2024年はいわさきちひろの没後50年にあたります。東京と安曇野のちひろ美術館では、一年をとおして記念展「いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ」を「あれ これ いのち」「あ・そ・ぼ」「みんな なかまよ」の3部に分けて開催中です。同館のさまざまなアートディレクションを手がけ、理事でもある佐藤卓さんとちひろ美術館・東京の「あ・そ・ぼ」展を訪れました。展覧会場を本展の展覧会ディレクターを務めたplaplaxの近森基さんと小原藍さんにご案内いただいたあと、plaplaxの展示がどのようにつくられているのか、また本展をとおして発見したいわさきちひろの新しい魅力について、安曇野ちひろ美術館副館長の上島史子さん、学芸員の原島恵さんを交えてお話しいただきました。(artscape編集部)

「こどものみなさまへ あ・そ・ぼ」展(ちひろ美術館・東京)

床面にある台は《絵を見るための遊具》(2024)
作品を見る順路とは異なる、子どものための起伏のある道が作られています。

2014年の「いわさきちひろx佐藤 卓=展」のときにつくった箱。[撮影:丸尾隆一]
佐藤「これが活躍してくれてると嬉しい」

この傘はゆっくり回転しています。エアコンの風でゆれているように見えますが、実はモーターが仕込まれています。
近森「うすぐらい四角い展示室のなかで絵に集中するのは、子どもにとっては難しい。発達心理学の森口佑介先生が、空間のなかにデコボコ張り出しているものがあると、子どもの興味の持ち方が変わるとアドバイスをくださいました」
小原「展示室に飛び出しているモノに誘われて、子どもたちは自分のちからで作品へのとっかかりを見つけていきます」
[撮影:丸尾隆一]

《絵を見るための遊具》(2024)[撮影:丸尾隆一]
子どもの視点と大人の視点を交換できる装置。
佐藤「子どもは何を見ているのかわからないところが面白い」
近森「僕らが気が付かないことを見てたりするんですよね」

《絵を見るための遊具》(2024)[撮影:丸尾隆一]
佐藤「子どもは大人の言うこと聞かないで、逆から見たりするんだよねー」

近森「この2枚の絵をちひろさんは別々に描いていますが、絵本のなかでは重ねて使っています。ちひろさんにとっては絵本が作品の完成形だったのでしょう」
[撮影:丸尾隆一]



《まどのらくがき》(2024)[撮影:丸尾隆一]
ちひろさんが子どものとき、電車のなかの雨で曇ったガラス窓に無心に延々と絵を描いていたというエピソードからつくった作品。スクリーンに手で触れるとガラス窓にするようにらくがきすることができます。
プログラムによって常に違った雨だれが描かれ、雨音も強くなったり弱くなったり。まるでちひろさんの絵の中に入り込んだかのようです。
ガラス窓/雨だれ/ガラスの向こうの女の子、ちひろさんの絵をレイヤーとして考えてみると、デジタル技術と相性がよいようです。

階段のうえのモビール。[撮影:丸尾隆一]

《絵を見るための遊具》(2024)[撮影:丸尾隆一]
絵本『ぽちの きた うみ』(至光社、1973)の原画が並んだ展示室。台にあがると犬の鳴き声が。その向かいには犬の「ぽち」が海にやってきて主人公のちいちゃんと再会するときの絵があります。

《絵を見るための遊具》(2024)[撮影:丸尾隆一]
4色のつまみを上げ下げして穴からのぞくと、向こう側にある絵の見え方が変わります。車いすの人も上がって見ることができます。
近森「ちょっとした気づきがあると、この絵をもっとよく見てみようという気になります」

《絵の具の足あと》(2018)[撮影:丸尾隆一]
2018年の「Life展」のときの作品を再展示。白いエリアの上を動くと、ピアノの音楽が生まれ、ちひろさんが好んで使っていた色のにじみがあらわれます。ここでダンスをする子どもも。

