アートプロジェクト探訪

東京文化発信プロジェクト──アートプロジェクト・インストラクターの糧を生成する

久木元拓(首都大学東京システムデザイン学部准教授)2010年02月15日号

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東京アートポイント計画におけるアートプロジェクト・インストラクター育成を考える

 筆者は本年日本文化政策学会誌においてアートプロジェクトのプロセス評価の在り方について論文発表していることもあり、こうした姿勢を森氏が示すことをすんなりと受け入れられたが、同時にまたその困難さも同様に意識できた次第である。
 その困難さとは、いわばなにが困難であるかすらわからない混沌としたなかでの困難さである。まさにその困難さを引き受けたうえで手探りで進み続けるしかないと言えよう。そのためプロジェクト室では現在、活動する人々がその困難の迷宮に迷わないように、プログラム運営のためのガイドラインを作成しはじめており、今後、関係するNPOなどの団体に配布する予定である。
 森氏が地域文化交流推進担当課長となって約1年、思いつくままを体現するように、首都圏で活動実績を持つ言わば現役の“シッカイ屋”たちとさまざまなかたちでの連携がすでに始まっている。その中味はといえば、誰もが注目する大規模集客イベントなどではなく、ある種地味すぎるほどに小規模かつ無数のプロジェクトが同時進行していくかたちをとっている。
 現在は前述したように“できちゃった状況”の環境整備段階であるという。実際にはさまざまな現場のNPOと共催というかたちをとり、あくまでも各事業の主体性はそれぞれのNPOなどに寄っている。プロジェクト室はNPOの人々と付かず離れず、臨機応変にそれぞれのレベルに応じてサポートを行なうことを主たる目的とし、こうしたなかから新たな“アートポイント”を生成できるNPOが育成されていくことが期待されている。

 そこで重要となるのが前述の持続可能性の問題である。特に森氏はお金をかけずに持続させていくシステムの構築と維持の重要性を唱える。それは、いわゆる経済的価値のみではない文化的価値の交換関係をスムースに循環させていくことであると言えよう。
 例えばスポーツジムに週に3時間通うサラリーマンがいたとする。彼はジムの入会金、使用料という経済的価値をスポーツジムに支払い、その対価としてスポーツで汗を流し、ストレスを発散する精神的・身体的充足という価値(文化的価値)を得る。これはいわゆる通常の経済的価値交換に還元される関係性である。
 が、しかし、この交換関係で重大な価値が交換されずに浪費されていることに気づいてもらえるだろうか。それは、エネルギーを使い、体を動かす言わば労働価値ともいえるものである。例えば同じサラリーマンがアートプロジェクトにボランティアとして参加し、ものを運び、つくり、壊す労働価値を提供した場合、体を動かしたという身体的充足のみならず、なにかに貢献できたという精神的充足感も加わった文化的価値を得ることができる。ここに経済的価値交換は生成されていないが、プロジェクト主催者とボランティア参加者としてのサラリーマンとの交換関係は文化的価値交換として十分に成立し、いわば金をかけずにプロジェクトが進行していく、無駄の少ない効率的、効果的な関係性が構築されていると言えよう。

 アートプロジェクトの進行に必要なのは、主体的に目的を持ってさまざまな種類の労働力を提供するボランティアの持続的な参画であり、それを可能にするシステムづくりである。
 そうしたシステムづくりを行なう人材を前述のスポーツジムになぞらえアートプロジェクト・インストラクターと呼ぶとすれば、こうした職能が生業として成立する社会環境づくりこそが森氏が見通す東京文化発信プロジェクトの真の目的である。前述のシッカイ屋もそれに関わる人材育成の実践ととらえることができよう。
 ただ、インストラクターの報酬の確保は、それぞれのプロジェクトのファンドレイズにかかっていることに変わりはない。そしてその拠り所としては行政機関あるいは公共機関が大半である構図も変わりはない。ただし、こうした主体的な文化的価値交換を行なう機会が増え、多くの都市市民がこうした関係性を社会的関係性として認知、身体化していくことで、都市の文化価値の交換関係の新たな基盤が形成されることへの期待はできよう。こうした基盤形成が新たな社会における関係性を育み、コミュニケーションの濃度を高めていくことで経済的価値交換にも作用していく可能性を持つこととなり、それによって社会的、経済的な価値交換の持続可能性も高まっていくことに期待したい。
 東京文化発信プロジェクトでは、こうした基盤の形成も図りながら、さらなる試行錯誤を繰り返していくことになる。まだまだ先の見えないプロジェクトであるが、その見えなさ加減を楽しめるかどうかが、本プロジェクトの浸透可能性を測るひとつの指標となるものと思われる。

 さて、今回は東京文化発信プロジェクトのうちの東京アートポイント計画について、主として政策的な視点から考察を行なってきたが、次回は実際のプログラムのひとつに焦点をあて、より具体的なプロセスの検証を通して、アートプロジェクトに関わる人と人との価値交換の可能性について考えていく予定である。


左=墨東まち見世2009:岸井大輔『墨東まち見世ロビー』(三宅航太郎との公開合作)
右=LIFE ON BOARD TOKYO 東京低地クルーズ。東京文化発信プロジェクト室とBOAT PEOPLE Association主催の深川周辺のゼロメートル地帯を巡るリサーチクルーズ

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久木元拓

都市文化政策、アートマネジメント研究者

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