2017年10月15日号
次回11月1日更新予定

キュレーターズノート

ya-gins──アーティストがイニシアティブをとる街中の空間

住友文彦(アーツ前橋)2016年04月01日号

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 アーティストが自らオーガナイズするスペースの歴史はどれだけ書かれているのだろうか。場所によっては、ここには美術館がないからとか、美大がないからと嘆く声を聞くが、そうした町にもアーティストたちの活動を見つけることはできる。むしろ、その活動のほうが表現の必要性や地域の特徴に根ざしたものであることが多く、いっぽうで美術館や美大が開設されると均質的な「美術」が広く浸透していくことになる。群馬県でも県立の近代美術館が開館する以前から、アーティストたちがアンデパンダン展や野外展の試みを行なっていた。それが1963年に活動を開始した群馬NOMOグループである。

 3月21日まで群馬県立近代美術館ではNOMOグループの活動を紹介する展覧会を行なっていた。彼らは岐阜の「アンデパンダン・アート・フェスティバル」や神田のスルガ台画廊などでも活動を行なうが、おもな舞台は中心となった金子英彦が運営する「やまだや画廊」があった前橋だった。そのためアーツ前橋でも開館記念展で同グループの紹介を行ない、複数の作品を収蔵している。NOMOグループの活動は、その後やまだや画廊の閉鎖後も藤森勝次らが中心となるぐんまアートセンター、さらには彼らの活動に若いときから接していた吉田富久一のアートハウスへと、アーティストによってスペースを維持し続ける活動が継続されてきた。自律的に場所を確保し、自分たちの発表の場でもあり、さらに他のアーティストや関係者の活動と結びつく場所の運営である。地方の芸術運動が名前を変えながらもこれだけ継続的に互いに関わりのあるメンバーによって引き継がれたのは珍しい例とも言えるのではないだろうか。群馬近美については前々回でも展覧会を取り上げたので、今回はこうしたアーティスト主導の活動が現在へと引き継がれているスペースとしてya-ginsをとりあげてみたい。


土谷亨の「手作りラーメンワークショップ」と弁天通商店街
撮影=木暮伸也

 ya-gins(ヤーギンズ)はアーティストの八木隆行が運営する2012年11月10日にオープンしたアートスペースである。アーツ前橋からも商店街を歩いてすぐの場所にある。大きなアーケードを持つ商店街のなかの小さなスペースだが、同じ場所では「Ya-man's cafe」というカフェとギャラリーを併設した活動があった。そこでは、白川昌生が中心となり北関東造形美術館で行なってきた活動「場所・群馬」を引き継ぐようにして地元の作家の展覧会が行なわれたり、トークイベントなども実施されていた。美術関係者だけでなく、シャッター街のなかで若者が集まる場所になっていた。目の前は大蓮寺というお寺で、近隣の商店の人たちの日常生活と密接に結び付いた立地である。
 八木はアーティスト活動として、風呂を担いで土地を移動し、そこで湯を沸かして入浴するパフォーマンスを各地で行なってきた。毎日繰り返される極めてプライベートな行為との対比によって、人間の力を凌駕する自然の風景、失われた場所の記憶、かつて行なわれた出来事などが現在持つ意味や価値を示唆する行為である。それらを写真によって記録し作品として展示してきた。2006年には裏にあった弁天湯を一部復活させるような展覧会をYa-man's cafeで行なっている。
 そこが一時的に閉鎖し、地元のアーティストたちが集う場所がなくなっていたときに、八木はほぼ一人で改装工事を行ない、同じ場所に現在のya-ginsをオープンさせた。表のスペースは個展を中心に企画し、後ろの部屋に行くと壁に地元作家の小さな作品を並べ、グループ展を常時併設させている。さらに奥の畳になった場所にあがるとゆっくりと作家や八木と話をしたり、置かれている資料を眺めることもできる。
 これまで行なわれてきた個展は開催順に、Vol.1村田峰紀、Vol.2喜多村徹雄、Vol.3杉本篤、Vol.4加藤アキラ、Vol.5木暮伸也、Vol.6カナイサワコ、Vol.7三角みづ紀、Vol.8中崎透、Vol.9小野田賢三、Vol.10白川昌生、Vol.11藤井光、Vol.12山極満博、Vol.13三角みづ紀、Vol.14村上雅紀、Vol.15平井陽子、Vol.16ジル・スタッサール、Vol.17榎本浩子。3月27日までの会期だった榎本浩子は2015年の群馬青年ビエンナーレ大賞を受賞したアーティストで、自分の身近にいる家族や知人に起きている出来事の変調を捉えつつ、しかしそれをまた淡々とした日常の中に投げ返すような手法で、ドキュメンタリーともフィクションとも言えるような作品を展示していた。