[撮影:丸尾隆一]
近森「今回の展覧会は子どもが楽しめるだけでなく、大人のなかの子どもの部分が引き出されるような展示にしています」

 

鼎談:いわさきちひろをいま、新しく発見しなおす

左から佐藤卓さん、plaplax近森基さん、plaplax小原藍さん[撮影:丸尾隆一]

──まず最初に、佐藤卓さんがちひろ美術館と関わられたきっかけについておしえてください。

佐藤卓(以下、佐藤)──安曇野のちひろ美術館がオープンする前に(1997年開館)、当時の理事の福田繁雄さんと面出薫さんからお話をいただいてシンボルマークを作らせていただいたいのが最初です。真ん中の小さな丸が子どもで、それを大きく支え守りながら、外とも繋がってるという意味を瞳のフォルムに表わしました。


ちひろ美術館のロゴマーク[提供:ちひろ美術館]

佐藤──印刷したとき、少しずれるとこの黒丸が上にくっついちゃったりするでしょう? だから、これを見ると印刷のクオリティがわかる。それぐらい細かな神経をつねに保ち続けてほしいという思いをここに込めています。そんなふうに外部のデザイナーとして、印刷物や、美術館のなかにあるもの、グッズのディレクションなどをしてきました。

──plaplaxさんは、今回の展覧会の前は、2018年の「Life展」に参加されていましたね。

近森基(以下、近森)──ちひろさんの生誕100年を記念する展覧会で、7組のアーティストのなかの1組として選んでいただき、「あそぶ」というテーマで、ちひろさんの作品とのコラボレーションになる作品を制作しました。

佐藤──僕はplaplaxさんと、NHK Eテレの番組「デザインあ」で、準備期間をいれると2012年ぐらいからご一緒してたんです。2013年に「デザインあ」展を21_21 DESIGN SIGHTでやりました。そのときの彼らの作品の柔らかく優しい印象もあって、「Life展」の作家として提案させていただいたんです。

近森──最初は1点だけ展示作品を依頼されたんですけど、打ち合わせで全体のプランをみなさんで考えていたときに、僕が「ちょっと、ここはこうしたらどうでしょうか」と言ったら、卓さんが「じゃあこれ全部考えて」と(笑)。

佐藤──ワタシ、結構丸投げするんです。無茶ぶり(笑)。いや、彼らのアイデアがすごくいいと思ったんで、「全部やってくんない?」と。

近森──もちろん全部の展示をつくるわけではなくて(笑)、全体の構成をちょっと考えさせていただきます、と。

佐藤──その展覧会は225,000人の来場者が来てくださいました。そういう経験をご一緒してるんです。若い世代でそんなことができる人たちって、そうはいない。

近森──あのとき参加していたクリエイターは映像が専門の方が多かったり、NHKの方も経験がないっていう状況で。僕らはインスタレーションの展示をやっていたので、何かできることがあるかな、と。

佐藤──彼らの思考方法にすごく刺激を受けるんですよ。それが喜びになってる。これ、おもしろーい! ってなっちゃうんです。

上島史子(以下、上島)──「Life展」は、東京と安曇野と4会期ずつで合計7組の作家の方に展示していただいたのですが、plaplaxさんだけ2回、両方の会場で展示していただきました。美術館の建築は両方とも内藤廣さんが設計されていますが、まったくスケールが異なっています。plaplaxさんは同じ作品をそれぞれの空間にあわせてアレンジして展示してくださったのですが、こんなに見え方が変わるのかと驚きました。

「Life展」《絵本を見るための遊具》(2018)展示風景[提供:ちひろ美術館]

小原藍(以下、小原)──普段から美術館のみなさんが展示の作業をされているので、私たちがぎりぎりまで設営作業をするのを受け入れてくださるんです。いろんなチャレンジができるのは、そういう土壌があるからだと思います。

