2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

〈歴史〉の未来

第3回:歴史資料館の未来を想像する──「ひめゆり平和祈念資料館」を訪れて

濱野智史(日本技芸リサーチャー)2009年11月15日号

 twitterでつぶやく 

 ごく個人的な話で恐縮だが、昨年の夏、筆者は沖縄本島を訪れた。そのとき強烈な印象を受けたのが、かの有名な「ひめゆり平和祈念資料館」だった。今回はその話を糸口としながら、歴史資料館の未来について考えてみたい。

「ひめゆり平和祈念資料館」の展示構成

 まず筆者の印象に強く残っているのが、「ひめゆり平和祈念資料館」全体の展示構成である。同館は五つの展示室に分かれており(詳細はWEBサイトの「展示ガイド」を参照のこと)、第一から第五展示室までに至る順路は、筆者なりにいえば「マクロな歴史からミクロな歴史へ」、あるいは「客観的な歴史から主観的な歴史へ」と見る者を没入させていくような効果をもたらすように構成されているのだ。それはどういうことか。

 冒頭の第一展示室では、大局的な歴史観、すなわち沖縄戦に突入していくまでの歴史がおもに年表形式を通じて説明されていく。次に第二展示室では、ひめゆり部隊の実態が当時の遺品とともに明らかにされ、第三展示室では映像フィルムに収められた生存者の証言を通じて、悲劇へ向かう当時の状況が生々しく語られる。
 そして圧巻なのは第四展示室である。まず目に付くのは、壁一面にかけられたひめゆり部隊の戦死者130余名の遺影である。その一枚一枚の遺影の下に目をやると、各故人の死亡した状況が一行で書かれている。さらにその下には、それぞれの故人を紹介する簡単な「一行プロフィール」のようなものが書かれている。その内容は、率直にいってしまえば「どうでもいい」と思われるような──どんな卒業アルバムにも必ず見つけ出せるような──他愛もないものでしかない。たとえば「彼女はクロールがうまかった」「弁当をつくるのがうまかった」「眼鏡がよく似合っていた」というような、である。これが全員分存在する。
 ひとつふたつと読み進めていくうちに、強烈なリアリティが立ち上がってくる。確かにひめゆり部隊は普通の少女たちの学級として存在していたという感覚である。このとき筆者が感じていたものを別様に表現すれば、それは(どれだけお前は不謹慎なネット脳なのだと批判されることを恐れずにいえば)まるでひめゆり部隊の「mixiコミュニティ」にでも迷い込んだような感覚だった。友人のプロフィールをクリックしていくうちに、どこにでもあるような、とある中学校の「××年卒業生」コミュニティのひとつにでも迷い込んでしまったような、あの感じである。
 さらに第四展示室の中央には、巨大なノートが展示されている。その大きな紙をめくっていくと、ひめゆり部隊の生存者が当時の状況を回顧した言葉を読むことができる(おそらく、インタビューの内容を文字起こししたものと思われる)。読み進めたばかりの段階では、ただその凄惨な内容に胸を打たれるばかりなのだが、次第に読み進めていくうちにあることに気づく。この部屋の壁に掲げられている戦死者の名前が、ぽろぽろと出てくるのである。
 その名前を発見した瞬間、「あ、これは『弁当をつくるのがうまかった』という××さんか」というように、さきほどまで見ていた「一行プロフィール」の内容が固有名と紐付くかたちで想起される。そのとき、見る者の脳内には、一瞬の親近感(感情移入)が発生する。しかし、そうした印象が脳裏に思い浮かんだのもつかの間、彼女は無残にも死を迎えてしまうのだ。あまりにも当然のことだが、そこにはなんの「伏線」もなければ「フラグ」も「オチ」もない。ただプロットだけがゴロリと転がっている。そして一つひとつのテクストはなんの前触れもなく突然に終わる。そうした文章が無数に転がっているのである。

 脳髄の奥が痺れるような感覚を抱きつつも、このとき筆者はあるひとつのことを直感していた。「これはまごうことなきケータイ小説である」と。女性による一人称的な語り。プロットだけがゴロリと転がる文体。装飾の排除。短文の積み重ね。一見どうでもいいと思われるようなエピソードの連続。類似点を挙げればたったそれだけのことでしかないのだが、それでも筆者はそのように感じてしまったのだ。
 念のためにいっておけば、これは皮肉でもネタでもない。もちろん、ケータイ小説に対する世間一般の評価はけっして高いとはいえない。むしろ極めて低い。しかし、それと「ひめゆり平和祈念資料館」が類似していると指摘することによって、筆者はその両者の価値を貶めるつもりはまったくない(そもそも筆者は、拙著『アーキテクチャの生態系』(NTT出版、2008)のなかでケータイ小説を極めて肯定的に論じている)。
 むしろ筆者はこう考える。「ひめゆり平和祈念資料館」とケータイ小説の両者は、当然ながらその内容はまったく異なるけれども、形式的に見れば共通の構造を持っている。だとするならば、もしケータイ小説がその形式面においてネガティブに評価されるのだとしたら、「ひめゆり平和祈念資料館」もまた同じ程度に、同じ理由からダメであると評価されなければならない、と。もちろん筆者はそのように考えてはいないのだが、この論点は本稿の主旨からは大きく離れてしまうものであり、これ以上詳論することはしない。

▲ページの先頭へ

濱野智史

1980年千葉県生まれ。株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。著書=『アーキテクチャの生態系』...

2009年11月15日号の
〈歴史〉の未来

  • 第3回:歴史資料館の未来を想像する──「ひめゆり平和祈念資料館」を訪れて

文字の大きさ