榎本浩子展の展示風景
撮影=毛利聰

 そのほかにも「50-50 五嶋英門」などが行なわれている。また、杉本篤展のときに表面の上部に野外上映スクリーンを設置し、商店街の真ん中でプロジェクターを投影して作品を鑑賞するイベントも行なっている。小泉明郎の作品上映や「前橋映像祭」などでもこのスクリーンが活用されている。そのようにして展覧会のみならず、映像やパフォーマンスなどアーティストの作品を発表する機会を柔軟につくり上げてきた。声をかける作家はこの地域で活動をする人を中心に、八木が交友した範囲で選ばれている。オープンは基本的に金土日のみ。それは彼自身が他の仕事もしつつ、経済的に自律した活動を行なっていくためのバランスから生まれている。作品の販売も行なうが、それは作家の収入にもつながることであるし、手数料は商業画廊よりもはるかに低い。改装もすべて自分で手掛け、改装費に多額な投資をせず、必要以上に補助金も受け取らないことで、活動が余計なことに左右されないサイクルをつくり出し、持続可能な仕組みを優先させている。
 こうした八木の考えもまた上の世代のアーティストから影響を受けている。まず自由度を確保するために、なんでも自分の手でつくり出す方法は予備校時代の先生だった柳健司から受け継いでいる。現在でもときどき展覧会が行なわれる専門学校の付属施設である「前橋文化研究所」の内装を手掛けたのが柳だった。また、継続的に場所を運営し続けているアーティストとしては、コンセプトスペースを1982年にオープンさせ、いまも活発に活動を続けている福田篤夫からも影響を受けている。それから、ya-ginsが地域や街の日常生活と隣接する点は白川昌生が行なってきた活動に触れてきた影響もある。身近に接してきたこれらのポストNOMOグループのアーティストが行なってきた活動が八木に受け継がれている。
 八木はCCA北九州時代にローレンス・ウィナーが「アーティストは八百屋や魚屋とは違う」と言った言葉に違和感を覚えたと言う。つまり、そんな社会のなかで特別な扱いを受けるものではないし、逆に八百屋や魚屋だって特別なものでもあると。とりわけ、自分が表現をしていく地域が具体的に日本である場合に、そこまでアートを特別視するのではなく、もっと生活に近い場所で表現活動を実践していくことに可能性を見出そうとした。自分が生活する社会でアートがどのように機能するのか。目線を生活者に置いて表現活動をしていく点は、前述した八木の作品としての風呂のプロジェクトとも相通じるものを感じる。両者とも、周辺とは過剰な依存関係をつくらずに自分が介入することで、周囲をあらためて新しい視線で見直していくきっかけをつくり出しているような特徴を持っている。ya-ginsの活動を彼の作品とみなす必要はないとはいえ、彼の問題意識が両者を貫いているとは言えるだろう。