上島──理事長の山田洋次さんからは、plaplaxさんたちだけにやらせるんじゃなくて、スタッフもしっかりやりなさいと言われてるんですよ。展示空間について、plaplaxさんは私たちが考える3歩先くらいまで、厳しくあたたかく考えてくださいます。展示替えはスタッフのほとんど全員が参加するんですけれども、文字の大きさひとつ決めるのにも小原さんがあれだけ考えて決められる、それで見え方が全然変わるんだっていうことが勉強になります。

佐藤──いつも実験してくれるしね。わかりきったことをやる人たちじゃない。

いわさきちひろの作品を分析し、エッセンスを抽出する

《だぁ・いー・あ!ローグ》(2024)[提供:ちひろ美術館]

近森── 安曇野館の平和をテーマにした「みんな なかまよ」展では、観客参加型の作品《だぁ・いー・あ!ローグ》を作りました。円卓のまわりで声を出すと、それが絵の具やパステルの線に変換されるんです。声の強さや長さに応じて、形が変化していくんです。

佐藤──それは面白いな!

近森──だんだんボイスパフォーマンスみたいになって、家族で楽しんでる場合もあれば、全然知らない人同士で掛け声を出したり、歌を歌う子もいます。そうすると、ひとつのテーブルを囲んで、いろんな人たちが対話する。そこから平和が始まるんじゃないかというようなことを考えました。

この作品では、ちひろさんの水彩画とパステル画のなかで、よく使われている色を8色抽出して使っています。それぞれの画材と色の組み合わせによって、色と色(声と声)が干渉したときにどのような振る舞いをするかを考えました。色の組み合わせによって跳ね返ったり、混ざり合ったり、逆に混ざり合わないというような、色どうしの関係性を考えて全部の色の組み合わせをプログラミングしています。

佐藤+編集部── えーーっ(驚)。

近森──例えば、ちひろさんが一緒に使いそうな色は混ざり合ったり、逆にひとつの絵のなかであまり同時に使わなさそうな色は混ざらないとか。

佐藤──まじですか。すごいな。

《だぁ・いー・あ!ローグ》のための色と画材の組み合わせ表[提供:plaplax]

近森──そうすると、色が会話しているように見えてくるんです。仲良くなったり、引き寄せられたり、逆に弾き合うようなこともあって、それが人の関係性のようにも見えてくる。それを含めて「対話のテーブル」なんです。

佐藤── plaplaxさんは本当にいわさきちひろの絵をよく分析して、理解して、それを体験型の展示にしてくれてるんですね。作品が展示されて終わり、じゃなくて、いまの時代にこんな風に分析して、こういう体験の場を作ったっていうのが、きちんとアーカイブされて美術館の歴史に残らないといけないと思う。

近森──僕らなりのちひろさんの作品の研究成果みたいなところがあります。

佐藤──そうなんだよね。これ、研究だよね。

近森──「Life展」のときは、技法についての研究だったんですけど、今回はちひろさんのメッセージ性みたいなところにもうちょっと踏み込んでみようとしたんです。

plaplaxが受け継ぐ佐藤卓のデザインマインド

佐藤──plaplaxさんならではの抽出の仕方、そのやり方にすごくオリジナリティがあって、誰も見たことがない、体験したことがないものになってる。勝手に解釈して作品を作ってるわけではない。いわさきちひろから浮かび上がってくるものを体験型の場に作っているので、いわさきちひろの展覧会になってる。

近森──それは卓さんのデザインマインドに影響を受けていると思います。

佐藤──いやいやいや(笑)。

近森──僕たちの作品を見てほしいというより、いわさきちひろを理解するための入り口をどう作ったらいいか。ちょっとデザイン寄りな立ち位置だといえるかもしれません。

──押し付けがないですよね。「ちひろさんのやり方ってこうなんですよ」って教えられて、「そうなんですか」と受け取るのではなく、作品に接していると自然にそのことがわかってくる。

