2017年09月15日号
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キュレーターズノート

熊本地震後レポート──「かえってきた!魔法の美術館」

坂本顕子(熊本市現代美術館)2016年07月15日号

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「4月末を目途に企画展を再オープンさせる見通し」と書いた連載原稿★1 を送信し、日付が変わった4月16日の深夜1時25分、再び熊本を震度7の地震(本震)が襲った。前震を大きく上回る長く激しい揺れは、その後の美術館活動を一変させるものであった。

 大きな揺れがおさまり戸外に出ると、深夜にも関わらず路上は多くの人々であふれ、近所の小学校の校庭は避難する車が列をなしていた。その後も、規模の大きな余震が続き、そのまま車中泊が数日続いた。自宅は屋根瓦が落ち、柱や基礎にひびが入ったものの、一部損壊で済み、電気、水道(井戸水)、プロパンガスがかなり早い時期に復旧することが出来たのが不幸中の幸いであった。
 美術館からは、建物の安全確認等のため、管理職以外は自宅待機、また、ライフライン復旧の見通しも立たないことから、筆者以外の県外出身の学芸員は実家に戻るよう指示が出された。本震から5日後の4月20日、日通の作業員の手配がつき、エッシャー展の作品の点検と撤収作業を開始した。先に展示室内に入り状況確認を行なった職員から聞いてはいたが、被害の規模は前震を優に上回るものであった。だが、前震後に実施した処置が功を奏し、落下などで一部の額などに割れがあったが、作品そのものに大きな被害がなかったことを改めて確認でき、本当にほっと胸をなでおろした。

 しかし、本震による被害は建物のあちらこちらに見られた。最も致命的だったのが空調機の故障である。温湿度や外気を細かく調整しながら、復旧作業が続いた。3日間かけて点検した展示中の百数十点の作品を収蔵庫前室に移し、入りきれない作品は県外の美術倉庫に移送した。九州道は植木—八代間が依然通行止めで、渋滞が続いていたが、東北から南の離島まで、たくさんの他県ナンバーの災害派遣車両とすれ違い、一台一台に御礼を言いたい気持ちになった。借用中の作品を美術倉庫の壁に固定したときの安堵感は、何とも言えないものだった。
 地震後、10日ほど経って、避難所暮らしや車中泊、遠距離通勤のなか、職員も可能な範囲で出勤をはじめ、館内も少しずつだが以前のかたちを取り戻しだした。そして、この頃から協議を始めたのが、「美術館をいつからどの程度再開させるか」ということであった。まだ、多くの方が避難所に暮らし、街なかの百貨店や飲食店も臨時休業が続いていた。普段は酔客で賑わう繁華街も、夜7時ですら人影がまばらな状況である。しかし、館長からは「こういう時だからこそ、可能な限り速やかに館を再開させる」という指示が下りた。
 当館は、ジェームズ・タレルの作品を備えたホームギャラリーを含む、無料で利用できるフリーゾーンと、大型企画展を実施する有料ゾーンの2つに分かれる。まず、段階的にフリーゾーンの一部を5月11日に開館追って、フリーゾーンの展示室、そして有料ゾーンを順次再開することを目標とした。エッシャー展は、災害後の再展示ということで、九州国立博物館や東京文化財研究所、全国美術館会議、展示備品業者の方々と展示方法の協議を行ない、細心の注意を払うことで、ハウステンボス美術館のご理解を得て、エッシャー作品のみ40点を無料で公開するかたちで、5月18日にオープンを実現した。
 
 「果たして、このような状況のなか、美術館に来る方などいるのだろうか」、「不謹慎と捉えられないだろうか」という考えは、どの職員の頭のなかにもあっただろう。しかし、「展覧会は再開しないのか」というお問合わせや、再オープンした子育てひろばに待ちかねたようにやってくる親子連れを見て、「美術館は必要とされているのだ」と改めて感じたのも事実だ。10時から18時の短縮営業であったが、ボランティアのピアノ演奏や、アニメや映画の上映会、ワークショップコーナーなどを設けた。また、熊本県立劇場など、自館が使えない施設のアウトリーチやイベントなどの受け皿としても、積極的に活動を継続している。たとえ少しずつでも、館に灯りをともし、人々が安心できる場をつくること。その意義が身に染みた。
 そういった市民の後押しもあり、6月25日には、「かえってきた!魔法の美術館」展で有料企画展ゾーンを再オープンすることとなった。同企画は3年前にも実施したが、体験型の作品が多いこともあって、子どもたちに人気が高い。多くの来館が予想されるため、プロジェクターやスポットの落下防止、避難誘導に気を配り、何度も災害時のシミュレーションをした。熊本県下では再開の目途がたたない動物園や運動施設、映画館、博物館などが多いためか、オープン時の休日には3000人以上の来館者があった。そのなかからは、「地震後、こんなにはしゃいでいる子どもの姿を初めて見た」という声も聴かれた。美術館を開けて良かったと思う、何よりの瞬間であった。


 7月5日現在、熊本はいまだ復興の途中であり、震度3程度の余震は日常的に続いている。倒壊したままの家屋が残り、拠点避難所にはまだ多くの方が暮らし、仮設住宅の建設を待っている状況である。地震後3カ月を迎えるにあたって、県下の公立美術館の学芸員でつくるグレーの会や、当館の職員たちで、地震の被害やそのときどのように考えたかを振り返る機会を設けた。そこから得た意見を記しておきたい。

