トピックス
新型コロナ禍での行政による文化芸術支援 これまでとこれから(前編)
内田伸一(編集者、ライター)
2020年12月15日号
未だ収束の兆しは見えない新型コロナウイルス感染症。そのなかで、文化芸術活動を支援する民間発の動きを以前お伝えした(「ボトムアップで支える文化のインフラ──MotionGallery 大高健志氏に聞く」)。今回は行政による文化芸術支援について、特に美術の領域で支援に関わる人々、支援を活用した人々の声を聞き、その意義と今後の課題を考えてみたい。前編では、支援を届ける側・つなぐ側の声を軸にお届けする。
緊急支援の「回路」を美術にひらく
2020年4月末に成立した国の第一次補正予算では、国民に一律10万円を配布する特別定額給付金や、減収事業者への持続化給付金などベーシックな支援が打ち出された。続いて6月に成立した第二次補正予算の事業として、個別の職業領域に向けられた支援策のひとつが、文化庁による「文化芸術活動の継続支援事業」だ。これは、新型コロナ感染拡大の影響で活動自粛を余儀なくされた文化芸術関係者らに対し、活動の再開・継続に向けた取組の経費を支援することで、文化芸術の振興を図ることを目的とする。7月10日に第1次募集が始まり、先日12月11日に、第4次にあたる新規募集が締め切られた。これまでに交付が決定した累計件数は、39,155件 。同事業には約500億円の予算が計上され、交付がこの上限に達した後は申請を締め切る旨が告知されてきた。続く募集の有無は本稿執筆時点では明らかになっていない。
この支援事業の実現においては、まず公益社団法人日本芸能実演家団体協議会を中心とした舞台芸術関係者の働きかけがきっかけとなり、続けて美術や映画などの複数分野も対象になった経緯がある 。こうした状況で、美術領域のフリーランスに向けて支援が機能するよう奔走したひとりが、文化庁の芸術文化調査官、林洋子氏だ。藤田嗣治研究で知られ、東京都現代美術館で学芸員を務めてきた林氏は、文化庁では新進芸術家海外研修制度や、その成果展「DOMANI・明日展」などを担当。今回は、支援する側と支援を受ける側をつなぐ仕組みづくりを果たした。
林──日本における諸芸術のなかでも、美術は近代化という点では比較的早くから施設や専門職員などをめぐる制度が整備されてきた一面があったと思います。しかし、今回のようなかたちで、国が多数の文化芸術関係者に個人単位で経済的支援を行なう制度はおそらく前例がありません。支援の仕組みとして、アーティストだけでなく、企画やマネジメント、文筆活動など、広く美術を支える仕事に取り組む人々に窓口を開くことが重要と考えました。たとえば、近年各地で芸術祭等を支えてきたフリーのアートマネジメント従事者は、各催しの中止・延期で困難に対峙したはずです。そうしたなかで今回、特に美術の領域で大きな課題となったのは、支援の対象になり得るフリーランスの方々の多くが特定の「職能団体」やそれに準ずる所属組織を持たず、人数の概数も、情報を速やかに周知させる手段もない状況で、一連の申請をいかにスムーズに行ない、必要な方々に支援を届けられるかということでした。
たとえば、実際は文化芸術活動に関わらない者の虚偽申請などを防ぐためにも、個々の申請者に支援を受ける資格があるかどうかの確認が必須となる。そこで既存の芸術関係団体が会員らを主対象に、一種の身分証明書的な「事前確認番号」を発行、これをもって本申請する仕組みが用意された
。しかし、美術領域ではこうした「統括団体」に属さないフリーランスが大多数と思われる。林氏らは、こうした人々も事前確認番号での申請が可能になるよう、協力を求めて全国美術館会議、美術評論家連盟などの関係団体や組織を相談して回った。林──最終的に、一般社団法人日本美術家連盟が会員以外のフリーランスにも事前確認番号の申請窓口を開く決断をしてくださいました。さらに番号発行のための認定作業は、京都芸術センターが「無所属系作家確認証発行連合体」の事務局を組織して担ってくださった。全体的には課題も確かにあるのですが、支援を届けるべく前例なき作業を引き受けてくれた皆さんや、膨大な申請に日々向き合う事務局の人々に対しては、感謝の念に堪えません。