佐藤──plaplaxさんの参加型の作品に触れると、なんなんだろうこの優しさはっていつも思うんですよ。向こうから力でねじ伏せられるのではなく、こっちからつい入っていきたくなるような入り口をつくってくれている。自然と体が動いちゃったみたいな。アフォードされている感じ。

近森──やっぱりその点は卓さんからの影響がかなり大きいです。「ちょうどいい」ものづくりの考え方や、いかに自己主張しないように作るかということがデザインだ、ということとか。

デザイン=違う分野をつないでかけあわす

原島恵──2014年から15年にかけて開催した「いわさきちひろ×佐藤卓=展」が、私たちのブレイクスルーでした。

あのときに卓さんが、今まで一度も展示したことがないような描きかけのスケッチまでセレクトしてくださって。私たちもドキドキしました。みなさんはどう受け止めてくださるかなと。でも、古くからのちひろファンの方も面白かったわ、と言ってくださいました。

佐藤──デッサン力がもう圧倒的にすごくて、 それに打ちのめされた。さらさらっと描く子どもの手の指が、関節なんか描かれてないんだけど、その動きが見えてくる。ちひろさんはそういう子どもの手の特徴を見事に表現できてしまう。


いわさきちひろ《かけっこ》(1970)[提供:ちひろ美術館]

近森──そういう風に卓さんの観察して抽出するっていうやり方を、僕らは受け継いでると思うんです。それに、今回、僕らは科学者のちからを借りるということをしました。

佐藤──ふだん全然違うことをしている人の視点がかけあわされるということね。

近森──それこそ、卓さんのやり方なんですよ。国立科学博物館で卓さんが企画された「風景の科学展 芸術と科学の融合」という展覧会(2019)がありました。それは写真家の上田義彦さんによる写真展で、それぞれの作品には科学がバックグラウンドの学芸員の方が分析された解説、例えば写されている風景や地形ができた科学的な理由や経緯についての解説がついてるんです。それを読んだ観客のみなさんの会話が弾んでいました。僕もいつかこういう展示をやりたいと思っていたんです。それで、今回お話しいただいたときに、美術が専門じゃない方に監修者として入っていただくことを提案させていただきました。

佐藤卓さん[撮影:丸尾隆一]

異なる分野が見つける新しい視点

上島──没後50年という年をどう迎えるか、過去を振り返るというよりは、未来に向かっていくような展示にしたいということから、plaplaxさんにディレクションをお願いしたんです。そして、plaplaxさんからは「平和」「自然」「遊び」というテーマをいただいて、「あれ、そのテーマは私たち今まで繰り返しやってますけど」って。

近森──あえてド直球ド真ん中の3つを選びました。やっぱりちひろさんのメッセージはそこに込められていると思ったからです。それに対してどういうアプローチをしたら新しい見え方を発明できるか。全然美術の専門家じゃない人に企画に入ってもらうことで、そこから新しい見え方、新しいメッセージが見つけられるだろうと思ったんです

小原──ちひろさんの作品って、誰もが一度は見たことがありますよね。卓さんがよくおっしゃっていることですが、知っていると思っているもののなかの知らないことにどうやって気づくか。展示会場の中でどう気づいてもらうかを考える作業になるだろうと思いました。監修者の目をとおして新しく出会いなおせるポイントが見つかるといいなと。

佐藤──まったく違うジャンルを繋いで何かの形にすることができるのがデザイナーの仕事だと私は思うんです。そこにこれからのデザイナーの可能性を感じます。

近森──「あれ これ いのち」展に入っていただいた保全生態学の鷲谷いづみ先生に、最初に植物がいっぱい描いてある絵をお見せしました。そしたら、これ全部、絶滅危惧種だと。ちひろさんの時代に当たり前に日常にあったものが、50年経った今「これはもう全部貴重な資料よ」って。

