アート・アーカイブ探求

鈴木其一《朝顔図屏風》メビウスの輪の飾り──「玉蟲敏子」

影山幸一

2011年08月15日号

今生きているという魅力

 其一は恵まれていた人だと玉蟲氏は言う。「抱一がつくった路線があるし、その人脈ももらえる。パトロンもその路線からくるのでしょうが、其一には江戸一番という富豪パトロンがついた。蝋油問屋の大坂屋孫八(松澤老泉一族)だ。きれいで良質の群青や緑青をあれだけ大量に使えるのは大変なこと。もともと中国・唐の貴族好みの絵画に源流をもつ、金、銀や高価な岩絵の具を大量に使う日本の絵画は経済力がなければできない。其一はパトロンからの要求もあったかもしれないが、自分の意志として朝顔だけでやりたかったのかもしれない。あるいはパトロンとの共同企画として、焼失して現存していない伝統的画題の《八橋図屏風》とこの《朝顔図屏風》を描いたのかもしれない。《朝顔図屏風》は江戸時代だけに留めておく過去の作品ではなく、現代美術の目で見られる。時間や地域を超えて今生きているという魅力がある。現代に訴えるものがあるから、作家はこれを古典にして新しい絵画をつくるんだと宣言できる。日本美術の一部は現代美術として訴える訴求力を持っている作品があり、私たちは結構そういうものに反応していると思う」と玉蟲氏は語った。
 《朝顔図屏風》の視覚的快感の謎を解くヒントを、東京藝術大学の古田亮准教授が指摘している。「芸術としての装飾は視覚的な感覚の刺激にとどまらず、DNA的な、すなわち人間、そして自然が本来もっているリズムやパターンというものに近づくことによって価値を高めるといってよい」。美術史家エルンスト・ゴンブリッチ(1909-2001)の「装飾がもたらす“秩序の感覚”が人類のDNAに根ざす」という考えがあるそうだ(図録『琳派 RIMPA』p.18より)。むしろ其一の朝顔には秩序を破る爽快なエネルギーにあふれているが、玉蟲氏も言っているように、今後は琳派をはじめ装飾芸術の魅力を解明していくために、心理学など他の学術的視点からの研究が望まれている。

やっぱり琳派

 「琳派の概念の成り立ちは、そもそも、江戸時代後期の都市・江戸で活躍した雅人、酒井抱一(1761-1828)が、宗達から光琳にいたる流れをその周辺の絵師を含めて1815年頃に系譜づけた「尾形(緒方)流」を始まりとしている」と玉蟲氏は述べている。
 1901年に刊行された『稿本日本帝国美術略史』から、1903(明治36)年に出版が開始された『光琳派画集』を経て、1972年東京国立博物館での「琳派展」以降呼称は“琳派”に統一された。そして玉蟲氏は「言葉としての「琳派」は“リンリン”と軽やかに鳴るベルの金属音のような響きと、“りん”という玉偏の“琳”が輝かしいというイメージ、字は違うが“凛”としてという音がすっきりと自立してさわやかという意味が含まれて「光琳派」「宗達・光琳派」「琳風」など、いろいろ流れてきたが「琳派」に決まりでしょう。岡倉天心(1863-1913)や横山大観(1868-1958)、菱田春草(1874-1911)たちは1900年のパリ万博を契機に世界的に大流行したアール・ヌーヴォーを眼前にして、最初に琳派の重要性に気がついたと思う。世界に太刀打ちできる日本固有のもの、やっぱり琳派だと」。
 今年は菱田春草の没後100年にあたる。春草の出身地である長野県の飯田市美術博物館では特別展「春草晩年の探求─日本美術院と装飾美─」(2011年9月3日〜10月2日)が開催され、玉蟲氏は「明治の琳派と春草・大観」(9月19日)と題する特別講演会を行なう予定だ。
 俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と断続的に私淑継承されてきた琳派最末期の画家といわれる鈴木其一。其一は、幕末江戸市井の美意識にも敏感に反応しながら、金銀を多様した装飾性とたらし込み★1を特徴とする琳派の流れを受け継いで行った。京都の地で展開した上方琳派に対して江戸琳派は、抱一以降其一弟子たちを含めて江戸の地で展開した琳派を呼び、江戸町人の暮らしを反映し季節感を伴う洒落で粋な味わいを特徴としている。その江戸琳派を代表する抱一、其一であるが、其一は師である抱一の陰に隠れるような存在として一般にはまだ知られていないかもしれない。近年抱一の研究が進んできたことから、其一の考察も徐々に進展していくだろう。残念ながら《夏秋渓流図》(根津美術館所蔵)など、作品が国内に少ないこともあってか、総合的な其一研究はこれからとみられている。
 伝統を受け継ぎ、伝統を超えて行く創造的循環モデルの可能性を秘めて、其一の《朝顔図屏風》はすがすがしいエネルギーを発している。