1──地震には備えが大切(作品の整備、安全確認、避難誘導)

 今回の地震で痛切に感じたのは、日々の危機管理の大切さである。「まさか」は起こる。 幸い今度の地震は夜間であったため、お客様の被害はなかったが、もし昼間だったら適切に避難誘導が出来ていたか。また、展示室の天井が落下し、いまだ再開の見込みが立たないのは宇城市不知火美術館、1億円以上の修復・保全費用が必要とされる熊本県立美術館、直接的な被害が少なかったものの観光客が激減している坂本善三美術館やつなぎ美術館である(7月13日時点)。当館も収蔵庫内の作品点検を終えるにはかなり長い時間がかかる見込みだ。展示用のS管が伸び切り、固定していたサラシを突き破るほどの激震であったとはいえ、日々の細やかな作品・施設管理が、安全や安心を生むことは言うまでもない。

2──地震被害はさまざまである 適切な時期に、適切な支援を

 地震被害と言っても、津波被害や大規模な火災などが起こらなかった点で、阪神淡路大震災や東日本大震災などとは、やや性格が異なる。熊本の文化財のシンボルとも言える熊本城の復旧には莫大な時間と資金が必要であることは言うまでもないが、やはり文化財の保全で必要なのは、柔軟に活用できる「資金」である。例えば、修復に要する費用や、作品を退避できる空調環境の良いスペースの確保も今後の課題である。被害の状況を記録・蓄積し、共有することで、適切な時期に適切な支援が、柔軟的に行なわれることを望む。

3──災害時に美術館は必要か

 衣食住足りてこその美術。ライフラインが断たれる暮らしを経験すると、改めてこのことがよく分かった。災害直後の暮らしは、着のみ着のまま、身だしなみを整えることすらままならない。自宅や財産、仕事、大切な人を失い、苦境に立たされれば、なおのことだろう。
 しかし、災害を経て、そんな時でも、いやそんな時こそ、人間には美術や文化が必要だと確信した。疲れた時に、音楽が身体に染みわたり、鮮やかな色彩が沈む気持ちをふっと軽くする。それは、弱った時に、誰かがかけてくれる優しい言葉のようなものかもしれない。ささやかで無力かもしれないが、人を励まし、すっと心に寄り添う。美術館で働く者として、その美術や文化の持つ力に気付いたことは、災害のなかで得た最も貴重な経験であったと言える。

本震により本などが散乱した書庫

再開したエッシャー展には多くの市民が来場した。




 地震後、同じく災害に直面した経験を持つ、東北や高知、福岡など全国の美術館関係者やアーティストなどから、お見舞いのメッセージを頂いたり、あるいは、日比野克彦氏や村上タカシ氏のように直接現地入りして支援を頂くなど、全国の方々から励ましをいただいたことについて、改めて感謝申し上げたい。
 また、展覧会に出品する県関係のアーティストからも、災害の後だからこそと意欲的な新作を提示してくれた。「かえってきた!魔法の美術館」展は12作家17作品を紹介しているが、チームラボで活躍する藤元翔平の《power of one #surface test pattern 1》は、レーザープロジェクターと動く鏡を用いて映しだされたパターンがシンメトリックに展開する。また、takram design engineeringの緒方壽人の《WITH OR WITHOUT COLOR》は、ナトリウムランプによってモノトーンになった緒方の父が撮る阿蘇や有明海などの風景が、徐々に色を取り戻していく作品である。静かだが復興への思いが強く込められている。
 ギャラリーⅢでは、天草・本渡の若手陶芸家・丸尾三兄弟の個展を予定していたが、本震の3日後、「ギャラリーに来た人が無料で器を持って帰ることのできるような展示をしたい」と連絡がきた。熊本の人々が避難所で支援物資や炊き出しを紙皿で食べていた頃のことだ。器を持って帰った人は、それと交換に、自分の食卓の写真を美術館に送り、写真はギャラリーに飾られる。そういった何気ない日常の尊さをシェアする試みだ。熊本では40近い窯元が被災し、直接的な被害の少なかった天草でも、イルカウォッチングや窯元への来訪者も激減したという。この夏、「九州ふっこう割」をはじめとして、熊本・大分を支援するさまざまな旅行プランが多く準備されている。災害から立ち上がろうとする熊本へと足を運んでいただけたら、本当に嬉しい。


藤元翔平《power of one #surface test pattern 1》 ©shohei FUJIMOTO

緒方壽人(takram design engineering)
《WITH OR WITHOUT COLOR》 ©hisato OGATA(takram design engineering)
写真=緒方弘之、サウンド=小山慶祐



「丸尾三兄弟 〇〇(マルオ)の食卓」展フライヤー


★1──artscape2016年04月15日号|学芸員レポート(坂本顕子)

かえってきた!魔法の美術館

会期:2016年6月25日(土)〜9月19日(月・祝)
観覧料:一般=1,000(800)円、65歳以上=800(600)円、高大校=500(400)円
中学生以下=無料

丸尾三兄弟 〇〇(マルオ)の食卓

会期:2016年7月16日(土)〜9月11日(日)
入場無料

いずれも会場:熊本市現代美術館
時間:10:00-20:00(展覧会入場は19:30まで)
休館:火曜日
熊本市中央区上通町2番3号/Tel. 096-278-7500

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坂本顕子

1976年熊本市生まれ。熊本市現代美術館主任学芸員。同館設立準備室を経て現職。 教育普及をベースに、現代美術系の企画展を多数行なう。美術や美...

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