佐藤──今度はそれをどうやって見せるか。それを考えて何らかの形にするっていうのは、デザイナー以外、どういう職種の人ができるのかな。本来デザイナーはそういうスキルを持ってるんだけども、意外とそれが生かされていない。もっともっと生かされるべきだと思いますね。

上島──鷲谷先生は、展覧会でいわさきちひろの絵をとおして、 今の時代に守るべき自然の姿がそこにあるということを誰にでもわかりやすく伝えることができる、そのことが新鮮だとおっしゃってました。

近森──難しかったらかえって逆効果になっちゃう。子ども目線から見ても、いかに感じられるものがあるか、理解できるものがあるかってことを考えました。

佐藤──その、子ども目線で考えるっていうことが、結果的にユニバーサルなものに、誰もが入っていけるものになるんですよね。

国境と時代を越えるいわさきちひろの世界

近森──ちひろさんの作品にはもともと普遍性というものがありますよね。例えばちひろさんの絵の子どもはどこの国の子どもにも見える。『窓ぎわのトットちゃん』(講談社、1981)は20以上の言語に翻訳されていて、表紙にもちひろさんの絵が描かれているんですが、どの国の人が手に取っても、自分の国の子どもだと思えるんだそうです。子どもの顔の普遍的な要素のようなものを捉えてるんでしょうね。


『窓ぎわのトットちゃん』 インドネシア語版の書影
著者の黒柳徹子さんはちひろ美術館の館長。

──『となりにきたこ』(至光社、1970)の物語は、外国人との共生の話に置き換えられるなと思いました。この絵本が描かれたときは、今のような社会問題ではなかったと思うんですが、時代が変わるとそういう読み方もできるようになるんですね。

近森──この至光社のシリーズは6冊あって、主人公はちいちゃんっていう女の子で、おそらく、ちひろさん自身の投影だと思うんですけど、 全部子どもの葛藤を描いてるんです。隣の子と仲良くなりたいけどなれないとか、雨の日に寂しいけど私はもうお姉ちゃんなのよっていう気持ちだったりとか、いろんな葛藤──ちひろさんの言葉でいうと「心の襞」になると思うんですけど──があるんです。そこがおそらく多くの人が共感できるポイントなんだと思います。

佐藤──時代を越えてね。世の中のテクノロジーがいくら進化しようが変わらない。美術館の活動がそういうイメージに繋がってるとしたら、それはすごく嬉しいことですね。

いわさきちひろとメディア

近森──息子さんの松本猛さんがおっしゃってたんですけど、 普通は作家が亡くなるとそこでもう新しい作品が生み出されなくなる、そこが終わりになる。でも、今の人たちがちひろの作品を素材として扱うことで、新しい時代をちひろが生きてくれる。それがすごく嬉しいと。そこで、僕は正直ほっとしたんです。ちひろさんの絵を使ってこんなことしちゃっていいんだろうかと、すごく ドキドキしてたんです。僕らはちひろさんのアニメーションをつくるとき、絵の人物の関節を動かしたりしないっていうルールを課しています。そんなことは今の技術だと簡単にできちゃうんですけど、そこをいかにやらずに、例えば単純に絵を重ね合わせるだけにするかとか。

2017年に安曇野で「高畑勲がつくるちひろ展」を見たのですが、そこで、高畑さんはちひろさんの絵を動かしてないことに気づいたんです。そういう風に動かしたらダメだっておっしゃってたそうです。それが僕らの指針になりました。

佐藤──いまの時代、なんでもできちゃうから、逆に何をやらないかを覚悟をもって決めないといけないのかもしれないね。

近森──ちひろさんがメディアをどうとらえていたかを考えることも、映像をつくるときのヒントになりました。例えば、『となりにきたこ』の絵は、表紙では、男の子が左にいて、女の子が右にいるんですが、なかのページでは逆向きなんです。つまり、逆版はOKなんです。もし、これが絵画作品だったら許されないことですよね。でも、ちひろさんは印刷メディアをゴールとして見据えてるからOKなんです。だとすると、絵と絵を組み合わせたり、トリミングして 目線を合わせていくようなことならできる。絵本作家ならではの絵の扱い方を考えることが、ちひろさんの絵を扱うときの自由度を決めることに繋がっていると思います。

