アート・アーカイブ探求

岡本神草《口紅》──乱調にある官能美「田中圭子」

影山幸一

2014年09月15日号


岡本神草《口紅》1918年, 絹本着色, 二曲一隻, 135.9×137.4cm, 京都市立芸術大学芸術資料館蔵
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美の領域

 違和感なく普通に使っていた想定外という言葉が、方便として使われてきたように思える昨今である。地震・津波・原発は言うまでもなく、今夏も広島市をはじめ日本列島各地に爪痕を残した集中豪雨の自然災害、熱帯の伝染病であったデング熱が都心の公園から蔓延し百余人が感染するなど、もはや想定外では収まりきらない深刻な事態が続いている。もともと想定には内と外はなかったのかもしれない。
 美に領域はあるのだろうか。想像の賜物である美はどこまでが美なのか、を考えさせられる作品がある。怪しげな不美人の美人画。アンバランスな華飾が、醜さぎりぎりの美を表わし、神秘的な表現によって女性の本質を伝える絵画である、と断定してしまうのは安易だろう。美と醜の境界線はどこにあるのか。狐のような目をした舞妓が跪いた前かがみの姿態と、真っ赤な色が甦ってきた。岡本神草の《口紅》(京都市立芸術大学芸術資料館蔵)である。
 岡本神草は、大正時代に京都で活躍したが早世し、残された作品や資料が極めて少ないため幻の画家と呼ばれる。美術館で個展が開催されたこともなく、知名度は低いが《口紅》を間近に見ると不気味さも含め、丁寧に描かれていることがわかり新鮮で魅力的である。怖いと嫌悪する人もいるが、想定外の美とも思える斬新な《口紅》を探求してみたい。
 《口紅》の見方について、京都造形芸術大学専任講師の田中圭子氏(以下、田中氏)に話を伺いたいと思った。田中氏は日本近代美術史が専門で、特に明治・大正期の女性表象を研究しており「岡本神草の画風形成に関する一考察」(2007)や「岡本神草とその周辺──初期作品を中心に」(2009)など、岡本神草について研究を続けている。大学が夏休み期間であったため、東京・池袋でのインタビューとなった。


田中圭子氏

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