デジタルアーカイブスタディ

ミュージアム・ネットワークのイノベーション ──世界中の浮世絵版画をデジタルアーカイブ

影山幸一

2009年03月15日号

デジタルアーカイブの変遷

 知的財産を総デジタル化してつなぐプロジェクトが最近話題となっている。博物館(Museum)・図書館(Library)・公文書館(Archives)の施設の頭文字をとった“MLAの連携”というキーワードが生まれ、デジタルアーカイブの第2ステージが大きく進展するかに思えたが、なかなかMLAの連携の扉は開かれず、特に美術館を含むミュージアムでは図書館に比べ情報化の進展が遅れており、より現場に即した対策が求められている。
 1990年代半ばに日本で生まれたデジタルアーカイブ(Digital Archives)という和製英語は、現在では海外でも受け入れられ社会に定着してきた感がある。「有形・無形の文化遺産をデジタル情報の形で記録し、その情報をデータベース化して保管し、随時閲覧・鑑賞、ネットワークを利用して情報発信する」としたデジタルアーカイブの当初の概念は、美術館や博物館、地方公共団体を対象にしてきたものだ。誕生から10年以上を経て、デジタルが日常の家電のように一般化してくると、言葉は簡略化されデジタルアーカイブよりも“アーカイブ”単独で使われるようになった。
 そのデジタルアーカイブのコンテンツは、本や文書、会社の書類、写真、映像、音楽などさまざまあり、これらを管理する図書館、公文書館、博物館、美術館、企業などは原物である一次資料と共に、原物をデジタル化したデジタルデータを二次資料として、またはボーンデジタルとして保管することに意識が向くようになった。ブログ記事やデジタル写真の保存といった日常的なものから、日本のデジタルアーカイブをリードする国立国会図書館など膨大な量のデータをデータベースに構築・運用するという規模の大きい専門的な領域まで、デジタルアーカイブは21世紀の日常に受け入れられ幅広く利用されている。しかしミュージアムは、当初からデジタルアーカイブの対象機関であったにも関わらず情報化がスムーズに進まない。
 そのような状況のなか、京都・立命館大学は複数のミュージアムと連携をとり、こつこつと着実にデジタルアーカイブを進めており、大学とミュージアムとの新たな関係を築いて静かなイノベーションを起こしている。

立命館大学のデジタル・ヒューマニティーズ

 10年ほど前に「インテリジェント・デジタル・アーカイブ」を目指した京都の立命館大学が、2009年2月27日(金)・28日(土)に「第1回日本文化デジタル・ヒューマニティーズ国際シンポジウム」を開催した。
 このシンポジウムは、2007年6月にスタートした文部科学省グローバルCOEプログラム「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点」の一環であり、国際競争力のある大学づくりを推進することを目的としている。シンポジウムでは、日本における日本文化研究と、世界における日本文化研究の間にしばしば見受けられる食い違いを解消し、人文科学の将来を切り拓くために、情報技術を駆使した新しい人文科学像を創りだすことを目標に掲げ、1日目は、世界におけるデジタル・ヒューマニティーズ分野の第一線で活躍する研究者を迎えて、講演とディスカッションが行なわれた。
 この人文科学の新しい研究分野であるデジタル・ヒューマニティーズは、デジタルアーカイブの先にある未来を開くキーワードになるのか、あるいはWebのバーチャルワールド「Second Life」などに広がる電脳空間で人間社会の疑似体験ができるバーチャルリアリティの中の人文科学を研究テーマとしていくことになるのか、人間とデジタルの狭間の研究は進化している。
 デジタル・ヒューマニティーズとは何か、という問いに今のところ明快な答えはない。この言葉は多くのフィールドを抱える研究分野の一つであり、文系と情報系の融合ではなく、連携した地点に築かれていく人文科学の新しい方向性を示すものとして、画像情報学が専門の八村広三郎氏(立命館大学大学院理工学研究科教授)がその欧米での動向に着目し、発見した言葉だという。
 立命館大学にはアート・リサーチセンター(ARC)が1998年に設置されており、京都の能楽の中心的な家柄である片山家に保存されている映像のデジタル化や、モーションキャプチャシステムによる京舞のデジタル記録など、日本の伝統文化のデジタルアーカイブを早期より推進してきたという歴史がある。

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会場風景

MUの連携

 シンポジウムでは、2日目午後にミュージアムに関するプログラムが用意されていた。「イメージDBと博物館ネットワークのイノベーション─日本文化芸術研究のグローバル化とネットワーク化」である。
 日本文化史が専門の赤間亮氏(立命館大学大学院文学研究科教授)が司会を務めた。招待講師は、ヨーロッパにおける日本コレクションの歴史と現状について 詳しいヨーゼフ・クライナー氏(法政大学特任教授)。チェコ共和国における日本美術品コレクションとそのデジタル化についてヘレナ・ホンクーポヴァ氏(プラハ・ナショナルギャラリー東洋美術コレクション部部長。日本美術品5,754点)。教育・研究のための約85万点のコレクション・データベース化を進めている大英博物館のロジーナ・バックランド氏(大英博物館アジア部日本課リサーチ・アシスタント)。日本国外では最大規模になる約5万点の日本版画コレクションを有するボストン美術館のセーラ・トンプソン氏(ボストン美術館日本版画室長)とエイブラハム・シュレーダー氏(日本版画室リサーチ・アシスタント)である。
 浮世絵を所蔵する海外のミュージアム(Museum)と、同じく浮世絵を所蔵する立命館大学(University)の“MUの連携”の現状が事例報告 とディスカッションにより紹介された。国も立場も異なるが、浮世絵は世界の人々が交流するネットワークの素材として間口が広く適材だ。日本文化を学ぶ入口 として浮世絵をみれば、国や宗教、性別、世代に関わらず親しみやすく、世界に通じる日本文化の教材に相応しいとも思える。
 各国講演者の共通の論調は、世界に広がるサイバー基盤にオンラインカタログのように画像を公開していこうというものだった。画像の解像度については、 5,000×3,500pixel(50MB)で浮世絵をスキャンするというボストン美術館の発表があったが、まずはデータベースを公開して、その後修正 を加えていく方法をとっており、つねに改善が必要でデータベースに終わりはないという認識であった。日本語の検索にはローマ字でも検索できるようにするこ とが望ましいなど、外国人のアクセスに配慮する指摘も出た。データベースのメタデータやアプリケーションなどの詳細なデータや、立命館大学と各ミュージア ムとの契約の内容等、踏み込んだ議論には及ばず残念だったが、資金については赤間氏の科学研究費年間約300万円で実施してきたことが明かされた。もし、日本の 美術作品のデジタル化を国策として、国内はもとより世界を視野に本気で取り組めば、どれほどの日本文化の保存と運用ができるのか、資金とモチベーションの ミスマッチに憤りはあるが期待ももてた。アニメや漫画も含め、日本美術の幅は広く、役割は大きい。この“浮世絵版画のデジタルアーカイブ共同事業”を契機 に、日本のミュージアムも大学との連携や企業とのタイアップ、市民ボランティアによる資料アーカイブなどの協力体制を整備してデジタルアーカイブを加速さ せたいものである。

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左:赤間氏、法政大学特任教授のヨーゼフ氏、プラハ・ナショナルギャラリーのヘレナ氏、
  大英博物館のロジーナ氏
右:ボストン美術館のセーラ氏とエイブラハム氏

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