そもそも行政がこうした認定も(平時から)行なえばよいのでは、との考え方もあるかもしれない。だが、国が芸術家を認定することの是非については慎重な議論も必要であろう。他方、今回の事態を経験して、美術関係者が新たな共通プラットフォームを育てることの必要性・可能性を考えた人もいるのではないか。
林──今回、自分が行政側の立場にあることとは別に改めて感じたのは、美術関係者がこうした課題において行政と向き合い、交渉し、情報を広く共有するには、個ではなく一定の人数がまとまった、職能団体的な存在が必要だろうということです。日本美術家連盟はその性質を持ち、かつ一般社団法人であることが、今回、国からの委嘱という形で協力をお願いできた理由のひとつでもあります。ただ、こうして作家以外にもフリーランスが増え、多世代が共存するなかで、新たにより広い形での職能団体があり得るなら、それはどんなものなのか、私たちは考えていくべきでしょう。同時に、作家も関係者も生き方が多様化するなかで、個別の実情に即した支援を紹介してあげるような「アート・ケースワーカー」的存在の必要性も感じます。これについては作家たちの日常と直に向き合うアートセンターや、アーティスト・イン・レジデンス施設の皆さんのお力に期待しており、今回ご協力頂いた京都芸術センターの活動にもそれを感じています。
林氏は今回の動きについて、緊急事態のなかでなんとか「美術に回路をひらいた」と表現した。今後は、この事業から見えてくる展望と課題とに、各者が向き合うことになる。
林──文化芸術に関わる人々への支援という点で、私個人は今回の事業を、自分が携わる新進芸術家海外研修制度と地続きにとらえています。今夏に緊急開催した「DOMANI・明日展 plus online」展もまさにそうで、継続支援事業に関わるなか並行して準備したものです。他方、今回のことで美術界も、自分たちが生きていくうえで実際的な「新しい様式」をつくっていくしかないと強く感じます。その支援において行政側は、旧来制度の限界と真摯に向き合うことも必要になるでしょう。また個々の美術関係者にとっては、制作と生活が地続きの状況で、突然窮地に陥るリスクをどう乗り越えられるか、社会とのつながり方も含めて改めて考えたはずです。これは突き詰めれば美術教育にも関わり得るもので、全体として大きな課題でしょう。
こうした状況に対して、危機感と言ってよいものがあるとする一方で、林氏はこうも付け加えた。
林──今回をきっかけに、関わる者同士が立場を超え、互いの状況を知ることが新たな起点になればと考えています。私自身、仕事を通じてアーティストたちと関わってきましたが、今回ほどかれらの生計について考えた経験はありませんでした。また、たとえば11月に再編された無所属系作家確認証の発行認定チームも、比較的若い世代含め、アーティスト、美術館やアートセンターで働く方々、大学関係者など、多様なメンバーにお声がけしました
。それがこの支援の広がりにもつながればと期待しますし、かれらに支援の現場を知っていただき、こちらも各所からの声を伺う機会を得て、共にこれからを考えていけることを願っています。「個」が生き残るための連帯
続いて、美術関係者に向けて事前確認番号発行の窓口を担った、一般社団法人日本美術家連盟の池谷慎一郎事務局長を訪ねた。同連盟は戦後1949年発足の美術家団体。現在は約5000名が加入する。主な目的のひとつを「美術家の職能擁護」と定め、美術家の著作権から税務・法律・健康相談、また調査研究や国際交流など、関わる領域は幅広い。
一方、設立時の時代背景もあってか、正会員は日本画・洋画・版画・彫刻の4部門に分属され、会費制で入会には正会員の推薦が必要など、誰もが入会できるわけではない。会員は高齢化しつつあり、他方、昨今はこうした組織への所属に消極的、または接点のない向きも多いと思われる。そうしたなかで、事前確認番号の窓口を、広く会員以外に向けても開いたのが池谷氏たちだった。
池谷──文化庁とは、これまでも文化審議会の著作権分科会などで関わりはありました。今回のことは、私たちも一員である文化芸術推進フォーラムから、日本芸能実演家団体協議会さんらが行政支援を熱心に訴えておられるのを見て、美術もぜひ対象にと同庁へ6月ごろお願いに行ったのがご縁の発端です
