デジタルアーカイブスタディ

国立情報学研究所 生貝直人氏に聞く:
オープンデータ政策と文化芸術デジタルアーカイブ──EU「公共セクター情報の再利用指令」改正を受けて

影山幸一

2013年08月15日号

文化芸術アーカイブの役割

オープンデータ政策にとって、MLAなどの文化芸術デジタルアーカイブが必要な理由は何なのでしょうか。

生貝──オープンデータ政策とデジタルアーカイブ政策は、実は根っこは別のもの。もともと公の資金でつくられたデータが死蔵してしまうのは、社会的な損失であるというオープンデータの考え方がある。その価値を最大化させていくとき、政府の統計や白書、そして国立の博物館・美術館のデータもある。ミュージアムなどの文化情報をもっと外に出していけば、社会的活動や経済的活動も活発になっていくだろう。また国民から等しく税金を徴収しているにも関わらず、北海道に住んでいることで東京国立博物館や国立西洋美術館などへ行きたくとも容易には行けない人もいる。オープンデータは、最初に硬い情報から始まっていたが、ミュージアムなどの公共機関の情報も、誰もが分け隔てなく使えるようにしていくべきものとしている。オープンデータ政策は重要なことで、特に政府の支出や政治家の活動などを透明化することは、民主主義のために必要だ。しかし統計や産業データは地味で、どうしても一般の人にはその価値は伝わりにくい。そういったときに文化芸術系の情報がオープンデータになってくれば、多くの人がオープンデータは凄いと認識してくれるだろう。文化芸術デジタルアーカイブがすぐに民主主義につながるとは思っていないし、つながるべきでもないと思うが、翻って地味だが社会的価値の高いオープンデータへの認識につながってくれることを期待している。

日本では、文化庁が運営する「文化遺産オンライン」や国立国会図書館の大規模デジタル化が進められていますが、文化財のオープンデータ化を実施した成果は、どんな点に表われてくるのでしょうか。

生貝──オープンデータ政策のなかでも、特に公共セクター情報を重視して進めている理由は、そのデータ自体の高い価値と、もうひとつはそれが起爆剤になり“オープンの価値”を世の中に示し、民間のデータももっとオープンに出てくればという期待が明確にある。文化芸術分野でも、公的な文化施設が所蔵する作品のオープン化が進むことで、個人コレクターの所蔵作品のオープン化も進んでいくことも考えられるだろう。さらに大規模な文化施設だけではなく、中小規模のミュージアムや、地方の文化施設などによるアーカイブやオープンデータ化も期待したい。もうひとつ重要なのは、そのようにして公開されたアーカイブの利活用の側面。東京藝術大学でも2011年から「総合芸術アーカイブセンター」を創設し、多様な文化作品・資料のデジタルアーカイブ化を進めているが、単にアーカイブを構築・公開するだけではなく、それを研究や教育、あるいは次の芸術表現の実践に役立てていくための仕組みづくりに力を入れていきたいと考えている。

公共セクター情報が公開されてくると、文化財のデジタル画像販売を行なっている企業は、どのような影響を受けるでしょうか。

生貝──美術館と企業との排他的契約(exclusive-agreement)の取扱いを中心として、オープン化とビジネスの関係はどうあるべきかというのはまさにEUでも議論が進んでいるところ。芸術作品のデジタル画像が自由に使えるということは、関連するビジネスを行なっている企業にも少なからず影響が出てくるだろうが、あくまでも公共機関が公共の資金でつくった情報に対するオープンデータ義務なので、あまり直接の影響はないとみている。国立のミュージアムは、現状では作品を簡単に撮影やデジタル化させてはいないため、もしオープン化されてくれば、むしろデジタルデータに付加価値を与えるビジネスが拡大してくる可能性がある。公的な文化施設が有する文化資源やデジタルアーカイブは、まさに知識社会のインフラに他ならない。そのインフラのオープンデータ化は、企業に対しても大きなビジネスチャンスをもたらすと考えている。

インターネットの世界では表現の自由と規制を、どのようにバランスよく保っていけばよいのでしょうか。

生貝──表現の自由の脅威といったとき、われわれは第一に政府の言論規制や検閲などを心配するが、実際は言論を控えたり、遠慮したりすることには私的な、非公式な規制の影響が大きい。われわれの表現の自由の脅威として作用するのは、むしろ民間の自主規制であり得るということを、認識しないといけない時代に入っている。しかし、それをどのように適正化するかというのは常に難しい。ひとつは自主規制のルールのあり方を透明にしていくことであろう。あるいは共同規制の最たるところだが、基本は民間に任せるが、政府が関与してその適正性や透明性、実効性は政府が担保する。民間の自主規制の持つ脅威に対抗するのも共同規制の重要な役割。例えば、民間の電子書籍がひとつの大きなプラットフォームをつくり覇権を握ったとき、そのこと自体は利用者の利便性を高めたとしても、彼らの自主規制によってわれわれの知的活動が実質的に左右されてしまう恐れがある。また外資系IT企業に関しては、日本の法律が及ばない部分もあり政府が関与しきれないところがある。情報や表現の活動に対して政府は極力介入するべきではないが、なんらかの方法で公共性を担保していく必要がある。

