄白河のギャラリーを会場として展覧会をつくる。2018年には、郊外や環境をテーマとした画家・中村太一の個展をEARTH+GALLERYで開催した。展覧会予算はゼロベースで行なうが、条件から試算する方法や実例を教える。制作側を知ることは、一歩踏み込んだ鑑賞にも役立つ。
また、「アーティスト」は、森弘治氏ら現役アーティストとプログラムを考えている。「例えば、同時代におけるリアリティをどこに感じるか、それはなぜなのか。生まれ育った環境や読んできた本など、自分のリアリティの感覚を形成しているモノゴトを自覚し、それをどう表現して、誰に伝えたいのか。どこに展示したら最も意味を持ち、強度が増すのか。プレゼンテーションとディスカッションを軸にして考えていきます」。アーティスト・イン・レジデンスなど交流の機会が増えるなかで、自らの制作の動機や作品が成立する根拠を伝える訓練にもなる。誰でも受講できるので、作品を見るだけでなくつくってみたいという人も挑戦できる。
アートを他分野の思考や実践と合わせて考える「視点のプール」
ほかに、現代の注目すべき理論・技術・実践・思考をとおしてアートをより深く読み解く「視点のプール」という、コースを受講していない人も受けられるレクチャーシリーズもある。2018年度は、「アートの道を開く」「1920から2020へ」「アートとエコロジー」「人と社会と芸術祭」「グローバル・スタディーズ」「アイデンティティと身体の交点」という6つの視点で全26回のレクチャーを実施した。「カタストロフと美術のちから展」を企画した森美術館キュレーターの近藤健一氏に「カタストロフ(惨事)とアートの関係性」を聞くなど、タイムリーに現場と連動した深い話を聞くこともできる。ほかにも、若手キュレーターの長谷川新氏、アーティストの百瀬文氏や演出家の高山明氏、思想史研究の森元庸介氏など、個性豊かな講師が続いた。
小澤氏が2016年からディレクターを務める「富士の山ビエンナーレ2018」にも、受講者有志で出かけた。市町村合併で失われつつある土地と文化のアイデンティティを取り戻したいと願う静岡市・富士市・富士宮市の市民から立ち上がった芸術祭。工場による環境汚染といった“負の歴史”を見つめ直すことも厭わない。地元のアーティストと、国内外で活躍しているアーティストが出会う場にもなっている。
「全体としてプログラムは “アートをアートだけで考えない” “理論と実践を行き来する”ことを根幹として組んでいます。社会学・文化人類学・哲学・思想などと合わせてアートを考える。僕が展覧会や芸術祭の制作などにおいて学んだことや講師たちが日々考え取り組んでいることをスクールにフィードバックし、スクールで議論したことを現場にフィードバックしています」。受講生は20〜30代中心で女性が多く、半数ほどがリピーターだ。北九州から東京での仕事に合わせて来ている受講生もいる。
レクチャー見学|「アートプロジェクト」の現在地 文化人類学から見た芸術祭の講座から
インタビューの後、「視点のプール」の6つの視点のうちのひとつ「人と社会と芸術祭」から、文化人類学研究者・兼松芽永氏による「『アートプロジェクト』の現在地」と題したレクチャーを見学した。兼松氏は持続的なアートプロジェクトが存在する地域の状況と変容をリサーチするために、2008年11月から約7年間、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の開催地である新潟県十日町市の集落に住み、以後も断続的にフィールドワークを行なってきた。アートトでは8月と9月にもレクチャーがあり、20年余りに及ぶ芸術祭の取り組みの変遷や、観客と住民参加に基づくアートプロジェクトをめぐる議論や評価基準のあり方について、ブルーノ・ラトゥールらによる文化人類学における「脱人間中心主義」の諸議論を参照しながらアプローチする可能性について紹介した。3回目の今回は、これまでの論点を振り返りながら具体的事例をもとに考察が進められた。
