2017年05月15日号
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アート・アーカイブ探求

菱田春草《落葉》──ゼロの空間「勅使河原 純」

影山幸一2010年06月15日号

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描きたいものは描かない

 近代絵画史の中で「絵画とは何か」「表現とは何か」はあったが、春草は「空間とは何か」に着目した。それがキュビスムのようなピカソの空間分析的な解決法ではない、東洋的な空間把握となって春草を導いたのではないか、と勅使河原氏は述べた。続けて「《落葉》は理想的な地平面。その広がりというものが、理想の哲学的抽象的な無限の広がりとして表現されている。要するに地面は描かず、立木と落葉と鳥を描く。地面に関心がありながら、地面そのものを描かないという隠喩法表現が東洋的な哲学なのだと思う。落葉を敷いたり、木をあちこちに立てて表わした無限空間は絶対的に平らで、絶対的に無限、限りなく脆く壊れやすい。まるでガラスでできているような空間だ。“本当に描きたいものは描かない”というのが、非西洋の在り方だろう。《落葉》にはまた、数学的な絶対性を感じる。ゼロとは何か、ゼロには無限に近づいていけるが、誰も見たことがない。それは正の方から迫っても、負の方から迫っても、無限に近づくがつかめない概念だ。《落葉》の価値は、消失点や線遠近法を使わず、どこまで西洋流の視点を日本画が獲得できるかを試みるところにあった」と語った。
 《落葉》は、描かれた葉が下に集まっている重力感と、靄が立ち込めて地面の奥に消えて行く浮遊感、私はこの二つの異なった引力に不思議な魅力を感じていた。杉と橡がこの二つの平面をつなぐ役割を担い、春草は知的な木の配置と色彩設計により独自の空間を創り出した。春草の空間は命の再生を予感させる。


主な日本の画家年表
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勅使河原 純(てしがわら・じゅん)

美術評論家・JT-ART-OFFICE代表。1948年岐阜県生まれ。東北大学美学美術史学科卒業。会社員を経て世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動を開始し、副館長を経て、2009年より現職。美術の面白さを広く伝え、アートライフの充実を目指す活動を展開中。東京国立近代美術館・東京都現代美術館・横浜美術館作品評価委員、東京都写真美術館・横浜美術館外部評価委員、松濤美術館収集委員、東京都文化政策策定検討委員、三鷹市芸術文化財団理事。東京大学・東京芸術大学・女子美術大学・かわさき市民アカデミー講師。所属:美術評論家連盟、国際美術評論家連盟、美術史学会。受賞:第7回倫雅美術奨励賞、第22回シェル美術賞展佳作賞。主な著書:『菱田春草とその時代』(六藝書房, 1982)、『美術館からの逃走──現代「美術」は風景にからみつき』(現代企画室, 1995)、『アフター・アート―美術をやめるための美術論』(スカイドア, 1998)など。

菱田春草(ひしだ・しゅんそう)

明治後期の日本画家。1874〜1911。長野県飯田町生れ。本名は三男治(みおじ)。上京して狩野派に学んだ後、1890年(明治23)東京美術学校に入学。岡倉天心や橋本雅邦の指導の下、1年先輩に横山大観、下村観山がいた。卒業制作の《寡婦と孤児》は最高点となる。22歳で描いた《四季山水》に初めて春草の号を使用。母校の教員となるが、1898年学校紛争により天心に殉じ辞職、日本美術院創設に参加。線を用いない没線(もっせん)描法、いわゆる朦朧(もうろう)体に取り組み、《菊慈童》などを発表。大観らとインド、欧米を外遊後、美術院移転により五浦(いづら)に移住するが、眼病を発病し、代々木に移転。朦朧体から脱却して写実を重視し、色と線を調和させた新境地を開く。37歳を目前に早世。代表作に《賢首菩薩》《落葉》《黒き猫》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:落葉 。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:菱田春草, 1909年制作, 六曲一双(各157.0×362.0cm), 紙本着色。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:永青文庫。日付:2010.6.10。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 10.4MB(右隻)・10.1MB(左隻)。資源識別子:4×5カラーポジフィルム4枚, 左(Kodak EDUPE 0201, 196 KoODAK×2), 右( FUJIFILM CDUⅡ32654 CJADJC, CJADJD)。情報源:永青文庫。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:永青文庫。



