アート・アーカイブ探求

菱田春草《落葉》──ゼロの空間「勅使河原 純」

影山幸一

2010年06月15日号




菱田春草《落葉》(上:右隻・下:左隻)1909年, 六曲一双(各157.0×362.0cm),
紙本着色, 重要文化財, 永青文庫蔵
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気配の系譜

 この春18万人を動員したという『特別展 細川家の至宝──珠玉の永青文庫コレクション』(東京国立博物館, 4/20〜6/6)で、明治期の作品である菱田春草の《落葉》(永青文庫蔵)を見てきた。黄色みを帯びた優しい画面全体から受ける印象は、《松林図屏風》のような静かな林の中に包まれる空気感より、信念を内側に秘めた近寄り難くも引きつけられる作品であった。
 長谷川等伯の《松林図屏風》を毎日見ている。と言っても、小さな屏風のミュージアムグッズをテレビの上に置いているだけだ。絵の中に鑑賞者を没入させる静かな迫力を思い起こさせ、見飽きることがない。桃山時代の国宝をこうして身近に楽しんでいるが、同時に松林の気配から連想して思い浮かぶのが、《落葉》なのだ。《松林図屏風》と同じく六曲一双の屏風だが、こちらは墨ではなく彩色である。完成している作品でありながら未完のような壊れやすい魅力をたたえている。どこか不自然で幻想的な絵だ。
 菱田春草の資料を丹念に収集し、600ページを超える『菱田春草とその時代』(六藝書房, 1982)を著した勅使河原純氏(以下、勅使河原氏)に、この不思議な《落葉》について話を伺いたいと思った。勅使河原氏は学芸員歴25年、東京都立砧公園の一角にある世田谷美術館の元副館長であり、2009年にアートの面白さを広く伝えるJT-ART-OFFICEを開設し、美術評論家として執筆・講演活動を展開している。東京・JR三鷹駅前の事務所を訪ねた。

勅使河原 純氏
勅使河原 純氏

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