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いま、ここにいない鑑賞者──テレプレゼンス技術による美術鑑賞
田中みゆき(キュレーター)
2020年11月01日号
対象美術館
この夏、休館を余儀なくされていた多くの美術館が再び展示室を開き、しかし、同時に多くの来場者を入れることはできないというジレンマに直面していた。そんななか、ロボットを使って遠隔地から鑑賞できる展覧会が話題をよぶ。「キュレーターズノート 」でおもに障害者とアート、インクルーシブな鑑賞方法について書いていただいている田中みゆき氏に取材いただいた。(artscape編集部)
コロナウイルス感染拡大によるオンライン化の急速な普及で、これまで物理的に参加を諦めていたイベントに参加できる恩恵を感じている人も少なくないだろう。それは健常者に限った話ではなく、障害のある人など、現場に行くことが困難な人の芸術参加にも可能性を感じさせる動きとなっている。今年4月にイギリスにあるギャラリー、Hastings Contemporaryが先駆的に始めた途端に予約が殺到した「Robot Tours」
は、障害のある人のコミュニティへの関わりを研究するプログラムとのパートナーシップにより実現した。国内でも、この夏に開催された東京藝術大学大学美術館での特別展「あるがままのアート─人知れず表現し続ける者たち─」では「ロボ鑑賞会」が、「ヨコハマトリエンナーレ2020」では分身ロボットOriHimeを用いた鑑賞会が導入された。テレプレゼンス技術 は、ICT(情報通信技術)によって万人の社会参加を可能にする「e-インクルージョン」の重要な手段と考えられている 。ここでは、これら二つの鑑賞会の体験レポートと関係者の取材を交えながら、テレプレゼンス技術を用いた美術鑑賞について考えたい。「ソーシャル鑑賞」を可能にしたロボ鑑賞会
特別展「あるがままのアート─人知れず表現し続ける者たち─」は、既存の美術教育に左右されない独学の作り手たちの表現を集めた展覧会だった。NHKが主催に入っていることもあり、彼らの制作風景を撮影したドキュメンタリー番組「no art, no life」や「人知れず表現し続ける者たち」が作品とともに上映されたり、「日曜美術館」のアナウンサーによる音声ガイドが展覧会のスペシャルコンテンツサイトで配信されたりと、鑑賞を補足する情報が充実した展覧会となっていた。
主催の藝大美術館とNHKは、5月頃から物理的・心理的距離を縮められる鑑賞方法について検討を始め、テレプレゼンスロボットを通した交流を促すアプリ開発の経験があるWhatever社が開発を担当した
。通常、テレプレゼンスロボットは1台のロボットに1人のユーザーがログインして操作するのが基本だが、Whatever社は「イベントに参加する」という体験において友達や知り合いを誘い合って参加することを重要な要素と考え、1台のロボットに最大5人まで同時にログインでき、ビデオ通話をしながら鑑賞を楽しめる機能の実装を最優先で進めたという。体験の流れとしては、オンラインで事前予約した際に送られるURLにログインすると、最初に現地のスタッフから簡単なレクチャーを受ける。あとはブラウザ上でロボットを動かして、作品を見るだけだ。ロボットを思うように進ませるのに慣れるまで少し時間がかかったが、インターフェイスは直感的にわかりやすかった。カメラの上昇・下降や、ズームイン・アウトなどが操作できるほか、撮影ボタンを押すことで、スクリーンショットを保存することも可能。そういった機能からも、友人らと意見を交わしながら鑑賞する「ソーシャル鑑賞」のような機能に重きが置かれている印象を持った。全体としては、各作品にも予想以上に近づくことができ解像度も高く、他の来場者を気にせずに自分のペースで鑑賞できることで、思ったより満足感を味わうことができた。一方で、キャプションが物理的に展示壁に近づかないと見られなかったり、音声ガイドや各種映像などオンライン上にある各コンテンツとは連携していなかったりという点があったが、今後実空間とオンラインの情報がシームレスにつながると、より豊かな鑑賞体験となるだろう。
