アート・アーカイブ探求

押江千衣子《オアシス》──普通の自然に意識を向ける「大島賛都」

影山幸一

2009年05月15日号

押江千衣子《オアシス》
押江千衣子《オアシス》2001, オイルパステル・油彩・キャンバス, 227.3×324.2cm,
東京オペラシティアートギャラリー蔵
無許可転載・転用を禁止. Courtesy Nishimura Gallery
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デジャ・ヴのような

 絵は私にとって連想ゲームである。本好きにとっては本が連想ゲームなのだろうが、イメージがイメージを呼び、私の幸福な出会いが待っている。先日、静岡県天竜にある美術館を訪れた。美術館は丘の上に建っていた。緩やかな左カーブの坂を登ると、美術館にたどり着く。静かな自然の中の天竜、しかしそこにも日常の雑事が生活としてある。それを一枚ずつ脱ぎ捨てていけるように用意されたアプローチをゆっくり登ると美術館があり、扉を開けるのもはばかれるような入口だ。
 91歳までインドを訪れ風景や自然を描いてきた女流画家・秋野不矩(あきの・ふく, 1908–2001)の美術館、インドの土に膠(にかわ)を混ぜれば岩絵の具になったという不矩は、大地の土をそのまま絵具にして、輪郭線のにじむ発色のよい絵を描いた。漆喰塗りの壁、ござが敷かれた廊下、白い大理石の広い展示室、靴を脱いだ足からひんやりと伝わる感触が作品との距離を身近にした。作品を体感する装置としての美術館は、藤森照信の設計によるものだった。赤瀬川原平が不矩を撮影していたり、路上観察学会の美意識に満たされた空間に、サスガと合点した。日光が当たる美術館には窓は少ない、光と風を感じるバルコニーからインターネットで見ていた虹のような印象の絵をデジャ・ヴのように思い出していた。

深呼吸の気分

 インターネットで美術作品を見る時間が増えてきた。そうかと言って美術館へ行く回数が減ったわけではない。やはり実物を見たくなる。その絵を調べてみると押江千衣子の《オアシス》(東京オペラシティアートギャラリー蔵)であった。ちょうど西村画廊のグループ展に押江のドローイングが出展されていると知り見に行った。押江の実際の作品を見たのはこれが初めてだ。大らかでどこかユーモラス、植物の緑色を生き生きと描いていた。深呼吸でもしたい気分だ。スピード感のあるヌードのドローイングもあった。
 押江の作品は高松市美術館、群馬県立近代美術館などに収蔵されている。ドローイングではない油彩画を見てみたいと思ったが、常設展示されているところはなさそうだった。西村画廊の協力で保管されている油彩画《山笑う》(227.3×364.0cm, 2007)を見せてもらうことができた。緑色の山を見渡し、水蒸気に満ちた木々に包まれている感じ。間口の広い優しい絵なのにどこか鋭い。東京オペラシティアートギャラリー で《オアシス》の実物を見せてもらうことはできなかったが、今回は押江作品の代表作のひとつである《オアシス》を見てみたい。
 解説は、元東京オペラシティアートギャラリー学芸員で、現在は大阪のサントリーミュージアム[天保山]の学芸員を務めている大島賛都氏(以下、大島氏)にお願いした。大島氏は東京オペラシティアートギャラリー時代に、収蔵品展『寺田コレクションの女性作家たちを中心に』(2002.12.7─2003.3.2)で《オアシス》を展示企画した経験がある。6年前の記憶をたどってもらうことができた。ゴールデンウィークの早朝、N700系の新幹線「のぞみ」で大阪に向かった。

大島賛都氏
大島賛都氏

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