2021年11月15日号
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アート・アーカイブ探求

熊谷守一《白猫》──抽象画に見える「池田良平」

影山幸一

2009年01月15日号

没後30年展

 池田氏は、これまで「熊谷守一展 宇宙に遊ぶ童心」(1991~1992)、「没後20年 『熊谷守一』展」(1997~1998)、「没後30年 熊谷守一展 天与の色彩 究極のかたち」(以下、没後30年展。2007~2008)と、節目となる大規模な熊谷の展覧会を3回関わってきた。熊谷家の人々や研究者、コレクターたちに会い、天童市美術館以外にも巡回展を行なっている。そのような池田氏にとって、熊谷作品を収蔵している埼玉県立近代美術館は首都圏にある比較的身近な美術館だった。池田氏は、1987年に「没後10年特別企画 熊谷守一 ひとと芸術展」が東京・池袋の東武百貨店で開催されて以来、首都圏で大規模な展覧会が開催されていなかったこともあり、没後30年展は首都圏で開催したいと考え、縁のある埼玉県立近代美術館での開催が決まっていったと語った。熊谷の良質な作品を間近に見る機会を首都圏の人は得られたのだ。この展覧会は天童市美術館を含め、萬鉄五郎記念美術館(岩手県)、成羽町美術館(岡山県)の4地域を巡回した。図録の巻頭に山下裕二氏(明治学院大学教授)を起用したのもアウトサイドの視点から熊谷を語り、従来とは異なる熊谷を発掘し、熊谷を知らない人々にも興味を持ってもらいたいという期待が込められていた。

コレクターズアイテムから公共財へ

 没後30年展は大きな節目だったが、それ以前、2004年から2005年にかけて『別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一』(平凡社)、『熊谷守一の猫』(求龍堂)、『熊谷守一油彩画全作品集』(求龍堂)と出版が続いたこともあって、2004年以降熊谷への関心は高まってきたと池田氏は感じていた。2003年には熊谷の最大のコレクターであり、よき理解者として熊谷を支援してきた愛知県名古屋市の実業家・木村定三氏(1913年生まれ)が死去し、2004年には遺された作品約200点が愛知県美術館へ寄贈された。コレクターにテーマやサイズが好まれるコレクターズアイテムである熊谷作品は、一般に公開されることが少ないため、こうして公共財となれば熊谷作品を見る機会は増えてくる。熊谷研究者やファンにとっては喜ばしいことである。コレクターの世代交代が起きているといわれる近年、これを好機として美術館は作品の収集と共に、保存と公開という次世代に向けた運用を継続していくことが大切であろう。真実の姿を見つめ、見極め、それらをいかに絵にするかに専念した画家・熊谷守一。木村定三氏の言葉に「純粋度ナインナイン」というのがある。熊谷の人間性を形容したもので、純粋度の高い金属が絶大なる威力を発揮するように、熊谷の純粋度が厳粛感や法悦感のある作品として結晶した。熊谷のコレクターは、熊谷の作品に安らぎを求めていた人が多いと言う。

守一様式

 熊谷の人物について書かれた文章は多く、その風貌にも人を惹き付ける魅力があり、詳しく紹介することは控えるが、97歳まで自分の生き方を貫いた純粋な人であることは確かだろう。熊谷が熊谷守一という個性の限界に挑み、普遍化していったような一生だった。作品制作の態度は徹底した自然観察である。「蟻は左の二番目の足から歩き出す」は熊谷の有名な言葉。最近池田氏は俳句の世界につながると思えるようになったと言う。自然鑑賞の行為から一瞬を切り取り17文字に収める世界。一つひとつの行為に無駄がないことは熊谷芸術に通じる。また昔、池田氏は熊谷のモチーフに多い花や猫などの作品は、購買者に迎合しているようでいい絵とは思えなかったそうだ。しかし、どれも意味があって熊谷が消化して描いていると思えてきたそうだ。生涯に約1,300の作品を制作したという熊谷。油彩画のほか、水墨画や書、ブロンズ像、焼物の絵付けなどと表現領域は広い。美術が混乱していた明治に生まれ、大正・昭和と激動の時代を生活苦にあっても飄々と生きてきた。国内に留まり自由な精神で身の回りの動植物を描き続けた。そして熊谷は、明快な輪郭線と平滑な色面を特徴とする「守一様式」を生み出した。守一様式の結晶ともいえる《白猫》(木村定三コレクション)について、池田氏が絵の見方を解説してくれた。

【白猫の見方】

(1)モチーフ

犬は従順すぎるからと自由奔放な性格の猫を好んだ熊谷は、猫に共感し、あこがれていたのかもしれない。作品の題材として《白猫》はこの1点でなく、数点描いている。かわいらしい1匹の猫が描かれているのだが、もしかすると線と色の配合と配置、全体のバランスを追及した絵ではないだろうか。直線と曲線、対象と背景の色のボリューム感など、具象画でなく抽象画にも見える。

(2)構図

うつ伏せに寝ている猫の横向きのポーズ。絵の中に描かれた一部を見るのではなく、四角い画面全体が一つの作品である。

(3)色彩

白と茶の2色。地面にむしろを敷いて腹ばいになり絵を描いていたので、茶色は地面の色なのだろう。熊谷の色は、かたち同様に平明である。

(4)画材

油絵具と板。スケッチ旅行に持参した絵具箱に収まるサイズ4号(縦24.1×横33.2cm)の板が使われている。熊谷作品の修復時における蛍光撮影や紫外線撮影では、油絵具でない絵具を使っていた作品も発見されており、つやを調整するため油抜きした油絵具が使われるときもあった。

(5)技法

作品と同じ寸法にスケッチを描いて、薄いトレーシングペーパーに写し取る。そしておそらくカーボン紙のような日本画で使う念紙をトレーシングペーパーと板の間にはさみ、絵の輪郭線をなぞって板に写す。板に描かれた線の上を赤い鉛筆でなぞり、その後絵具を塗っていく。設計図面のようなスケッチがあることで、同じ絵を何点も描けると言った熊谷の油彩画制作法である。熊谷にとって、板はキャンバスより手に持ちやすく筆圧を受け止めるのに適していたのだろう。また筆さばきのタッチがリズミカルで特徴的。これによって猫に立体的な感覚が生まれてきている。さらにためらいのないきりりとした輪郭線、あるいは何気なくゆったりとした輪郭線が含まれている。輪郭線は、作品全体を生み出すための重要な要素になっている。

(6)季節

秋から冬にかけて、日向ぼっこして寝ている猫がイメージされる。

(7)音

無音でも、メロディーでもなく、柔らかい音が小さく流れている感じ。

(8)鑑賞の光

熊谷が夜に絵を描いていたときと同じ環境にして裸電球の下の明かりがよい。天童市美術館の熊谷守一展示室内では、それに合わせて色温度を3,000度Kに設定している。

(9)サイン

作品全体のバランスを考慮して、画面左下にカタカナで記号化して「クマガイモリカズ」とサインを入れている。漢字では意味や形が強調されてしまう。画面を引っ掻くように大胆に書いているが特に新しい色を使うわけでなく、目立たないように心がけられている。熊谷の作品の中には、制作日時、時には時刻まで裏書きされた作品がある。熊谷は膨大な時間をかけて風景の一瞬を切り取っている。

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