地元作家のグループ展の展示風景
撮影=毛利聰

 また、このスペースの大きな魅力はなんといっても座敷に上がり込みながら飯を囲む時間だろう。展示するアーティストを迎えて、あるいは前橋に訪れているアーティストがふと立ち寄り、近況を報告しつつ寛いでいく。周りのアーティストもそれを楽しみに集まりに参加し、常連のなかに若いアーティストや近隣のデザイナー、市外からの来訪者が混じる。先日はイギリス滞在を終えたKOSUGE1-16の土谷亨が手作りラーメンワークショップを行ない、イギリスの報告と今後の活動について話をしていった。個人の制作や日常生活のなかで自分以外のアーティストと時間を共有し、つながるための場があるというのは、おそらくたんなる展示発表の場所以上の意味を持つ。そこではアートが理念や価値を必要以上に持つこともなく、しかしそれぞれが拠り所として信じていることを確認しながら、次のステップへと進んでいくための場所を街の中に確保しているように思う。権威や市場とも距離を置いて、自分たちにとって意味のあることを自由に行なうという、表現において本質的なことが、じつはどれほど実践が困難なことか。
 ほかにも制作や滞在のスペースという傾向が強いマエバシワークスなど、時期によっては数カ所で同時にイベントや展示が開催される場所がある。アーツ前橋には、とくに県外から来た美術愛好者が立ち寄れるこうしたアートスペースがあることで、遠方から時間をかけて前橋にきても充実した時間を過ごせる。そんななかでもya-ginsがアーティストがイニシアティブをとる空間を街の中に確保していることの魅力は大きいはずである。


見慣れたya-ginsの宴会風景
撮影=八木隆行

群馬NOMOグループの全貌──1960年代、「変わったヤツら」の前衛美術

会期:2016年1月16日(土)〜2016年3月21日(月)
会場:群馬県立近代美術館
群馬県高崎市綿貫町992-1 群馬の森公園内/Tel. 027-346-5560

学芸員レポート

 アーツ前橋では、毎年春は地下の展示室全面を使った個展と、1階の無料スペースで二人展を継続して行なっている。1階は奥行きをとれるスペースが少なく、なかなか難しい空間なだけに、アーティストによってどのように捉えたのかを知るのもひとつの楽しみになっている。また、展示室を出て美術館のほかのスペースに介入することを試みているのも面白い。今年は、今井朋が石塚まこと康(吉田)夏奈の女性アーティスト二人を取り上げた。石塚はストックホルムとパリ、康は小豆島に住む。いっぽうは都市を、他方は自然のなかを歩き、そこで見たものを吸い込み、自分の感覚や視点の置き方をそれぞれの身体感覚によって描き出している感じが見ていて気持ちいい。康の視線が木々やランドスケープを丁寧に追いながら、丹念にそれを再現する方法を模索し、それが彼女の作品の特徴とも言える色づかいと構図をつくり上げているのを感じ取るとき、その作品を見る者も彼女と同じ場所に立っている。石塚の作品ではじつに繊細な日常の中の人との関わり合いが透けて見える。ヨーロッパのいくつかの都市を行き来しながら、いつも新鮮な目で街を見つめ、彼女独特のリズムによって歩を進めている感覚が伝わる。ときにじっと立ち止まって朝食後のテーブルを眺め、あるいはかなりの跳躍によって他人の書棚に想像力を働かせ、どこか忙しく見える彼女の遊歩も査証のために長期間留まらずをえないときには、想像上の展覧会を構成するかのようにポストカードを集め続けるといった具合だ。もちろん、これらは見る側の勝手な想像でしかないのだが、私たちは小さな展示空間であちらこちらへ旅するような経験をする。同時期にアムステルダム在住の萩原留美子が滞在制作のオープンスタジオを行なったのだが、彼女の視点の置き方や周囲をどのように解釈するのかという点にも相通じるものがある。外からやって来た者は異文化のなかで生活するときに、定住している者が把握しているように風景を見るのとは違う、軽やかさによって独自の解釈を加える自由を得る。もっとも、石塚には物語性が顕著で、萩原にはユーモアの性質が強いという違いも明白にあるのだが。