まず、アートプロジェクトを「多様な主体に開かれた場にある動態的モノゴトである」とし、人・モノ・場所・政治制度(規制や助成システム)などのはたらきの連鎖に着目する。こうした人類学的観点からのアプローチは、個別作品の美学的評価や経済効果、地域の社会的・文化的資本の活用による活性化といった従来の議論とは異なる。
芸術祭の制作や維持管理におけるアーティスト・地元住民・県外からの来訪者間のコミュニケーション、中央と地方の関係の変化、地震や豪雪など災害による影響など、多様な要素が絡まり合う芸術祭。「人と人との関係、人がモノゴトを生み出すだけでなく、モノや動植物・場など、人以外の存在も人間の行動などに影響を与えています。人間と自然とを分けて考えるのではなく、いろいろな存在のはたらきの連鎖からモノゴトを考えてみる必要があります」など、文化人類学における“前提”やアプローチの背景が説明された。
今回挙げられた事例は「“棚田”のアート化をたどる」だ。1995年にフィリピンのコルディリェラの棚田が世界遺産に登録されると、棚田の存在が注目を集めるようになった。減反政策が進んでいた日本でも「大地の芸術祭」の開催地である松之山を皮切りにシンポジウムが開かれ、「棚田」の定義が確立。作り手や学者・行政・支援者のネットワーク組織も立ち上がり、のちに棚田保全と農家に対する補償といった行政の制度に結びついていった。1996年に英国人写真家ジョニー・ハイマスによる松之山の棚田の写真集が出版。1999年には農林水産省によって「日本の棚田百選」が選定されると、棚田撮影ブームも起こるなど、2000年の第1回の芸術祭でイリヤ&エミリア・カバコフが《棚田》を制作する以前の、田んぼが「棚田化」していった過程が語られた。牛馬で耕す往年の情景が造形化された《棚田》は、現在進行形の稲の成長と作り手の姿があいまって時間的・空間的な重層性を感じさせる作品である。作品への反響もあって、それを展望できるスペースを備えた「農舞台」が建てられ、里親として機械を使わない田んぼ仕事が体験できる「まつだい棚田バンク」も発足した。カバコフの《棚田》が作品としての強度をもち続けているのは、田んぼの棚田化の過程で起きた保全活動や助成制度、人やモノ・生き物・場などさまざまな存在の関係と相互作用の連鎖が存在していたから、と指摘された。
「『人間は自然に内包される』を基本理念としてきた『大地の芸術祭』。地域の恒久作品とともに四季の変化が見られたり、農作業を手伝うからこそ愛着が湧いたり、関わる方々にとっては、作品はただのモノではなく持続的な生きられる現実となっています」と兼松氏。「 アートを主体にして語ることでは抜け落ちてしまうことや語り得ない側面があります。アート以外の諸存在を含めたモノゴトのつながりや変化をたどり、部分をつないでいくことで、これまで議論されてきたアートプロジェクトとは異なる像が浮かび上がるんです」と説く。
小澤氏は「受講生には、アートに接する時だけではなく、ふだんの生活や仕事においても、批判的な視点を持ってほしいと思います。それは、自らは、今、何を、どう見ているのか、まわりの人や風景がどのように変わろうとしているのかということについて意識的になること。そうすると、アートだけではなく、アートと社会との関係も少しずつ見えてくるかと思います」と語る。また、小澤さんが企画する芸術祭やアートプロジェクトを実践の場として協働する受講生も現れている。2019年度はレクチャーのボリュームをよりコンパクトにし、新しい講師も迎える。
アートト スクール
主宰+会場:アートト/art to(東京都江東区高橋7-5 酒井ビル2F)
tel. 03-6659-5379
E-mail. school@artto.jp
*2019年度の募集は3月23日(土)より開始予定。
シリーズ「オルタナティヴ・アートスクール」
第1回 MAD(Making Art Different)(2019年1月15日号)
第2回 アートト スクール(2019年2月15日号)
第3回 Tokyo Art Research Lab(TARL)(2019年3月15日号)
第4回 アートプロジェクトの0123(2019年4月15日号)
第5回 その他のアートスクール(2019年6月15日号掲載予定)