アートプロジェクト探訪

東京文化発信プロジェクト──アートプロジェクト・インストラクターの糧を生成する

久木元拓(首都大学東京システムデザイン学部准教授)2010年02月15日号

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東京文化発信プロジェクトはアートプロジェクトそのものである

 ちなみに、この東京文化発信プロジェクト、一見東京都の文化事業を再構成し直しただけのようにも見える。少なくともプロジェクトの柱やスローガンだけを取り上げればなんの変哲もない文化ビジョンの類と言っても過言ではない。だが、それこそが東京文化発信プロジェクトの真骨頂であると言えよう。
 筆者はこれまで前職ではクライアントとして、現職では雇用主の設置者として偶然にも東京都とは接点を持ち続けているかたちになる。90年代には東京国際フォーラムの計画などの文化施設、事業計画にはじまり、その後、現在もあるTokyo Art Navigationの初期の文化団体情報のアーカイブ構築や、新宿の小笠原伯爵邸の再生計画(これは事前調査のみで実際の事業コンペには落ちたが)、その他文化事業計画策定にも携わってきた経緯もあり、東京都の文化政策とはそれなりに長い付き合いをさせてもらっているつもりでいるが、今回の東京文化発信プロジェクト、特に三つ目の柱である文化拠点の形成を担う東京アートポイント計画こそが、これまでとは異なる画期的な仕組みを持っていることをあらためて強調しておきたい。
 その理由は、けっして華々しくはないけれど先鋭的な姿勢から、東京という都市の問題に持続的に関わっていく仕組みづくりそのものに力点が置かれていることにある。東京文化発信プロジェクト室地域文化交流推進担当課長の森司氏は言う。都市に問題はつきもので、アートはその解決ツールのひとつとなるかもしれないが、それよりもむしろ問題そのものを投げかける契機となるべきだと。もはやアートとまちづくりと関係性のジレンマは自明のもので、関係する人々のあいだには、つねに解決できないなんらかの“もやもや”がある。しかし、まさにそれがあってこそ都市は生き続けるというわけである。この“もやもや”は、アートの問題性そのものと言えるのかもしれない。アートは使われてなんぼと表現してはばからない森氏の現在の関心事は、こうしたまちに問題を投げかける(アート)プロジェクトの生成過程とその持続可能性の担保である。
 越後妻有アートトリエンナーレに代表されるソフト型公共事業が全国的にもさまざまに展開され、一定の評価を得はじめている現在もなお、こうした事業が一般的な社会的価値を形成するまでには至っていないというのが森氏の認識である。筆者もまた同様の認識であるが、重要なのはこの社会的価値がどのように形成され定着していくものなのかの見極めと、そのためのしたたかな実践方法の確立である。
 ただ、言うまでもなくそこに王道はない。特にアートに関わる価値形成は一筋縄ではいかない。例えば、美術館の社会的価値は美術館が存在することで形成されてきたのではないかと仮定してみる。存在することでかろうじて形成されてきた価値は、なんらかの理由で美術館がなくなってしまうと、同時に消滅しかねない危険性を孕むことになる。これは市場のニーズ調査に基づいて供給される通常の商品とは生成過程が異なる供給先行型のアートの宿命と言ってもよいのかもしれない。否、もちろん、ずっとあり続けることでしか価値を持続できないこと自体は珍しいことではない。そもそも人間はそんな存在である訳で、悲観する必要もない。ただ生き続けるのみである。
 森氏によると、みんなが価値を認めざるを得ない状況を粛々とつくっていくことで価値を形成するしかないということである。そこで、筆者の脳裏に浮かんだのが「できちゃった婚」である。いったん宿ってしまった子どもの命自体に罪はない。だからご祝儀をもらい、周りの皆は祝福し一緒に育てていくこととなる。言わば“できちゃった”状況をまずは初期の3カ年でつくり上げていきたいということである。
 その状況を生成するために用意周到な戦略的手法は持ち得てはいないが、むしろそうした手法を試行錯誤のなかで構築していくプロセスそのものをプロジェクト化したいという。誤解を恐れずに言えば、手当たり次第に思いつくものをやっていくなかで、面白いものが残り洗練されていくというイメージだろうか。いわば、東京文化発信プロジェクトは、アートプロジェクトそのものなのである。


左=Tokyo Art School 第2回:小池一子×白石正美の様子
写真=越間有紀子
右=学生とアーティストによるアート交流プログラム:日本大学「戯曲をもって町へ出よう。」しあわせな日々(演出:中野成樹)
写真=山本尚明

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久木元拓

都市文化政策、アートマネジメント研究者

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