「Art Meets 03 石塚まこ/康夏奈」展示風景
撮影=木暮伸也

 さて、それから今回が初の回顧展となる田中青坪展。担当は辻瑞生で、これまで作品の全容を見ることができなかった作家の作品を各所蔵家や美術館から集め、その足跡が見事に辿れる展示になった。作品ごとに作家自身の言葉や批評文を調べて掲載した図録も青坪の位置づけを確認するうえで貴重な役割を果たすだろう。奥村土牛や小倉遊亀といった人気作家と同時期に、29歳の若さで日本美術院の同人になった秀才である。前橋に生まれ、最後は杉並で没している。


田中青坪《春信》1964年、アーツ前橋

 年代順に構成されることでわかるのは、大胆にスタイルを変化させていく様子である。まず伝統的な日本画の技法を取得し、その描写と装飾性を両立させる基礎的な力を発揮した時代に、細川護立などの支援を受け、さらに東京藝術大学で教鞭を執るようになる。この展示もアーツ前橋が所蔵している作品のほか、永青文庫や熊本県立美術館、東京藝術大学が所蔵している作品を展示している。おそらく、若くしてすでに十分な世間的な評価と生活の基盤があったため、その後も院展をおもな活躍の舞台にするほかは、積極的に展覧会によって作品の評価を獲得するするよりも、作品制作におもな時間を割く生活をしていたような印象を受ける。さらに芸術の関心としては、西洋絵画をはじめ幅広い方向を向いていたオープンな人だったということもよくわかる。女性像や植物などの古典的な題材を大きめの画面で描く時代は、細部を省略したり、遠近法的な空間のなかで平面性を強調する描き方をしたり、大胆に不安定な構図をつくる点が印象的である。その後は、さらに大画面に早い筆跡でさまざまな植物が装飾的な文様のように配される作品を制作する。有機的な自然の輪郭を描く線の揺らぎはリズミカルに踊るようで、自由な感覚にあふれている。今回の展示では、青坪が影響を受けたと言われるラウル・デュフィの作品も一緒に並べている。また、鮮やかな色彩も青坪の大きな特徴である。顔料の種類に満足できず、緑色から水色までの色彩を数多くつくり出すことで自然のなかに見出す色の豊かさを再現しようとしていた。
 そして、それらは晩年の浅間山のシリーズに集大成として結実する。一見保守的な題材と思えるかもしれないが、奥行きの構成に新境地を見出している。当館所蔵の作品の鮮やかな空の色は、それが遠景に配されているにもかかわらず、こちら側に迫ってくるようにさえ見える効果がある。柔らかな山の線と手慣れた木々の描写のバランスが見事に構図に収まっている円熟味だけでなく、そうした新しい試みにも挑戦しているのが、生涯に渡り自由な実験を試みた作家らしい。こうした晩年の境地を竹田道太郎が絶賛したのも頷ける。ジャンルからも自由で、絵筆によって絵画を描くことを楽しんでいた様子が伝わってくる作家が最後に到達したのは、画面の中に収まりきらず、見る者の知覚に画材の工夫と構図によって働きかけ、触覚的な感覚さえおぼえる自然の描写だった。


田中青坪《浅間高原(五)》1980年、アーツ前橋

田中青坪──永遠のモダンボーイ

会期:2016年3月19日(土)〜2016年5月17日(火)
会場:アーツ前橋
群馬県前橋市千代田町5-1-16/Tel. 027-230-1144

Art Meets 03 石塚まこ/康(吉田)夏奈

会期:2016年3月19日(土)〜2016年5月31日(火)
会場:アーツ前橋
群馬県前橋市千代田町5-1-16/Tel. 027-230-1144

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住友文彦

1971年生まれ。アーツ前橋館長。あいちトリエンナーレ2013、メディア・シティ・ソウル2010(ソウル市美術館)の共同キュレーター。NPO...

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