アート・アーカイブ探求

雪舟《秋冬山水図(冬景)》 東洋的視座とオリジナリティ──「島尾 新」

影山幸一

2009年02月15日号

 技術の共有

 島尾氏は語る。「日本美術のありようは明治・大正と大きく変わり、戦後には古くからの流れと現在との繋がりについての問題意識も飛んでしまった。伝統といってもどこが伝統かわからないまま、明治と言ったり江戸と言ったりしている。80年代以降は鮮烈な批評や批判もなくなって、全体的にぼやけた感じになってきている。そうなったのは、美術の目的が変わったというか、はっきりしなくなったからだろう。ばかみたいな言い方をすれば、芸術の目的は、世の中(社会)との関係のなかでそれ自体を良くすることにある。そういう感覚が失われたのは、あまりにも行き過ぎたオリジナリティ幻想の弊害だと思う。美大にいるアーティストの卵たちは自分の作品への鑑賞者の共感を求めるのだが、“私のオリジナリティに共感して!”というのは一種の自己矛盾だろう。空間芸術などと見かけは広くなっているようだが、結局は世界を狭くしているのではないか。特にまずいのが“わざ”の世界、自由度の高い絵画は典型である。技術はみんなでやらないと厚みがでない。明治の頃には、日本美術院で朦朧体(もうろうたい)など、まだそれなりにみんなで一生懸命やっていた。技術が個人に属してしまうと共有するものが無くなって、その上に積み重なるものがなくなってしまう。『自由なる芸術は教育するものではない』という人もいるが、こういう状況下だからこそ技術の厚みは維持し教えないといけないのではないか。単純にいえば『もうちょっと共同作業もしましょうよ』ということなのだが。私も遅まきながら水墨についてはやろうと思う。オリジナリティについて、ついでに言えば、人の作品から引用したらオリジナリティが低いというのも嘘。雪舟の《秋冬山水図(冬景)》も山水画家・夏珪という人のスタイルを受け継いで描いた、極めてオリジナリティに富む山水画だ。雪舟が特殊なのは、500年前に“近代日本の願望”を実現するための材料を既に用意していたことである」。島尾氏は現在、鎌倉・室町時代から続く日本の水墨画世界が衰退するなか、水墨を取り巻く環境を整えるために、筆と墨、紙と絹の技術の共有の復興へ向けて動き出そうとしている。


主な日本の画家年表
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【画像製作レポート】

 東京国立博物館の所蔵する画像を販売する(株)DNPアートコミュニケーションズへ、数点ある《秋冬山水図(冬景)》の画像のなかから、作品の撮影日が新しそうな画像番号C0020315を依頼して画像を入手した。(株)DNPアートコミュニケーションズのホームページにIDとパスワードを入れ、インターネット経由で画像をダウンロード、簡単にデジタル画像を入手することができた。使用目的に応じてTIFFとJPEGの2通りから選べる。iMacの17インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によってカラー調整し、目視による画像の色調整に備える。今回はTIFF画像をもとに色調整を行ない、画像を切り抜いて作品の画像を製作した。色調整作業は事前にカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)をスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。そのスキャニングしたカラーガイドを実物のカラーガイドを見ながら誤差を修正。そしてこの修正済のカラーガイドと、ダウンロードしたTIFF画像に写っているカラーガイドを合わせていった。画像データはPhotoshop形式33.9MBとして保存。またセキュリティーを考慮して電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって拡大表示できるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]

島尾 新(しまお・あらた)

多摩美術大学美術学部共通教育教授。美術史家。1953年東京生まれ。1979年東京大学文学部美術史学科卒業。1982年同大学院美術史学専門課修士課程修了。1984年より東京国立文化財研究所(現東京文化財研究所)に勤務、同研究所の美術部広領域研究室長を務め、2002年より現職。主に日本中世の絵画史で室町水墨画が専門。美術史学会所属。主な著書は『雪舟』(1996, 新潮社)、『「天橋立図」を旅する─雪舟の記憶』(2001, 朝日新聞社)、『雪舟の「山水長巻」─風景絵巻の中で遊ぼう』(2001, 小学館)など。

雪舟等楊(せっしゅう・とうよう)

