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アート・アーカイブ探求

狩野永徳《上杉本洛中洛外図屏風》 金雲に輝く名画の謎を読む──「黒田日出男」

影山幸一

2009年07月15日号

永徳の細密

 室町時代の中期以降、400年にわたり画壇を支配してきた一大流派である狩野派。世襲制を建前に、家系と画系を両立させながら、画壇での勢力を維持し、時の権力者の生活空間を障屏画などで飾ってきた。室町幕府の御用絵師に任ぜられた狩野正信に始まり、狩野元信・永徳・探幽・山楽・晴川院養信(せいせんいんおさのぶ)とリーダーを中心に共同制作によって引き継がれてきた世界的にも珍しい例であろう。
 狩野派は漢画様式を和様化し、大画面にふさわしい平明さと装飾性、特に山水画や花鳥画に特色があるとされるが、永徳は大画面に合った画面構成を追求していった。 上杉本は、土佐系の洛中洛外図が底本といわれ、生き生きとした動感が全体に行きわたっている。黒田氏は日本人画家を知るための基本文献である『本朝画史』(狩野永納, 元禄六年刊)を考慮に入れ、細部に至るまでの丹念な描き込みから、永徳の若描きと見ている。のちに描かれる《唐獅子図屏風》や《檜図屏風》のような豪放な絵を描く作者と同一とは思えないほど、細密な器用さが際立つ。
 当時ライバルであった長谷川等伯とは異なり、永徳の作品はほとんどが大画面で運搬や移動ができなかったこともあり、現存する作品は10点ほどときわめて少ないが、上杉本は永徳の嗜好が垣間見られる。

反原本主義

 1970年代の高度経済成長時代、この時代は史料論や史料学の時代といわれたそうだ。「古文書、あるいは文字で書かれた資料を優先的にしてものを考えるというのは先があまりないと思った」とこの頃を省みて黒田氏は言う。歴史史料を歴史地理学的方法によって調査し、まず「なにものか」と「なにごとか」を解明してきた。黒田氏が提言してきた「絵画史料論」の前史として、「有職故実学」と「民俗学」を挙げている。有職故実学とは、朝廷や武家の礼装・典故・官職・法令などに関する古来のきまりであり、絵も利用しながら研究する学問。また日本の絵画史料論の出発点は、和歌・絵画に長じた松平定信にあると言う。「絵画史料論」は「文学史料論」と必然的に連接し、交歓する。
 民俗資料を歴史学に最初に活用した研究者の一面をもつ黒田氏は、さらに美術史家がとらない方法で研究をまとめた。その一つに原本である実物を見ずに史料だけで研究をするというのがある。「原本主義は、物を扱う学問の美術史家、建築史家、考古学者が主に担う。原本は技法を見る時などは見なければいけないが、しかし誰が注文し、誰が描いたのかは実物の絵を見なくとも文章は書ける。そういう情報を得てから実物を見た方が理解も鑑賞もよくなる」と述べ、実物を見なくとも研究ができることを示した。

知的・美的にアプローチ

 雲は、画面全体をファジーにバランスを保ち、一方ではシーンごとにフレームとして分節し、高さや奥行き感を出し、隠すことで想像力を刺激し、天女などの乗り物にもなる。また自然に親しむ日本人の感性からか、雲文や源氏雲など雲にまつわる言葉が多いこともわかった。
 雲をつかむような話といってほほ笑んだ黒田氏。上杉本についての話に情景が生き生きと再現されていった。黒田氏は絵画を美的にというより知的に読み取っていく。一時は弁護士を目指したという黒田氏は、歴史の真実を追究する一点に向かって、全方位的に調査をして絵を解読していた。
 絵画にとっては、日本史からでも美術史からでも入口はどこでもよいのだろう。たくさんの入口を作り、またそれらをデジタルアーカイブで積極的に結べば、絵画を美的に読ませ、知的に感じさせることもできるかもしれない。

主な日本の画家年表(15~21世紀)
主な日本の画家年表(15~21世紀)
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【画像製作レポート】

 米沢市上杉博物館から、無償提供された上杉本(右隻・左隻)の5×7カラーポジフィルム(カラーガイド・グレースケール付き)2枚を初めプロラボへ、150dpi, 20MBというWeb表示用のフラッドベッドのメニューでスキャニングを注文したが、出来上がりの解像度が期待していたより粗く、再度DNPアートコミュニケーションズの協力で、ドラムスキャナーにより、8bit・RGB・2400dpi・TIFF形式(21.9MB, 22.7MB)にデジタル化してもらう。のちこの画像をJPEG画像として受け取り米沢市上杉博物館の図録を参照してiMac21インチモニターで目視による色調整をし、屏風の枠に沿って画像を切り抜き、Photoshop形式(318.5MB・323.6MB)に画像データを保存。人の顔まで鮮明に見えるよう努めたが、ポジフィルの状態とインターネットを通じた現行のシステムでは難しく、残念ながら拡大表示しても細部は見られなかった。
 また、特に左隻のポジフィルムは、写っている屏風がゆがんでいるためか、上部と下部のピント差や左下のピンボケが目立つ。平面作品の画像を正確に撮影するなど、信頼のおけるデジタル資料を作るためのシステム作りが求められてくる。デジタルアーカイブにとって、デジタル資料の質の評価につながる作業フローの一つであり、作品を資料として一定の規則に従い撮影、あるいはスキャニングするガイドラインが必要だろう。何がデジタルアーカイブ(遺産的資料)で、何がデジタルコンテンツなのか、この区別も必要な時期になってきた。
 上杉本のデジタル画像はセキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって拡大表示できるようにしている。