【画像製作レポート】

 《落葉》(右隻・左隻)を所蔵している永青文庫へ電話。永青文庫のホームページにある「コレクション」から「掲載許可・写真借用申請書」をプリントアウトして郵送する。一週間ほどでポジフィルムが届いた。右隻・左隻とも2分割撮影した4×5カラーポジフルム(カラーガイド付き)、合計4枚。代金は右隻・左隻の2点分。\18,000×2=\36,000(税別)。
 フィルムのスキャニングはプロラボへ。300dpi・10MB・TIFF、4枚で4,200円。iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整とつなぎ合わせ作業に入る。モニター表示のカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイドを目視により色を調整し、縁に合わせて切り抜く。その後つなぎ合わせを行い、再度切り抜き、Photoshop形式:10.4MB(右隻)・10.1MB(左隻)に保存する。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。
 今回右隻(FUJIFILM)と左隻(Kodak)のフィルムメーカーが異なっていた。色差など減らすためにも、フィルムメーカーは統一したい。作品をデジタル資料として保存する場合の「作品デジタル化ガイド」を作る必要がありそうだ。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。



参考文献

『現代日本美術全集3 菱田春草/今村紫紅』1972.8.25, 集英社
『NHK 日曜美術館 第4集』1977.7.10, 学習研究社
勅使河原 純「〔落葉〕の理想空間 菱田春草試論」『三彩』通巻417, p.37-p.44, 1982.6.1, 三彩新社
小高根太郎「菱田春草」『三彩』通巻417, p.45-p.47, 1982.6.1, 三彩新社
菱田春夫「父春草と〔落葉〕の頃」『三彩』通巻417, p.48, 1982.6.1, 三彩新社
勅使河原 純『菱田春草とその時代』1982.11.12, 六藝書房
近藤啓太郎『菱田春草』1984.9.5, 講談社
山根有三『日本絵画史図典』1987.10.20, 福武書店
図録『開館記念 菱田春草展・図録─空間表現の追究─』1989, 飯田市美術博物館
佐治ゆかり「菱田春草『落葉』について (一)線からの考察」『福島県立美術館研究紀要 第4号』p.7-p.27, 1989.3.31, 福島県立美術館
五月女晴恵「菱田春草筆〔落葉〕の空間構成に関する一考察」『美術史学』第20号, p.55-p.90, 1989.11.11, 東北大学文学部
Webサイト:山口泰弘「風景の発見──日本画における風景画の成立」『光耀く命の流れ 20世紀日本美術再見I 1910年代』三重県立美術館, 1995.10(http://www.pref.mie.jp/BIJUTSU/HP/event/catalogue/1910_nihonbi/yamaguchi.htm)2010.6.7
Webサイト:金 容*「菱田春草の作品世界に関する研究」『東京大学文学部・大学院人文社会系研究科』2001(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/thesis.cgi?mode=2&id=5)2010.6.7
Webサイト:岡崎乾二郎「国民絵画の創出──菱田春草『落葉』」『批評空間【critical space】』2002(http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/okazaki/ronza9806.html)2010.6.7
図録『未完の世紀:20世紀美術がのこすもの』2002, 読売新聞社
尾崎正明『すぐわかる画家別近代日本絵画の見かた』2003.6.20, 東京美術
図録『菱田春草展』2003, 菱田春草展実行委員会 愛知県美術館/中日新聞社/東海テレビ放送
Webサイト:「精神の矩火 菱田春草〔落葉〕」『輝きの時“Carry Out Your Life!』2007.4.26(http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/4323126.html)2010.6.7
赤木里香子「65 菱田春草《落葉》」『日本美術101鑑賞ガイドブック』p.144-p.145, 2008.7.30, 三元社
中村麗子「装飾表現の試み」『別冊太陽 日本のこころ154 近代日本の画家たち 日本画・洋画 美の競演』p.114-p.119, 2008.8.22, 平凡社
Webサイト:「美の巨人たち:菱田春草」『川越芋太郎の世界(Bar“夢”)』2009.11.22(http://blog.goo.ne.jp/kawagoe_imotaro/e/98bdf0718a990affd5066875096ba0d3)2010.6.7
『朝日新聞(夕刊)』「be-evening水曜アート 〔落葉〕菱田春草 感じる気配は何か」2010.5.26, 朝日新聞社

2010年6月

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影山幸一

1961年生まれ。ア-トプランナー、デジタルアーカイブ研究。CG展=「3D BRAIN CIRCUS」(横浜ランドマークタワーギャラリー 1...

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