。実際は文化庁でもその方向は決定済で、ただ、国と個人とのやりとりを仲介できる統括機関が見当たらないのが悩みだったようです。そこで我々は窓口として協力することになりました。同連盟を通じて発行された事前確認番号は4100名以上。申請者をみると、約1割が会員や、会員と縁のある公募団体などの関係筋からで、残る9割前後が連盟と直には関わりのない美術関係者だという
。けして「ついで」で引き受けられる窓口でないことは実態からも窺えるが、なぜこの決断に至ったのか。池谷──当連盟は設立経緯を遡れば、戦時の大政翼賛的なものへのアンチテーゼや、戦後民主主義の流れも背景にあったと思います。ただ、まず何よりも作家という「個」が生き残るため、一人で立てるために、連盟をつくったのではと私は思います。会員には、戦中に戦争画に関わった作家も含め、さまざまなかたちで戦争を経験した作家がいましたし、いまは無所属に加え複数の公募展関係者が在籍していますが、連盟のなかでは派閥もありません。そう考えると、目指すのは、本来的には会員や作家という枠を超え、「美術への支援」だと言えたら一番よい。今回の協力も、そうした考えから決めたことだと言えます。
筆者含め多くの美術関係フリーランスにとって、この窓口の存在は大変ありがたいものだった。オンラインで番号申請が可能で、本申請に向けたサポートページも用意し、申請方法の解説や採択事例のまとめを公開している。文化庁(正確には同支援事業の事務局を担う独立行政法人日本芸術文化振興会)も本申請をオンラインで受け付け、全体としてスムーズな手続きが目指された。他方、制度全体については説明が複雑、難解だとの指摘も相当数あり、あるいは確認番号はすぐ取得できたものの、本申請をめぐって混乱や戸惑いを覚えたという声もあった
。支援の橋渡しという立場から、池谷氏は今回の事業をどのように見たのだろうか。池谷──端的に言えば、急造ゆえの問題もあったと思うものの、緊急措置として支援が美術界の人々に生かせたことには意味があると思います。そして、今回のことを通じて得られた課題も含め、この経験を将来にどうつなげられるかが重要でしょう。公的セクターと作家の関係という点では、有志作家らの連帯で各所から支援を求める声が上がったことも素晴らしかった。ただ、今回のように組織という形が必要になる場面もあり、それを長く続けるには人と費用が必要になります。地方公共団体などと協力する形もあり得ますが、私たちは経済的基盤が独立性につながるとの考え方から会費制を選んでいます。美術界全体においては、これを機に他の皆さんとも、横断性と包括性が両立する関わりかたが可能ならと思っています。
同連盟は国際美術連盟(IAA)とも連携関係にあり、4年に1度の総会などを通じた交流もある。美術をめぐる支援や連帯のありかたについて、池谷氏は欧州に参考すべき部分があるかもしれないと語った。
池谷──欧州、特に北欧諸国の美術家団体などは、代表が30〜40代という組織も多い。かつ世代で分離されておらず、連続性があるように感じます。関連制度も異なるので一概に言えませんが、個人への行政支援はフランスが手厚い印象です。欧州は、「1% for Art」(公共施設の建設費の1%を、その建築物に関連・付随する芸術・アートのために支出するという考え方)の法制化なども早かった。ただ、総じてどの国も行政は行政で考えていることがあり、芸術家たちもそう。両者間に生じるコミュニケーションの齟齬の解決が重要だとも思います。その際、日本ではわれわれ美術関係者が作家や画商、美術館など、プレイヤーによってバラバラな感もある。今後の課題は、要望を行政に届けるうえでも、共通の次元がいかにつくれるか、ではないでしょうか。
行政と美術関係者をつなぐ「通訳」の価値
本稿前編の最後に取材したのは、京都芸術センターのチーフプログラムディレクター、山本麻友美氏である。同センターは今回、「無所属系作家確認証発行連合体」の事務局を担い、フリーランスの美術関係者への確認番号発行の認定作業を支えた。その経緯は、artscapeへの山本氏の寄稿「アーティストの証明──制度のなかで見えてきたこと」に詳しい。本稿では、同記事から約2ヶ月を経た現時点の成果と課題という視点から改めてお話を伺った。