参加者の40%近くは関東圏以外で、海外からの参加者もいたとのこと。また、「展覧会によく行く」という人より、「年に数回」や「ほとんど行かない」人の利用が多く見られたという。体調や遠方のため会場に来ることができなかった出品作家が会場の様子を見てとても喜んだという話もあった。ロボ鑑賞というシステム自体への反響も大きく、Whatever社では今後もカメラを通じた現地の様子をARで拡張したり、ロボットにプロジェクターを搭載して視聴者の感情を投影したりなど、現地とのコミュニケーションを深めるための機能の実装を検討しているという。
動きで共にいる感覚をつなぐOriHime
2018年から行なわれている難病患者や重度障害者が遠隔操作で給仕する「分身ロボットカフェDAWN ver.β」も話題を呼んだOriHime。「ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」で行なわれた鑑賞会では、家族や友人が外出が困難な人の分身となるOriHimeを持って現地で展覧会を鑑賞するという試みが行なわれた。神奈川県においては、教育委員会の実証実験として県立横浜南養護学校にOriHimeが導入されたり、開発を行なうオリィ研究所が神奈川県と連携協定を結ぶなど、福祉におけるICT活用の一環でOriHimeが積極的に導入されている。昨年9〜11月には、「横浜音祭り」
にて会場の座席に設置したOriHimeを通じてコンサートを観覧する試みが実施され、鑑賞会はそれに続く取り組みとなった。OriHimeには動作する首と腕、カメラやマイク、スピーカーなどが搭載されており、インターネットをとおしてスマホやタブレットで遠隔操作できる。鑑賞会は、新たに機能や操作方法の開発を行なうのではなく、既存の機能を用いて運用された。遠隔で鑑賞する人は、OriHimeで撮影された作品をモニターで鑑賞したり、音を聴いたり、家族や友人との会話を楽しみながら、手元にあるダブレットなどを操作する。また、頷いたり拍手をしたりというモーションで意思表示をすることもできる。
鑑賞会には、小学2年生の古川結莉奈ちゃんという、先天性ミオパチー(筋肉の難病)をもち、気管切開・人工呼吸器をつけて多くの時間をベッドで横になって過ごす女の子がOriHimeを使って参加した。現地では、医療的ケア児に興味があるという高校3年生の羽田ゆりのさんが相手役を務めた。二人は初対面だったため、鑑賞会の前に一度zoomで顔合わせが行なわれたという。二人が会場を回る様子を見ていると、音声を介した会話以上に、モーションで感情を表現する機能が二人の心理的なつながりに大きく貢献していたように見受けられた。OriHimeがアリア・ファリドの映像作品を見ながら両手をパタパタさせたり、レーヌカ・ラジーヴの作品に両手を広げたり、その動作から結莉奈ちゃんがはしゃいでいる様子が伝わってきた。驚くべきことに、操作はすべて結莉奈ちゃんが行なっていたらしい。
結莉奈ちゃんはこの2月から感染を防ぐため、通学などの外出はもちろん、訪問授業や訪問看護など、すべて休んで自宅で過ごしているという。インタビューに答えてくれたお母さんはOriHimeの操作をしたことがあり、知的障害のある子どもを持つ他の親御さんから鑑賞会のことを聞いたという。結莉奈ちゃんは腕を振って一緒に歩いているような感じを見せたり、踊るように体を揺らしたり、歌を歌っていたようで、「気持ちがふさぎ込んでしまう時もあるけれど、娘が楽しそうな様子を見てリフレッシュできた」と声を弾ませた。医療機器の音が響くので屋内の美術館や劇場に行くのは気が引けていたが、OriHimeをとおして行った感覚を味わえたので、今度はお出かけにチャレンジしたいと話してくれた。
ソーシャルテレプレゼンスと遠隔鑑賞のこれから
テレプレゼンス技術を用いた鑑賞は、Google Arts & Cultureのようなデジタルアーカイブや360°写真などで構成されるバーチャルギャラリーツアーとは根本的に性質が異なる。解像度や再現性においては劣る部分は未だあるが、能動的に実空間を探索し作品にアプローチすることができる点は、新たな「触覚的知覚」