★1──ある色彩を施した画面が、まだ乾かないうちに他の色彩を加え、また墨絵の場合は濃淡の違った墨色をその上にたらして、その滲みによる自然な形や色彩の効果をねらった技法。


主な日本の画家年表
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玉蟲敏子(たまむし・さとこ)

武蔵野美術大学造形学部教授。1955年東京生まれ。1978年東北大学文学部東洋日本美術史科卒業、1980年同大学大学院文学研究科美学美術史学日本美術史専攻博士課程前期修了。博士(文学)。1980〜2001年静嘉堂文庫美術館主任学芸員、1992〜2000年 東京国立文化財研究所情報資料部調査員(兼任)、その後現職。専門:日本美術史。所属学会:美術史学会、国際浮世絵学会、東洋陶磁学会。主な賞:第16回サントリー学芸賞(1994)、第16回 國華賞 (2004)。主な著書:『絵は語る13 夏秋草図屏風─酒井抱一筆 追憶の銀色─』(平凡社, 1994)、『都市のなかの絵──酒井抱一の絵事とその遺響』(ブリュッケ, 2004)、『生きつづける光琳──イメージと言説をはこぶ“乗り物”とその軌跡』(吉川弘文館, 2004)、『もっと知りたい 酒井抱一 生涯と作品』(東京美術, 2008)など。

鈴木其一(すずき・きいつ)

江戸後期の絵師。1796〜1858。江戸生まれ。父は近江出身の紫染め職人。1813(文化10)年、18歳で酒井抱一の内弟子となる。名は元長、字(あざな)は子淵、通称は為三郎、号が其一。初め噲々(かいかい)其一、後に菁々(せいせい)其一。別号に抱一からもらった庭柏子のほか、必菴、錫雲、鋤雲、鶯巣、為三堂、祝琳斎など。本姓は山本。抱一付きの酒井家家臣であり、兄弟子の鈴木蠣潭(れいたん)の急死により姉りよと結婚、鈴木家の家督を相続。内弟子から家臣となり師から俳諧や茶も学んだ。鶯巣は俳号。必菴は蠣潭の号であった。次女阿清は河鍋暁斎に嫁ぐ。1858(安政5)年其一63歳コレラで没す。代表作に《夏秋渓流図》《朝顔図屏風》《群鶴図屏風》《柳鷺図屏風》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:朝顔図屏風。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:鈴木其一, 江戸時代・19世紀中期, 紙本金地着色, 六曲一双, 各縦178.2×横379.8cm, 米国・メトロポリタン美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2011.7.28。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 右隻46.1MB・左隻46.2MB。資源識別子:CD-R(JPEGファイル:右隻4.7MB〔タイトル:54.69.2。大きさ:6304×3342。色空間:RGB。プロファイル名:Adobe RGB(1998)説明:Morning Glories, Early 19th century.Six-panel folding screen;ink, color, and gold on gilded paper, 70 3/16×149 1/2 in.(178.2×379.8cm).Seymour Fund, 1954(54.69.2)〕・左隻4.7MB〔タイトル:54.69.1。大きさ:6319×3419。色空間:RGB。プロファイル名:Adobe RGB(1998)説明:Morning Glories, Early 19th century.Six-panel screen;ink, color, and gold on gilded paper, 70 3/16×149 1/2 in.(178.2×379.8cm).Folded:H:71 3/4 in., W:25 7/8 in., D:4 1/2 in.Seymour Fund, 1954(54.69.1)〕, Usage:4600×4600pixels(A3), 各カラーガイド・グレースケールあり)。情報源:Art Resource, Inc。言語:英語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:メトロポリタン美術館, Art Resource, Inc。



【画像製作レポート】

 海外の美術館が所蔵する作品を今回初めて扱った。作品の画像手配は、このWebサイト「artscape」を管理するDNPアートコミュニケーションズ(DNPAC)が代行してくれた。DNPACは、世界中の美術館が所蔵する美術品の画像ライセンス事業を行なう世界最大級の美術画像専門エージェンシーArt Resource社の代理業務を行なっている。申請後1週間ほどで作品の画像をCD-R(JPEGファイル各4.7MB, カラーガイド・グレースケール付き)で入手。一度メールで送信してくれたが、データの容量が大きく、プロバイダーの規定をオーバーしたため確実な方法として郵送を選択。今回残念だったのは、記事の最初に表示されるメイン画像は1年間のみの掲載となり、目次のアイコンは継続的に掲載できるもののTop画面としては1ヵ月間の条件付き掲載で、さらに記事の中にある「主な日本の画家年表」に用いる作品画像は予算の都合で掲載を見送った。年表には代わりにイメージ写真を使っている。作品画像使用料金は、合計460ドル。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。モニターに表示した作品画像のカラーガイドと事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)しておいたカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)、作品が掲載されている書籍を参照しながら、目視により色を調整。額縁の外側に合わせて切り抜く。Photoshop形式:右隻46.1MB・左隻46.2MBに保存。
 海外に所蔵されている日本美術の作品をこうして収集することができると、その作品を所蔵している美術館が身近に感じられてくる。また海外に流出した日本の美術作品が、どこにどのくらいあるのか、作品の価値や質も気になるがまずは作家名と作品名を調査し、その所在を明らかにしたい。散逸した資料を一堂に集めるデジタルアーカイブの真骨頂である。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