京都芸術センターは、第二次補正予算決定後、6月に前出・文化庁の林氏らから相談を受けていた。先行して5月に地元・京都市が打ち出した「新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市文化芸術活動緊急奨励金」において、同センターの山本さんらで受付・相談窓口を担った実績が注目されてのことだった。
山本──京都市には、毎年若手芸術家1、2名を選出し、1年間の活動経費として300万円を交付する「芸術文化特別奨励制度」があり、当センターの指定管理者である公益財団法人京都市芸術文化協会は事務局を担っています。今年は新型コロナの状況も鑑み、これを複数人に小額交付した方がよいのではとの発想から、緊急奨励金という取り組みが生まれました。最終的に、コロナで中止になった市の事業予算活用や民間企業のご寄付も含め総計3億円が確保され、申請者のなかから約1,000人に30万円(一部20万円の追加採択)を交付できました。そこから発展した「京都市文化芸術総合相談窓口」の立ち上げにも関わるなどしてきたことで、今回、文化庁から私たちにご相談があったのだと思います。
表現が生まれる場であるアートセンターは、いまを生きるアーティストたちの実態をよく知り、また行政の文化施策や助成等の申請・許諾の現場にも明るい。そうした山本氏たちが中心となって、いわゆる「無所属系」の申請者に事前確認番号を与える役割を急遽担うことになった。この緊急支援を必要としている人たちにできるだけ届けたいとの思いで、通常なら記載不備で弾かれそうな申請も含め、丹念に実績報告を確認・調査して確認番号を発行していった。
一方で山本氏は、もしあと少し準備期間があれば、さらに協力できる可能性があったかもしれないと語る。
山本──前述の京都市の緊急奨励金でも力を入れた、申請者により理解しやすい説明や言葉選びの調整で、お手伝いできたかもしれません。舞台芸術の世界では助成等の申請に慣れた制作担当者などが比較的多いのに比べて、美術の領域はそうでない人も多い。行政側からすれば日常的な言葉でも、見慣れぬ人にとっては難解に感じて、諦めてしまうこともあります。そこである種、「通訳」的に私たちが入って調整することで、申請をよりスムーズにし、支援がより広く届くための一助になれるのでは。今回は一刻も早い支援開始を目指したこともあって時間的に難しかったと思いますが、必要な際はそうした面でも頼って頂けたらと思います。
こうした課題の解決策を、個々の申請者の対応力向上や、あるいは各所で作成・シェアされた「解説動画」のような連帯の力に求めることもできる。しかし同時に、山本氏が言うような「通訳」の能力を行政側がより積極的に活かすことにも期待したい「ウィズコロナ時代の文化芸術のための連続講座」や、申請書や実績報告書の書き方をサポートする会などを展開している。
。なお同センターではその後も京都市との連携で、フリーランスの美術関係者を対象に資金計画や確定申告講座などを行なう山本──私たちのような活動をしていると、アーティストの側、行政の側、どちらの気持ちもわかる部分があります。前述のようなことだけでなく、逆に美術関係者側から行政に声を届けようとする際も、伝え方次第で受け止め方も変わり得ると思うことは実体験としてあります。その点でも、両者をつなぐ「通訳」は大切な役割になり得ると感じます。また、行政支援と美術関係者を全国的につなぐ存在として、日本各地の地域アーツカウンシルなどにも可能性があるのではと感じています。
ここまでの取材で感じたのは、「緊急」支援ゆえの課題やその解決への試みが、実際は多くの部分で、文化芸術を恒常的に支えるための道筋と重なるということだった。後編(2021年1月15日号*)では、実際に継続支援事業を活用したアーティストら美術関係者の声を聞き、また海外に拠点を移したアーティストから見た日本の文化芸術支援や、美術関係者の新たなネットワークづくりを探る動きなどを取材する。
*追記:都合により後編は2021年2月1日号に掲載いたします。(2021年1月13日)
各地域、自治体で行なわれている支援事業についての参考URL
新型コロナウイルス感染症関連情報(地域創造)https://www.jafra.or.jp/docs/6836.html
新型コロナウイルス感染症に対する文化芸術活動への自治体支援情報(創造都市ネットワーク日本)http://ccn-j.net/covid19/