黒田日出男(くろだ・ひでお)

立正大学教授、群馬県立歴史博物館館長、東京大学名誉教授。日本史家、専門は日本中世史(絵画史料論)。1943年東京生まれ。1972年早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。東京大学史料編纂所に勤務し、教授・所長・画像史料解析センター長などを歴任。主な著書: 『謎解き洛中洛外図』(1996, 岩波書店) 、『歴史としての御伽草子』(1996, ぺりかん社) 、『肖像画を読む』(1998, 角川書店)、『中世荘園絵図の解釈学』(2000, 東京大学出版会)、『謎解き 伴大納言絵巻』(小学館, 2002)、『絵画史料で歴史を読む』(2004, 筑摩書房)など。

狩野永徳(かのう・えいとく)

安土桃山時代の画家。1543〜1590。山城国(京都南部)生まれ。狩野家4代目、元信の孫、松栄(直信)の長子。俗名は源四郎、名は州信(くにのぶ、一説に重信)、法名が永徳。祖父元信の指導により早くから画才を伸ばし、10歳ごろ、13代将軍足利義輝に元信とともに拝謁したというのが記録上の初出(言継卿記・ときつぐきょうき)である。24歳で大徳寺の聚光院客殿襖絵《四季花鳥図》《琴棋書画図》(ともに国宝)を描く。織田信長や豊臣秀吉に起用され《洛中洛外図屏風》や、安土城、大坂城、聚楽第(じゅらくだい)など大建造物の障壁画に雄筆をふるうが、御所の襖絵を一部残し47歳で急死。天下統一をはかる権力者の期待に応え、狩野派の地位を確立、画壇に大きな影響を与えた。作品は建物とともにほとんど焼失。《唐獅子図屏風》《檜図屏風》など現存。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:上杉本洛中洛外図屏風(右隻・左隻)。作者:(株)DNPアートコミュニケーションズ, 影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:狩野永徳, 1565年頃, 各縦160.6×横364.0cm, 六曲一双, 紙本金地著色, 国宝, 米沢市上杉博物館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:米沢市上杉博物館。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 8bit, RGB, 2400dpi, 318.5MB(右隻)・323.6MB(左隻)。資源識別子:5×7カラーポジフィルム, 2枚[右隻(9-4)7149.90001-1-A。左隻(9-2)7150.90001-1-B]。情報源:米沢市上杉博物館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:米沢市上杉博物館

参考文献

辻惟雄編『日本の美術』第121号 洛中洛外図, 1976.6.15, 至文堂
川上貢「上杉家蔵洛中洛外図屏風と京の町家」『日本屏風絵集成/第十一巻 風俗画 洛中洛外』p.136-p.140, 1978.1.25, 講談社
図録『特別展図録 狩野派の絵画』1981.5.25, 第一法規出版
岡見正雄・佐竹昭広『標注 洛中洛外屏風 上杉本』1983.3.28, 岩波書店
林屋辰三郎「洛中洛外図の出現」『近世風俗図譜 第三巻 洛中洛外(一)』p.58-p.67, 1983.4.1, 小学館
小澤弘・川嶋将生『図説 上杉本 「洛中洛外図屏風」を見る』1994, 10.31, 河出書房新社
武田恒夫『狩野派絵画史』1995, 12.1, 吉川弘文館
黒田日出男『歴史としての御伽草子』1996.10.30, ぺりかん社
『淡青』No.3, 2000.10.30, (http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/pdf_tansei/tansei03.pdf)東京大学総務部総務課広報室
『〔国宝〕上杉家本 洛中洛外図大観』2001.7.20, 小学館
図録『時を超えて語るもの 史料と美術の名宝』2001.12.11, 東京大学史料編纂所
小澤弘「京の名所と雅な四季──洛中洛外図の世界」『季刊銀花』No.145, p.22-p.27, 2006.3.30, 文化出版局
図録『国宝 上杉本 洛中洛外図屏風』2007.2.28, 米沢市上杉博物館
黒田日出男『増補 絵画史料で歴史を読む』2007.12.10, 筑摩書房
黒田日出男「金箔屏風へのみちすじ 上杉本は金泥屏風なのか」『なごみ』通巻340号 第29巻第4号, p.48-p.51, 2008.4.1, 淡交社
瀬田勝哉『増補 洛中洛外の群像』2009.1.9, 平凡社
黒田日出男『王の身体 王の肖像』2009.2.10, 筑摩書房
黒田日出男『謎解き 洛中洛外図』2009.3.19, 岩波書店
図録『NHK大河ドラマ特別展 天地人─直江兼続とその時代─』2009, 5.30, NHK出版

2009年7月

  • 狩野永徳《上杉本洛中洛外図屏風》 金雲に輝く名画の謎を読む──「黒田日出男」

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