最後に、表現の自由に大きく関与するフリーカルチャーとは何でしょうか。またネット時代の自由な創作活動の事例には何がありますか。今後の予想される展開と併せてお聞かせ下さい。

生貝──フリーカルチャーが人口に膾炙(かいしゃ)するようになったのは、アメリカの法学者で現在ハーバード大学教授であるローレンス・レッシグ(1961-)の著書『Free culture』が2004年に出てからだと思う。この言葉はヒッピー時代にも使われていたかもしれないが少し文脈は違っており、ネットの世界ではレッシグの理論で、例えばクリエイティブ・コモンズなど、自由に利用可能な情報を拡大することにより、自由な文化を実現していくための運動を指して用いられる。インターネット上の活動は基本的に情報に関わる活動そのものだから、その情報がすべて知的財産権やDRM(Digital Rights Management:デジタル権利管理)によって縛られると自由な活動ができない。そういうとき著作権の部分を含め、デジタル環境で自由に文化的活動を行なっていくための取り組みを合わせて総体的にフリーカルチャー運動、あるはムーブメントとしてのフリーカルチャーとして、この言葉を使う場合が多い。創作活動の事例としてWikipedia、初音ミク、You Tube、Flickrなどがあるが、これからもっと育てていく必要がある。日本政府が、文化芸術分野を含めた幅広いオープンデータ政策を先導することによって、この国全体のかたちも変わってくることを期待している。

ありがとうございました。
生貝直人(いけがい・なおと)

国立情報学研究所特任研究員、博士(社会情報学)。東京藝術大学総合芸術アーカイブセンター特別研究員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、NPO法人コモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ日本支部)理事、総務省情報通信政策研究所特別フェロー等を兼任。1982年埼玉県生まれ。2005年慶應義塾大学総合政策学部卒業、2007年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了、2012年同博士課程修了。専門分野:日米欧の情報政策(著作権,プライバシー,セキュリティ,表現の自由,イノベーション)、情報通信分野の自主規制・共同規制、文化芸術政策。所属学会:文化政策学会、情報ネットワーク法学会、国際公共経済学会、情報社会学会、情報通信学会。主な賞:国際公共経済学会学会賞(2012)、電気通信普及財団テレコム社会科学賞奨励賞(2012)、東京大学大学院学際情報学府学府長賞(2013)。主な著書:『情報社会と共同規制』(勁草書房,2011)、『「統治」を創造する』(共著,春秋社,2011)、『デジタルコンテンツ法制』(共著,朝日新聞出版,2012)、『クラウド時代の著作権法』(共著, 勁草書房,2013)、Web連載記事「生貝直人の情報制作論」『Yahoo! ニュース』(http://bylines.news.yahoo.co.jp/ikegai/)2013.5.29〜,Yahoo Japanなど。

インタビューを終えて

 生貝氏の研究はもともとビジネスや産業に関わる“イノベーションの促進”から進展してきた。従来政府が担ってきた規制という行為を、イノベーションの担い手である市場自身にどこまで委ねることができるのか、という問題意識から始まったという生貝氏の研究は、インターネットの情報公開による“価値”の創出となり、市場が行なう「自主規制」の利点を活かしながら、政府がその欠点やリスクを補強する「共同規制」という考え方に至り、文化芸術デジタルアーカイブを視野に、文化政策を加えた日本の情報政策をリードする。自由と規制、権利と制限の絶妙なバランスで成り立つ市場の好循環を生み出している。エネルギッシュにインタビューに答えてくれた生貝氏の目には、日本の新たなかたちが見えているようだった。
 日本が世界に向けた情報政策として、アジアの文化財ポータルサイトを構築するなど、“日本の決心”を示し、欧米とは異なる価値のシステムづくりを実現してもらいたい。オープンの真価を広め、文化と経済が融合するデジタルアーカイブを牽引していく情報政策のキーワードは“透明化”であった。

2013年8月

  • 国立情報学研究所 生貝直人氏に聞く:
    オープンデータ政策と文化芸術デジタルアーカイブ──EU「公共セクター情報の再利用指令」改正を受けて