とも呼べるような感覚を獲得しようとする鑑賞行為であると言えるだろう。さらにそこにソーシャルな価値を見出し研究や開発が進んでいるのは、ロボットやアバターが独自の進化を遂げている日本独自の傾向と言え、対話型鑑賞の新たな形を期待させる。上記二つの鑑賞会においては、ロボットの位置づけが大きく異なっており、それによって生まれる「ソーシャルテレプレゼンス」
の方向性にも違いが見られた。まず「ロボ鑑賞会」においては、ロボットは操作者の代わりに展示空間に物理的に介入するが、移動し作品を見せる機械に特化している。操作者たちの顔はロボットに取り付けられたディスプレイに表示されるものの、やり取りはロボット内に閉じているため、他の来場者にとってはロボットの身体は脈絡なく存在するものとなる。奉仕している相手が見えないロボットをイベント的に面白がる人もいる一方で、その存在を許容できない人や断絶を感じる人もいるだろう。わたし自身も、他の来場者の好奇の目や振る舞いから、ロボットとして展示室に存在している感覚を感じさせられたのは興味深い点だった。実体で身体動作を提示することがソーシャルテレプレゼンスを強化する要因と言われていること などを踏まえると、今後実空間への働きかけが加わるなどしてどのように展示室内で受容されていくのかは興味深い点である。一方、OriHimeを用いた鑑賞会においては、ロボットは人間に伴われ展示空間に存在するため、操作者が鑑賞する動線や作品を選ぶ主導権は弱くなるが、ロボットと同伴者の関係性は実空間においても開かれたものとなっている。開発者の吉藤健太朗氏は「OriHimeはその場にいることが目的のツールです」
と語っている。それを象徴するのが、OriHimeの特徴のひとつである単方向ビデオ・双方向音声だ。これは、例えば寝たきりの姿を見られることなく存在し、発言したい時は発言できるという意思表示を保障している。それは音楽祭など一方的に何かを鑑賞するには十分な機能かもしれないが、双方向のやり取りが必要とされる鑑賞会には心もとなく感じられるだろう。zoomでの顔合わせはゆりのさんにとって結莉奈ちゃんの様子を想像する助けになったようだったが、OriHimeのソーシャルテレプレゼンスを補っていたのは、実空間にいる同伴者との信頼関係なのだ。テレプレゼンス技術は、実空間に足を運ぶのが困難な人たちとの継続的なエンゲージメントを構築する技術として学校やオフィスなどさまざまな環境でのさらなる活用が見込まれるが、展示室の中ではどのように存在を獲得していくことができるのだろうか。それは、展示室においてロボットと人間がどのように信頼関係を結ぶことができるかという問題に置き換えることもできる。また、今後映像や音声などメディア技術を用いた作品を扱う展覧会でテレプレゼンス技術を用いた鑑賞を行なう場合、どのように実空間での触覚的体験とディスプレイ上での視覚的・聴覚的体験を棲み分けていくのかも面白い課題だと思う。もはや鑑賞者自身が「いま、ここ」にいなくなった時、作品の実存や鑑賞という行為はどのように担保されるのだろうか。そして実空間での鑑賞と遠隔鑑賞はどのように共存できるのか。そこには展覧会の設計自体を再考させられる点が多く含まれている。
取材協力(敬称略):
□「あるがままのアート─人知れず表現し続ける者たち─」展
東京藝術大学大学美術館・NHK、Whatever Inc. 関賢一
□ヨコトリトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」
横浜トリエンナーレ組織委員会
「あるがままのアート ─人知れず表現し続ける者たち─」スペシャルコンテンツ ロボ鑑賞会
実施期間:2020年7月23日(木・祝)~9月6日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
参加費:無料(事前申込み制)
ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW─光の破片をつかまえる」
分身ロボット「OriHime」と一緒に、ヨコハマトリエンナーレ2020を鑑賞しませんか?―「OriHime」を活用した展覧会鑑賞
実施期間:2020年9月9日(水)~9月30日(水)の月・火・水・金(祝日を除く)
会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
参加費:無料(事前申込み制)