会期:2024/01/20〜2024/04/16
会場:帝京大学総合博物館[東京都]
公式サイト:https://teikyo.jp/museum/exhibition/2024-sub-shinrin/
この展覧会は2023年2月に出版された同名書籍の出版記念にあたり、九州大学、東京農工大学、帝京大学を巡回したものである。本展はタイトルの通り、近代日本が旧植民地・支配地域を保全・開発してきた思想と実践の歴史を辿るものだ。「持続可能な開発(SDGs)」が国連総会で採択されたのは2015年であり、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は1962年出版といったように、国際的な環境保全の契機はいくつもある。そういったなかで対象とされてきた「森林」とはいったい何なのか。環境保全は当然だという「環境主義」はいつどこで始まったのか。
本展では、環境主義とは帝国主義下での影響によるものだという、とりわけ英国帝国主義を中心とした研究成果を念頭に、第二次世界大戦前、戦中の当時「内地」と呼ばれた日本国内および「外地」と呼ばれた台湾、朝鮮、旧満州、樺太もそうなのかと問うものになる。ただし、その論証がすべて開示されるというものではなく、書籍の章ごとのサマリーに関連書籍、木材標本やスライド、エフェメラといった資料、それに帝京大学の収蔵絵画作品が複合的に展示されていた。
会場風景[筆者撮影]
展示資料で特に印象的だったのは1923年の第1回「愛林日」のポスターだ。人々が植林を行なったり、はしごに登って松の木を剪定したり、松の枝で山火事の消火を行なったりしている様子が描かれたものである。ポスターに登場するのは「山」と書かれた法被を身につける専門家だけではなく、鳥と巣箱も描かれ、「愛林」を促す対象とその目的の広さが窺える。日本本土では1920年代末から全国的に緑化運動が展開されており、日本森林會主催の「愛林日」に関する促進リーフレット(1935、1943年のいずれか)はその意図をさらに明確に伝えてくれる。
「我が國は神代からの森林の國であります(中略)則ち我國においては古来上下相率ひ、前後相傳へて、愛林の美風が行はれ、優良樹種を畜殖し、森林を保護することに努め來つたことは明らかでありまして、之も我國民性が他の國に優れて居る特徴の一面を物語るものであります。」
リーフレットの短い文章には徳川時代の関東や山陰、関西、九州で実施された植林事業が列挙されており、具体的な地名と担い手を示し、それに連なることになるこのリーフレットを手にした人々へ、森林を保全する心をもつ者=国民という姿の歴史化と集合的な国家像の形成を同時にもたらそうとしていることが窺える。
実際的に「愛林」と呼ばれていた緑化運動の当初の目的は、山火事を防ぐための啓発活動であったり、間伐による森林の潜在的な木材価値の向上のノウハウ伝授といった森林保全に依拠するものであったが、戦時総動員体制のもとで、次第に戦争遂行のための森林資源造成や国民精神修養の場という役割をも併せもつものになっていったこと。そしてそれと並行した植民地の朝鮮における緑化運動は、朝鮮の民衆に近代的な愛林思想を啓蒙するという植民地主義と表裏一体の関係のに展開されてきたこと。これらがパネルで示されていた。こうして鑑賞者は資料に描かれたイメージやフレーズの言外の意味を読み解く手立てを得ていく。
振り返ってみると本展は、この「愛林日」の触れ込みに記されていない地域についての調査の導入を示したものだともいえるだろう。北海道と樺太は、政府や林業団体の現地住民に対する態度が、森林資源保護のために住民を「排除」する方針から「協力」を呼びかける方針へと変化するものだったこと。「満洲国」では満洲地域を代表する林業会社である日中合弁鴨緑江採木公司(1908–1940)の解散経緯を取り上げ、日本側の長期関与を避けたい中国側の意向により、植林は一切認められず、公司の経営は木材買収・販売が中心となり、当初掲げた持続的林業経営は実現できず、森林資源の早急な枯渇を招いたこと。朝鮮では、「朝鮮森林令」に焦点を当てて、国有林野における「入会」と「保護」について検証し、次に、記念植樹による愛林思想の普及とそれに伴う学校林設置の実態を取り上げている。そして1895年に清朝から割譲された台湾。台湾は日本領有直後から中央高地の森林資源が期待された。だが、すでに人為的な植生改変が進んでいたため、植樹と森林保全が早くから林政の課題となる。その後、クスノキを原料とする樟脳の生産、先住民が暮らす「蕃地」の林業開発と続き、台湾総督府が、山地を官有林野として確保・把握・経営することを目指していったことが時系列で端的にまとめられていた。
環境保全はさまざまな社会問題のなかでも共有しやすい思想のひとつだ。本展は、一見すると公共を追求するような「地球規模のみんなの課題」といった問題設定こそが遂行してきた政治性、統治の技術や権力勾配を丁寧に読み解く入口を示すと同時に、会場にある資料を読み解く力を鑑賞者にもたらす素晴らしい展示だったと思う。
なお展覧会は無料で観覧可能でした。
鑑賞日:2024/04/16(火)