デジタルアーカイブスタディ
国立情報学研究所 生貝直人氏に聞く:
オープンデータ政策と文化芸術デジタルアーカイブ──EU「公共セクター情報の再利用指令」改正を受けて
影山幸一
2013年08月15日号
透明性を伴った権利と制限
内閣官房IT総合戦略室が『新たなIT戦略(案)およびオープンデータロードマップ(案)について』を6月13日に公表しましたが、日本の情報政策は、どの省庁がつくっているのですか。
生貝──情報に関わらない省庁はないので、IT戦略本部が全体のコーディネーションをやっているが、中心は総務省と経済産業省。今後はわけても文化庁に情報政策の観点を重視してもらいたいと考えている。文化政策というのは伝統的な寺社仏閣や研究教育機関などをどうやってうまくマネジメントしていくかが中心だったが、インターネットの上でその価値を発信して成長させていくか、といったことを考え始めると、文化政策プラス情報政策という新しい考え方が必要になってくる。オープンデータと文化芸術デジタルアーカイブの価値は、文化政策と情報政策の融合にあると思う。
そのための人材育成は、いまどうなっているのですか。
生貝──政府が原則を示し、現場の実情を正確に把握する民間が具体的なルールをつくるというのが共同規制の基本的な考え方だが、規制の適切性を担保するためにも専門性は求められるため、人材育成は今後の大きな課題。例えば、アメリカは政府と民間の人材が流動していて局長や課長が元民間人だったりする。そういうリボルビングドア(回転ドア)的な人材の確保というのも重視する必要がある。
EUを中心に確立が進む「共同規制」から日本が学ぶべき点は何でしょうか。
生貝──分野ごとに共同規制の具体的な姿は異なるが、透明性を確保する必要性は共通している。民間がどういう自主規制ルールを持っているか、ルール内容を明らかにさせることは日本でもやっているが、その運用実態も明らかにする。“水平的な透明性”と言ってるが、特に規制を民に委ねようとするときには、民の透明性を確保することを大原則に置く必要がある。もうひとつ“垂直的な透明性”というのは、政府が民に自主規制を求めて、透明ではないかたちでの共同規制が行なわれていることが多いときに、いままでの長期的・非公式な官民関係は尊重するべきだが、いまのグローバル時代に共同規制を実現しようとすると、日本人だけでなく外資系企業にも当然消費者にも、透明でなければ実効性を期待することはできない。オープンデータ政策でも、公的な情報をすべて公開すれば済む話ではないところが問題を複雑にするが、それでも大筋では情報公開で進めながら、公共財はなるべく情報を開示し、開示できないときはその理由や公開するまでの過程を示すなどの透明化を考える必要がある。
「著作物の公正な使用は著作権の侵害とならない」とするアメリカの法理“フェアユース”に、日本が見習う点はありますか。
生貝──まさにアメリカに見習おうというかたちで、知的財産戦略本部の「知的財産推進計画2009」において日本版のフェアユースをつくろうと議論が開始され、文化庁文化審議会著作権分科会法制問題小委員会に設置された「権利制限の一般規定ワーキングチーム」において検討してきたが、結局日本にはフェアユースは導入されなかった。フェアユースの価値というのは、検索エンジンにせよ、デジタルアーカイブにせよ、予想できない技術や企業活動から生まれてくる高い経済的・社会的価値をもたらす可能性を含んでいる。日本では、厳密に調べると著作権侵害による違法状態でありながらも実質的には行なわれている状況がすでにある。しかしもう少しなんとかできないか、一つひとつ詳らかに全部法律に書くわけにはいかないなかで、このグレーな部分をクリアにすることを含めて、フェアという概念を著作権法のなかに導入することは不可欠だ。フェアユースは裁判をやらないと見えてこないところもあり、明確なルールが形成されるまでには議論や司法判断の積み重ねを覚悟する必要があるが、新しい情報技術が日夜生まれてくる現在においては不可欠なものだと考えている。
