デジタルアーカイブスタディ
東京大学 研谷紀夫氏に聞く:『デジタルアーカイブにおける「資料基盤」統合化モデルの研究』出版について
影山幸一
2009年07月15日号
──デジタルアーカイブにとって3つの基盤(資料基盤、社会基盤、システム基盤)が必要と、『DA研究』で述べていますが、その理由はなんでしょうか。
研谷──継続性と信頼性です。
──デジタルアーカイブのデータを長期間保存するためには、まず保存計画を立てることから始めることが大切だと思うのですが、データの持続的な保存方法を教えて下さい。
研谷──物理的にデータの保存媒体が長持ちしやすい環境、温度や湿度を一定に保ち、安定した場所に置く。保存媒体はなるべく安心できる素材を選択して複数のサーバーなどに分散させる。定期的な点検、人による点検以外にも自動的な点検を行なう。そして必要な段階においてデータの変換、環境を新たに構築してデータを移動させる、データのバックアップを行なう。このときデータのプロファイル情報をとっておくことが大事です。
──そのプロファイル情報とは、何でしょうか。
研谷──一種のメタデータですが、誰でも共通で使えるデジタルアーカイブの出典や履歴が書かれたデータのことです。デジタルアーカイブはすべてこのプロファイル情報をいかにとっていくかが問われてきます。実物の撮影にしても、評価にしても、デジタル資産の検収にしてもプロファイル情報をとっておく必要があります。例えばデータをバックアップするにしても、管理しているデータの名前、メディア名、ID、責任者、管理方法、バックアップ日時など、自動的に記録できるように設計しておくのが望ましいでしょう。
──今デジタルアーカイブに際し、日本のミュージアムはどのような行動を起こせばよいでしょうか。
研谷──デジタルアーカイブの目的をまず考えることだと思います。将来的にいつまで、どのように活用するデジタルアーカイブなのか、フローを明確化した方がいい。実物のデジタルアーカイブを行なう際は、視野を幅広くもって、Webや図録、研究や修復、教育コンテンツに使うなどを想定し、現在と将来を分けて、どういうものに使っていけるのかを検討します。そうするうちにデジタルデータを継承していくことや、データの質を評価する考え方などが芽生え、デジタル化の取り組みに少し前向きになれると思います。ただ、現状はこれ以上仕事ができないという現場が多いでしょうから、デジタル化する作業を日常のフローに落としていけるかを考えなくてはいけない。それによって日常の業務が効率化し、業務支援につながっていけばいい。
──国内のミュージアムに適したお奨めのメタデータはありますか。
研谷──日本は欧米に比較してデジタル化を業者に依存しているところが多い。これが一概に悪いということではなく、データベースのリニューアルなど、組み換えが発生したタイミングに業者と相談し、国際規格や国内規格とどう対応するのか、対応表のようなものを意識して作っておくことが必要だと思います。国内では、NIIの「文化遺産オンライン」、国立国会図書館の「PORTA」。国際的には、ICOM CIDOC(国際博物館会議国際ドキュメンテーション委員会)の博物館資料の記述指針、「博物館資料情報のための国際指針」(IGMOI)やオントロジ「概念参照モデル」(CRM)、汎用的にはダブリン・コア(Dublin Core Metadata Element Set)などがベースにあります。ただエレメントを統一するだけでは検索もままならず、用語の統制や表記の仕方という問題が残る。例えば年月日の表記については、ISO(国際標準化機構)などの規格を取り入れたり、少しずつ標準的なもの国際的なメタデータを取り入れていくと何も想定していないよりはよくなるでしょう。
──デジタルアーカイブは、知的なツールと言えますが、美術作品を美的に研究するツールとしてデジタルアーカイブはどのように活用できるでしょうか。
研谷──画像の拡大・比較、検討、例えば異なる作家の類似した作品を比較し、作風の文脈を考えるなど。あるいはポジショニングの検討、例えばスケッチから完成までの制作過程の位置を考えるなどに活用できると思います。
──実物をより正確にデジタルアーカイブする基準や方法について、どのようにお考えですか。
研谷──先ほど触れた資料の評価と関わる問題で難しいです。黒色の布などは光を吸収してしまうし、計測した結果柔らかいものであれば肉眼で判断し、触れるものは触っていくことになるが実際は触れないものが多い。対象とするものとその状態によって、基準や方法は変わると思います。計測器を使うのであれば色に関してはカラーマネジメント、標準的なカラーチャートを使ったカラーマネジメントを実践して、どのような環境でどのようなカメラや機器を使ったかを記録し、数値ですべて色を変換できるような形にして再現性を確保することが必要と思います。
形や色のなかでも計測では出ない、再現性を担保できない場合は、肉眼あるいは手の感触によって評価することがあると思います。その方法や基準をプロトコルを確立して自然言語でもよいですが、ルール化したうえでそれぞれがなるべくぶれのないように評価していくしかない。精度の高い計測器で実物を正確に記録することを心がけて、ドキュメンテーションをきちんとしていくしかないでしょう。
──最後になりますが、研谷さんにとって、デジタルアーカイブを研究することは何を意味することとお考えでしょうか。
研谷──世の中がどういう知識構成になっているのか、また知識の元になっていくものがあるのかないのか。文化資源が知識となり、人と関係をもっていく過程が、デジタルアーカイブを研究すると改めてわかります。本に書いてあることとして知るのではなく、生の資料として知ることができるんですね。