室町後期の画僧。(1420-1506?)備中国赤浜(岡山県総社市)の生まれ。俗姓は藤氏、または小田氏。総社市の宝福寺(臨済宗)で剃髪し、幼くして京都・東福寺を経て、相国寺に入る。春林周藤に師事し、等揚の諱(いみな)をもらい、絵を天章周文に学んだ。30代半ば相国寺を出、周防(山口)へ移り、対明勘合貿易を主宰するほどの勢力を持った大内氏の庇護のもとに制作。46歳ごろ愛蔵していた中国の僧・楚石梵琦(そせきぼんき)の墨蹟「雪舟」二大字から雪舟を得て、雪舟等楊と号した。これ以前は拙宗等揚。1467年(応仁1年)、応仁の乱勃発の年に、48歳で遣明使に随行し、水墨画の本場中国へ。《四季山水図》(東京国立博物館蔵)などを中国で描く。69年帰国後、豊後府内(大分)に天開図画楼(てんかいとがろう)という画房を営む。79年ごろ再び山口に移り住み、その庵を「雲谷(うんこく)庵」と称した。生涯旅をよくした。宋・元・明の絵画を幅広く学び、北宗画系の水墨画様式を個性化し、山水・人物・花鳥・肖像・仏像も描いた。《山水長巻》《破墨山水図》《天橋立図》《慧可断臂図》など。「画聖雪舟」といわれる。

秋冬山水図(冬景)デジタル画像のメタデータ

タイトル:秋冬山水図(冬景)。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:雪舟筆, 室町時代制作, 紙本墨画, 掛幅, 47.8×30.2cm, 国宝。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2009.1.29。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 33.9MB。資源識別子: 列品番号A-139, 画像番号C0020315, TIFF Image:56.7 MB。情報源:─。言語:─。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東京国立博物館

参考文献 

沼田賴輔『畫聖雪舟』1912.2.10, 聚精堂
熊谷宣夫『雪舟等楊』1958.9.15, 東京大学出版会
島尾 新編『雪舟』(新潮日本美術文庫)1996.12, 新潮社
島尾 新『美術館へ行こう 水墨画と語らう』1997.11.10, 新潮社
山下裕二「ゼロからの名作鑑賞ガイド なぜこの名作は名作なの?6人の専門家による6つの手ほどき」『日経アート』p.22-p.23, 1998.3, 日経BP社
島尾 新「雪舟等楊の研究(3)──[秋冬山水図]の情報学(上)」『美術研究』第372号, p.99-p.117, 1999.3.25, 東京国立文化財研究所
島尾 新「雪舟研究の現状と課題」『國華』第1275号, p.19-p.23, 2002.1.20, 國華社
山下裕二編・監修『雪舟はどう語られてきたか』(平凡社ライブラリー424)2002.2.6, 平凡社
山下裕二「雪舟畫の本質──逸脱について」『國華』第1276号, p.19-p.32, 2002.2.20, 國華社
赤瀬川原平・山下裕二『雪舟応援団』2002.3.25, 中央公論新社
島尾 新「雪舟等楊の研究(4)──[秋冬山水図]の情報学(中)」『美術研究』第376号, p.355-p.371, 2002.3.29, 独立行政法人文化財研究所 東京文化財研究
図録『没後500年 特別展 雪舟』2002.4.23, 毎日新聞社
小林秀雄「雪舟」『小林秀雄全作品18 表現について』p.9-p.19, 2005.3.10, 新潮社
島尾 新監修『すぐわかる水墨画の見かた』2005.2.1, 東京美術
島尾 新「絵画史研究と光学的手法──[源氏物語絵巻]の調査から」『講座日本美術史 第1巻 物から言葉へ』p.79-p.112, 2005.4.26, 東京大学出版会
島尾 新「雪舟─500年前の光ファイバー?」『電気協会報』第974号, p.38-p.40, 2006.1, (社)日本電気協会
『雪舟等楊──「雪舟への旅」展 研究図録』2006.11.1, 「雪舟への旅」展実行委員会
山下裕二「特集 色の不思議、不思議な色 雪舟の墨はなぜ黒いのか?」『カルチュール』第4号, p.6-p.10, 2007.3, 明治学院大学教養教育センター付属研究所

 

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