アート・アーカイブ探求

片山楊谷《竹虎図屏風》獣毛の生気──「山下真由美」

影山幸一

2013年09月15日号

中国趣味の長崎絵画

 片山楊谷は、1760(宝暦10)年長崎の浜町という街中に生まれ、4歳で父を亡くし、1772(安永元)年13歳の頃故郷を離れ、絵筆を携えて諸国を遊歴したと伝わる。鳥取県が1907(明治40)年に編纂した『因伯(いんぱく)記要』によると、楊谷は医師である洞雄敬(とうゆうけい)を父に、通称は宗馬、名を貞雄、号を楊谷または画禅窟という。ときに洞楊谷と呼ばれるのは、片山の記名が入った作品が見つかっていないことや、楊谷の画風が長崎仕込みの中国趣味の絵画で、落款も中国人風の一字姓「洞」を用いたことが要因していると思われる。
 楊谷の父は中国人という説があるが、帰化した清国人医師と伝えるものもあり断定はできないと山下氏は言う。また「洞雄敬」は楊谷の名で、父は「洞雄山(とうゆうざん)」という見解がある。長崎の郷土史家・古賀十二郎の『長崎画史彙傳』のなかで、楊谷を「洞雄敬」の名で紹介した文に、父雄山は1763(宝暦13)年48歳で亡くなり、母は1792(寛政4)年74歳で亡くなったことが記されており、山下氏も父の名を洞雄山としている。
 楊谷は、隠元禅師(1592-1673)をはじめ黄檗宗とともに長崎へもたらされた中国趣味の強烈な色使いと、奇怪なフォルムで人目を驚かす中国福建省あたりの風変りなスタイルや、さらに中国浙江省から長崎へ来た清代の画人・沈南蘋(しんなんぴん, 1682-?)の細部の描出にこだわった写実技法を学んだ。そして楊谷は中国趣味の長崎絵画をブランド化し、毛描きを武器として長崎から東へ向かった。短身ながらトビのようないかり肩で、ハヤブサのように眼光鋭く、負けん気の強そうな風貌で、長い髪を紫の糸で束ね、街を大股で闊歩し人々の注目を浴びていたと伝えられ、大酒飲みの逸話も残されている。

【竹虎図屏風の見方】

(1)タイトル

竹虎図屏風(ちっこずびょうぶ)。

(2)サイズ

各隻縦153.4×横358.7cm。六曲一双の本間(ほんけん)屏風。一扇に対し3枚の良質な紙を継いでいる。

(3)モチーフ

虎、竹、笹。竹虎は地上最強の生物を象徴する。

(4)構図

右隻は雄と雌の虎を重ね、左隻は雄の虎を中央に配置、3頭の虎は竹に囲まれる。雌を奪おうと威嚇する左隻の雄と、それに対抗する右隻の雄が睨み合っている。尾が長過ぎてバランスが崩れている部分があるが、整合性を超えた迫力ある表現。

(5)画材

顔料、胡粉、墨、和紙。

(6)色

黒、白、茶、青、紫、金。経年変化により紙が少し変色しているが、虎の色と馴染んでおり違和感はない。画中の余白には金砂子(きんすなご)が雲形に蒔かれているが、これは後補によるものかもしれない。

(7)技法

虎は自由奔放な毛描きによって、滞ることなく無数の線で全身を覆う。虎の黒い縞模様は、下地に墨を刷いた後に毛を描き加えている。画面背景には、薄墨を引き、しなる墨竹を刷毛で一気にダイナミックに描いた(図参照)。

竹《竹虎図屏風》(部分)

(8)落款

右隻に「瓊浦楊谷道監冩(けいほようこくどうかんしゃ)」の署名と、「源流得真(げんりゅうとくしん)」の白印楕円印、ならびに「楊谷」「義父」の大きな白文連印。「源流得真」印は上下逆、逆さ印に偽物はないといわれる。瓊浦(けいほ)は長崎の別名、楊谷と道監は号、楊谷が若いときに道監を使っている(図参照)。


落款印章《竹虎図屏風》(部分)

(9)制作年

1782(天明2)年前後。款記の書体と使用二印は、1780(安永9)年の《猛虎図屏風》(鳥取県立博物館蔵)など、楊谷20代の作例にしか見られず、とりわけ楊谷の「谷」が天明2年の《月夜枇杷鳥図(げつやびわとりず)》(渡辺美術館蔵)の書体に近いところから、楊谷23歳頃の天明2年前後の作と考えられている。絵の依頼主や制作の過程などは不明。

(10)鑑賞のポイント

右隻では竹が、左隻では虎の尾(図参照)が、画面の外に一度出て、再び戻っており、スケールの大きさと躍動感、若々しいエネルギーを感じる。剛毛に包まれた猛々しい虎は、江戸時代後期のユニークな作例。虎の体毛は濃淡や太さを変えて一本一本描かれ、“楊谷の毛描き”が見える。特に大きな頭部の毛並みは細やかに毛流れを変えたり、色を変えて凹凸感を出すなど丹念に描かれており、髭は放射状に伸びて異様に長い(図2点参照)。睨み合う雄の2頭は全身が“針ねずみ”のように硬質な毛が総毛立ち怒っているが、右手の雌は毛並みが柔らかで穏やか。怖そうな虎も近くで見ると、目や鼻、爪をのぞいて輪郭線がなく着ぐるみ風で「ドラえもん」にも見えてくるほどユーモラスで愛らしく、いまにも画面から飛び出してきそうな立体感がある。虎の毛を描く時間と比較すれば竹は一瞬で出来上がったのだろう。長時間と短時間、直線と曲線、硬質と軟質、カラーとモノクロ、動物と植物が画面上に並置された空間に身を置いたとき、われわれは何を思うのか。江戸時代の豊かさに包まれた楊谷初期の代表作。鳥取県指定文化財。


虎の尾《竹虎図屏風》(部分)


虎の顔《竹虎図屏風》(左隻部分)


虎の顔《竹虎図屏風》(右隻部分)

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