アート・アーカイブ探求

押江千衣子《オアシス》──普通の自然に意識を向ける「大島賛都」

影山幸一

2009年05月15日号

色の力

 大島氏は1964年の栃木県小山市生まれ。英国国立イースト・アングリア大学美術史学部卒業後、オックスフォード近代美術館インターン、国際交流基金非常勤、フリーランス通訳・翻訳などを経て、1997年東京オペラシティアートギャラリー、2004年よりサントリーミュージアム[天保山]の学芸員を務めている。現代美術を含めて美術に対する関心は幅広い人だ。5月10日に終わってしまったが、現代美術展「インシデンタル・アフェアーズ うつろいゆく日常性の美学」は、大島氏の企画でカタログ完売が示す通り質の高い展覧会だった。
 大島氏と押江作品との最初の出会いは、大島氏が東京オペラシティアートギャラリーで企画した6名のグループ展「プライム:記憶された色と形」(2000)だと言う。現代美術の中の“色”と“形”に着眼した展覧会に、押江の《あまいにおい》など9点を出展した。植物を拡大して描いているため「人間の目線、身体的な尺度から離れないように展示した覚えがある」と記憶をたどる。第一印象を「色がすごくきれいだと思った。色の洗練さ、美しさを強く感じたのを覚えている」と述べ、押江の色は出色していたようだ。
 大阪には押江のアトリエもある。押江から直接話を伺うことができた。《オアシス》は押江にとっては難しい作品だったそうだ。見たこともないものを見たいという思いで描き始め、試行錯誤の末、2ヵ月ほどかかりやっと完成したと言う。初めて買った植物を育てながら描いたという《オアシス》は、抑制された、落ち着いた静かな作品になったと話す。大島氏に学芸員として《オアシス》の見方を伺い、押江のコメントを付け加えた。

【オアシスの見方】

(1)モチーフ

睡蓮と金魚。金魚は3匹いる(写真参照)。「かわいい花が咲いてきたとき、描きたいと思って花も描いた(写真参照)。葉の形が面白いが“ペたっ”とした平面をどうしたらいいのか悩んだ」と押江。

金魚《オアシス》(部分) 花《オアシス》(部分)
左:金魚《オアシス》(部分) 右:花《オアシス》(部分)

(2)構図

睡蓮を斜め上から覗き込むようにとらえている。「目線の動きを考えて、大体の構図を決めて下書きはしないで描いていく」。

(3)色

押江の色の美しさは、重要な部分で他の作家とは際立って異なっている。

(4)技法

オイルパステルを使い、指でキャンバスの目の中に細かい粒子を丹念に染み込ませて描く。これはあまり色が交わらないために発色とも関係してくる。

(5)サイズ

縦227.3×横324.2cm。大きいと視覚的インパクトが出てくる。見たときの意識の状態のまま描くにはこのサイズが押江にとっては必要だったのだろう。慣れ親しんだ自然に備わる身近で確かな存在感を、しっかりと確認するためのサイズかもしれない。また、雑草が生える環境さえもが急速に失われつつある現代は、ある意味不安を抱えた時代ともいえようが、その大きな画面を眺めていると身も心も癒されるようだ。押江は、アトリエから作品を出してトラックに乗るサイズであると言っている。また完全に定着しないオイルパステルのため保護する必要からのサイズだと。さらに指でなでるように描いていて、大画面の中に自分が溶け込むようになりたいとも。

(6)画材

セヌリエのオイルパステル(写真参照)と溶き油、キャンバス2枚。

オイルパステル
オイルパステル

(7)表現内容

画面に睡蓮を拡大して描いていることから、睡蓮をよく観察している様子が伝わる。目でもって感情移入をしているように感じるところが、植物を描いている他の作家とは異なる押江らしさ。シンプルでストレートな表現だが、そこに込められている人間と自然の基本的な関わり方が伝わってくる。エコロジーの物語が語られる現代、自分の手の届く範囲内で自然と関わることが一義的にあると思うが、そういう自然との触れ合い方の大切さを押江作品は伝える。絵画に何を求めるかによるが、押江作品は決して小さなものではない。かわいいきれいな花を美しい色彩で描こうとしているだけでなく、見えてきているのは人間と自然の触れ合い、それが特別のものではないということ。普通の自然に意識を向ける大切さ。丸文字のように形がほっこりしていて、見ていてリラックスする。《オアシス》は押江がヨーロッパに留学する前の一つの到達点でもある。

(8)季節

睡蓮は夏の季語。「たぶん描いたのは9月だったがはっきり覚えていない」。

(9)音

静か。「時刻のわかるラジオを聞きながら絵を制作する場合が多いがこれは静かな絵」。

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