『となりにきたこ』の表紙となかの見開き

上島──「みんな なかまよ」展では、ちひろさんの絵が新しく生まれる作品《スー ぽん タン しーん》を作っていただきました。

《スー ぽん タン しーん》(2024)[提供:plaplax]

近森──スクリーンの前に木製の4つのインターフェイスがあります。それぞれ触れると、バイオリン、太鼓、ピアノ、波の音なんかの環境音が出るようになって、同時に絵も出るようになっています。例えば、環境音が出ると背景に虹が出てきて、太鼓の音がすると子どもの線画がぽこぽこぽこ出てくる。つまり、音のセッションをしながら、ちひろさんの新しい絵が瞬間瞬間生まれてくる。


plaplax《スー ぽん タン しーん》2024年

佐藤──これは今までなかったね。ちひろさんが天国から降りてきて、見に来ると思うよ。私、こういうのやりたかった! って。

近森──たくさん重なったときに不協和音になるのを避けるため、色や画材、絵の出方や消え方もグループで分けて、全体が調和してなんとなくひとつの絵になるようにプログラムしています。音もどういう風にあわせても音楽として聞こえてくるように作っていただきました。

佐藤──ここまでちひろさんの絵を分析した人はいないと思う。

近森──このインターフェイスも最初はCNCルーターで作ろうとしたんですが、そうするとCADで作ったような感じになっちゃうんです。でも、木目を生かしたり、それぞれ違う手触りにしたかった。結局、自分で木をノミで削って作りました。「平和」が展覧会のテーマだったので、いろんな人が参加できるようにしたかった。例えば目が見えない方でも楽しめるものが欲しいと思い、触れる彫刻もテーマのひとつでした。

佐藤──なんでも自分でやるんだね。センサーを使ったりプログラミングしたりするようなチームで、自分で木を削ってる人たちってあまりいないんじゃない?

近森──僕たちは結構、自分の手を動かして作ってますね。回路つくったり、センサーも自分で作ってます。

佐藤──わー、そこまで自分で作ってるの!? それはこれからの時代でとても大切なことだね。いまや小さいころからスマホやタブレットでなんでもやるけど、それと同時に虫に出会ったり、木を削ったり、身体性を同時に会得していかないと、頭だけで世の中を動かす人に育ってしまう。

展覧会場では、デジタルかアナログかは関係なくて、両方が空間に溶け込んでいたものね。どうしたら、かつて私たちが経験していた環境をこの時代に変換して、準備できるかが、大人の責任としてあると思うんです。plaplaxさんがつくる体験の空間はそのためのひとつの方法だと思う。

★──「あれ これ いのち」展は鷲谷いづみ氏(東京大学名誉教授/生態学・保全生態学)、「みんな なかまよ」展は塩瀬隆之氏(京都大学准教授/システム工学、インクルーシブデザイン)、「あ・そ・ぼ」展は森口佑介氏(京都大学准教授/発達心理学、認知科学)がそれぞれ監修者として企画協力している。

取材日:2024/06/24(月)

いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ

「あ・そ・ぼ」
安曇野:2024年3月1日(金)~6月2日(日)
東京:2024年6月22日(土)~10月6日(日)

「あれ これ いのち」
東京:2024年3月1日(金)~6月16日(日)
安曇野:2024年9月7日(土)~12月1日(日)

「みんな なかまよ」
安曇野:2024年6月8日(土)~9月1日(日)
東京:2024年10月12日(土)~2025年1月31日(金)


安曇野ちひろ美術館(長野県北安曇郡松川村西原3358-24)
ちひろ美術館・東京(東京都練馬区下石神井4-7-2)