千澤楨治・山地章三「其一画の展望」『MUSEUM』No.261, pp.4-18, 1971.12, 美術出版社
図録『創立百年記念特別展 琳派』1972.10.5, 東京国立博物館
山根有三編『琳派絵画全集 抱一派』1978.12.12, 日本経済新聞社
玉蟲敏子「江戸後期の『西遊紀行』について(上)(下)─鈴木其一著『癸已西遊日記』を中心として─」『MUSEUM』No.361(pp.29-40)・No.362(pp.11-25), 1981, Museum-Shuppan
河野元昭「鈴木其一の畫業」『國華』1067号, 1983.10, 國華社
竹谷長二郎・北野克編『日本書誌學大系38 鈴木其一書状』1984.8.31, 青裳堂書店
村重寧・小林忠編『琳派』第五巻「綜合」別冊, 1992.10.27, 紫紅社
安村敏信編, 図録『特別展「江戸文化シリーズ12 鈴木其一展」』1993.4.10, 板橋区立美術館
横山九実子「鈴木其一考──伝記及び造形上の諸問題」『美術史』No.136, pp.193-216, 1994.3, 美術史学会
竹内美砂子「鈴木其一考 落款編年と琳派回帰」図録『特別展 琳派 美の継承──宗達・光琳・抱一・其一』pp.29-40, 1994.4.21, 名古屋市博物館
玉蟲敏子「琳派・造形と伝承展〜宗達・光琳から抱一・其一まで〜」『茶道の研究』497号, 第42巻第4号, pp.48-52, 1997.4.25, 茶道之研究社
玉蟲敏子「〔日本美術の装飾性〕という言説」東京国立文化財研究所編『語る現在、語られる過去 日本の美術史学100年』pp.240-257, 1999.5.19, 平凡社
古田亮「琳派からRIMPAへ」図録『琳派RIMPA』pp.16-31, 2004, 東京国立近代美術館・東京新聞
玉蟲敏子「近代における〔琳派〕の出発と研究の歩み」『琳派 RIMPA──国際シンポジウム報告書』pp.19-38, 2006.4.20, ブリュッケ
玉蟲敏子「琳派の近代化と国際性」『日本の伝統工藝再考 外から見た工藝の将来とその可能性─国際シンポジウム 第27集─』pp.189-204, 2007.9.3, 国際日本文化研究センター
Webサイト:「踊る朝顔 江戸の絵師 鈴木其一の挑戦」『日曜美術館』2008.7.20(http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2008/0720/index.html)NHK, 2011.7.27
Webサイト:tosboe51「朝顔図屏風/鈴木其一」『遊びをせんとや生れけむ』2008.7.21(http://blogs.yahoo.co.jp/tosboe51/57352312.html)2011.7.27
Webサイト:いづつや「朝顔図屏風 驚愕する鈴木其一の朝顔図屏風!」『いづつやの文化記号』2008.7.22(http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2008/07/post_0825.html)2011.7.27
玉蟲敏子『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい 酒井抱一 生涯と作品』2008.9.25, 東京美術
田沢裕賀・山下裕二「琳派概念を疑え!」『美術手帖』p.68-75, 2008.10.1, 美術出版
松嶋雅人「其一の止まる時間」『尾形光琳生誕350周年記念 大琳派展 継承と変奏』pp.318-321, 2008.10.7, 読売新聞社
小林忠『江戸の絵画』2010.1.20, 藝華書院
竹林佐恵「国文学研究資料館所蔵〈鈴木其一書状〉の分析と考察」『美史研ジャーナル7』pp.6-21, 2010.3.31, 武蔵野美術大学美学美術史研究室
図録『琳派芸術:光悦・宗達から江戸琳派』2011.1.8, 出光美術館
岡野智子「鈴木其一」『別冊太陽 日本のこころ117 酒井抱一 江戸琳派の粋人』pp.148-149, 2011.1.15, 平凡社
図録『千住の琳派─村越其栄・向栄父子の画業─』2011.3.19, 足立区立郷土博物館
Webサイト:『Art Resource』(http://www.artres.com/c/htm/CSearchZ.aspx?...)Art Resource, Inc, 2011.7.27
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Webサイト:「Morning Glories」『Heilbrunn Timeline of Art History』(http://www.metmuseum.org/toah/works-of-art/54.69.1%2C2)The Metropolitan Museum of Art, 2011.7.27
Webサイト:「morning glories Suzuki kiitsu」『Works of Art-Collection Database』(http://www.metmuseum.org/works_of_art/collection_database/all/...)The Metropolitan Museum of Art, 2011.7.27

2011年8月

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