日本では著作権の保護期間延長問題が議論となっていましたが、著作権法の現在の状況を教えて下さい。
生貝──文化庁の文化審議会で議論した結果、著作権の保護期間は著作者の死後50年(映画は公表後70年)から延長しないことになった。それが今度のTPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement:環太平洋戦略的経済連携協定)では、アメリカの要求事項に「著作権保護期間を死後70年に延長」、被害者の告訴なく著作権侵害を起訴・処罰できるようにする「非親告罪化」や、実損害の証明がなくても裁判所がペナルティ的な要素を含んだ賠償金額を設定できる「法定賠償金制度」という要素が含まれている。現在、日本の死後50年でも著作物のデジタル化ができずに消えてしまうなかで、保護期間を延ばしたらどうなってしまうのか。TPPは、著作権保護期間ひとつを取ってみてもデジタルアーカイブにとっては非常に大きな影響を与える。しかし、一方で著作権は守らないといけない権利。世の中に多様な権利があるなかで、権利は適切に制限されることで守られている。いまTPPを通じて日本がやろうとしていることは、アメリカの著作権法が持っている非常に強い制約の部分だけを導入しようとしている。しかしアメリカには著作権法の中核的な価値とアメリカの最高裁判所も言っている“フェアユース”があり、初めて権利と制限のバランスがとれている。こういうバランスなしにデジタルアーカイブの拡大、そして著作権法の目的である文化の発展は困難と言わざるをえず、このままアメリカの要求を受け入れてしまっては日本の著作権法はアーカイブ禁止法になりかねない。権利と制限は常に対として考えないといけない。
現在、著作権の許諾を得るにも著作権者の連絡先等が不明で、著作物が死蔵してしまい創作活動が停滞するケースも多い様子のようです。どのような対策がありますか。
生貝──著作権者の存在がわからない、著作権者にアクセスできない、また著作権がいつ切れたのかもわからないなど、著作権情報が不明な著作物を“孤児作品(Orphan Works)”と呼び、世界各国でデジタルアーカイブやオープンデータを進めるうえでの大きな問題となっている。英国のミュージアムが保有する1,700万枚の写真作品のうち約90%が、また大英図書館が所蔵する著作権有書籍のうち43%が孤児作品であるという。著作物が永久に合法的に公開できなくなったとき、どうやって対応するのかが、今世界のデジタルアーカイブ政策の最重要と言える論点。日本では、著作権法67条「権利者の所在について十分な調査を行い」「適切な額の供託金を支払い(金額は文化審議会審議事項)」「文化庁長官の裁定を得ることにより」、孤児作品を利用できる。ただし裁定が出ても、ネット公開は5年ほどと条件が付く。EU加盟国の公的な文化施設は、権利者不明の孤児作品について、孤児著作物データベースを確認するなど、所定の権利者探索の努力を行ない、その記録を当局に提出することで、事前の供託金の提出なしに、孤児作品のデジタル化・インターネット公開を期間の定めなく行なえるという「EU孤児作品指令」が2012年10月に採択され、EU加盟国は2014年10月までに国内法化を義務付けられている。しかも日本の裁定制度が利用ごとの調査を義務付けているのに対し、EUでは一回孤児作品と認められ、データベースに登録されると、それがEUの公的な文化施設の作品であれば、二回目以降は同様に利用できる。まさにアーカイブ促進のための孤児作品対策と言える。作品の公開後に権利者が名乗り出た場合には、すぐに利用を止め、適切な額の補償金を支払う必要があるが、孤児作品の著作権者が名乗り出る確率はきわめて低く、文化施設の負担金額は日本のような事前供託金型とは比較にならない。さらに「EU孤児作品指令」の国内法化によって孤児作品の公開が進むことで、著作権者が名乗り出る可能性も高まり、孤児作品の数が減るという効果も期待できる。